第3話 眷属と旅立ち
他の銀狼達が色々な魔物を狩ってきてくれ、かなりの量の肉が用意された。
その場では食べず、わざわざみんな持ち帰ってきてくれていたのだ。
それをいつも通り、切り分け、自分の分は火で焼いて皆で食べた。
皆が食べ終わった頃、シリルが元ボスに話しかける。
「ねえ元ボス。いつまでも元ボスじゃ言い辛いんだけど、元ボスも皆と一緒で名前ないの?」
「一応昔は名前があった。もう捨てた名前だ…。」
「一緒に旅してた人に名付けてもらったの?」
「そうだ。ただその名前はもう捨てている。名乗る気はない。」
「そっか…。そしたら、俺が名前付けていい?」
「…新しい名前か。…それもまたいいかもな。」
昔一緒に旅をしていた者を思い返していた。
彼は元ボスの主だった。彼女は、使役されていたのだ。
だからといって、完璧な主従関係にあったわけではない。
ほとんど友人のような関係にあった。
しかし、とあることがきっかけでその主を殺す事になる。
その時元ボスは、名前を捨て、ここに辿り着き、二度と名乗ることはなかった。
そして明日、また新たな者と旅立つ。
昔の名前を完全に捨てるには、ちょうどいいのかもしれない。
そう、元ボスは考えていた。
「それならさ、アルヴァイス族だけに伝わる“秘術”ってのがあるんだけど、元ボス知ってる?」
「…それはどんなのだ?」
「自分の気に入った魔獣に名前を付け、その魔獣が名前を受け入れると、自分の魔力を分け与える事が出来る魔法!」
「なるほど。それだけか?」
「んー、一応リスク?みたいなのはあるけど、俺達には関係ないよ。」
「リスク?それはどういったモノだ?」
「普通の使役魔法って魔獣を縛るでしょ?それがないんだ。」
元ボスは、その話を聞き確信した。
これはかつて元ボスが、当時の主と作った魔法だった。
魔獣に力を与え、縛ることはしない、絶対的な信頼関係が必要な、魔獣有利の魔法だった。
その危険さゆえ、二人は誰にも広める事はなかった。
どうしてその魔法が、今アルヴァイス族の秘術として伝わってるかは、元ボスにも分からない。
だが知っているからこそ、この魔法の受ける意味を分かっていた。
(再びこの魔法を受ける事になるとはな……。)
「…ということは、私は力を貰えて、さらに縛られなく自由と。」
「簡単に言うとそうだね!あ、あと俺を殺すと元ボスも死ぬよ。俺も、元ボスを殺すと死ぬ。そう聞いた。」
「なるほどな。いいのか?そんな危ない力を、私に持たせて。」
「うん?なんも問題ないけど?」
「……そうか。」
この子は本当に迷わないんだな…と思いながら、微笑む元ボス。
そして、ここまで信頼されている事への喜びに応える為、魔法を受ける事を決めた。
「分かった。その秘術とやら受けようか。」
「よし!じゃあ、早速準備しちゃうね!」
そう言うと、枝で魔法陣を描くシリル。
皆が見守る中、かなり複雑な魔法陣をさらさらと描いていく。
元ボスは、その風景を目を細め眺めながら、どこか懐かしい気持ちになっていた。
(かつての主は、まさか再び私がこの魔法を受けるとは思っていないだろうな。)
しばらくして、その複雑な魔法陣は完成した。
魔法陣は複雑な文字と模様で描かれ、大きい魔法陣の中に、さらに二つの大小の魔法陣が描かれていた。
シリルはその中にある、大きい魔法陣の中心に立つよう、元ボスを促す。
シリル自身は、反対に小さい魔法陣の中心に立つ。
そして地面に手を付け、魔力を込めると魔法陣が光り出した。
次に両手を前に広げ、呪文を唱え始める。
次第に光が強くなっていき、元ボスも光り出した。
(魔力が流れて来るな。懐かしい感覚だ…。)
元ボスは目を瞑り、静かにその流れを感じる。
最初は穏やかだったその流れが、気付けば凄い勢いで流れて来るのを感じた。
シリルの魔力は、かつての主の比ではなかった。
あまりの勢いに暴れる魔力を、集中して抑える元ボス。
(なんだこれは…!勢いが強すぎる…!)
いつ暴走しても、おかしくない量の魔力。
吐きそうになり、歯を食いしばって耐える。
目を開けると、シリルも額に汗の玉がびっしり浮かび上がっていた。
その姿を周りの銀狼達は、心配そうに見つめる。
目が血走り、涎が流れ落ちるが、それでも動かず耐える元ボス。
次の瞬間、シリルの呪文が止まった。
「お前の名前は……【アルマ】だ!!」
その声と共に先程とは一転、電気が走ったように痺れ出す【アルマ】。
こんな事は、前の時はなかった。
ただこの感覚を、違う時にアルマは経験した事がある。
魔物から魔獣へと進化した時だった。
そう、アルマは進化しているのだ。
体はどんどんと大きくなり4メートル程へ、そして毛は白く、所々青いラインが混じっていた。
さらに額には青い模様が浮かび上がり、そこから稲妻が走る。
それは体全体に広がり、さらに魔法陣の外へも広がっていく。
体も暴れ出し、なかなか抑えられなかった。
目の前にシリルがいる事だけが頭の中にあり、とにかくそちらへ向かわぬようにと、暴れながらも後ろに下がる。
他の銀狼達は、急いで非難する。
もはやアルマは、銀狼ですらなくなっていた。
しばらくすると、アルマを取り巻いていた稲妻が落ち着きを見せる。
それと共に体の痺れが取れ、馴染んでいき、ようやく周りを見れるようになれた。
そして前を向くと、シリルは肩で息をしながらも、笑顔で立っていた。
「よろしくねアルマ。凄いかっこよくなったね。」
その声を聞き、安心したアルマはゆっくりとシリルへと近づく。
そしてシリルの前に着くと、頭を下げるアルマ。
「シリル…私は生涯、あなたの傍を離れず、あなたの眷属として忠誠を捧げると、ここに誓おう。」
「…………ん!」
急に態度が変わったアルマに、最初は目を丸くしていたが、すぐに理解したかのうように、満面の笑みで頷くシリル。
避難していた銀狼達も、恐る恐る皆近づいてきた。
オオキイやシロイやアルマや色々な感想を、言っている銀狼達。
シリルはどうやら相当疲れたようで、横たわっているアルマに背を預け、ぐったりしている。
「そういえばシリル。どうして、私の名前は【アルマ】なんだ?」
「昔父さんが言ってたんだけど、アルマっていうのは【魂】って意味なんだ。アルマには俺の全魔力をあげたんだ。俺のもう一つの魂かなって思って。」
「…魂か。いい名前だな。本当にありがとう。」
「ん。」
(しかし全魔力とは…。どうりで進化したわけだ。無茶をする…。)
かつての主の時は、確かに魔力は上がったが、ここまで大きな変化はなかった。
それは元の魔力量の差もあるが、シリルが全魔力を与えるという無茶をしていたからだ。
アルマはそれを聞き、相変わらず無茶をするという呆れもあったが、喜びの方が大きかった。
そして名前の由来が、シリルのもう一つの魂だ。
この子は、どこまで私を喜ばせてくれるのだろうと思い、尻尾で包み込んだ。
朝日が昇り、アルマは目が覚めた。
昨晩はシリルがそのまま寝てしまっていた事、そしてアルマが大きくなってしまい、入口が通れない事により、そのまま二人は外で寝ていた。
しばらくして、巣で寝ていた銀狼達が出てきた。
そしてボスが、シリルの様子を見ながらこちらに話しかけてきた。
『オハヨウアルマ。シリルマダネテル?』
『おはよう。昨日全魔力を使ったんだ。まだ起きれないだろう。』
『キョウイクノカ?』
『ああ。シリルが起きたらになるがな。』
『ワカッタスコシマッテロ。』
そう言うと、銀狼達は皆で出掛けて行った。
最後の日だから何かあるのか?と思いつつ、皆を見送るアルマ。
視線を落とすと、まだシリルはぐっすり寝ていた。
そして自分もまだ全回復ではない事に気付き、もう一度目を瞑る。
それからしばらく経ち、何かもそもそと動いていたので目を開けるアルマ。
鼻の先にシリルの顔があった。
「おはようアルマ!」
「ああ、おはようシリル。体は大丈夫かい?」
「うんもう平気だよ!アルマこそ、進化したばかりだけど平気?」
「慣れるには少しかかるだろうが、痛みや疲れは一切ないよ。大丈夫だ。」
「良かった!そしたら、早速今日旅立てるね!」
「ああ、そうだな。」
するとシリルは、支度だ!と言って立ち上がり、巣に向かおうとする。
アルマは、一度それを呼び止める。
昨日百蜘蛛に作ってもらった真白な服に、もう汚れが付いている事に気付き、アルマがそれを尻尾で払う。
シリルは汚れも全く気にしていないようだったので、その辺も今後教えようと密かに思うアルマであった。
そして巣の中に駆けていくシリル。
しばらくして巣の中から、金髪、緑目、色白の少年が、自分達で作った仮面とボロボロな剣を持って出てきた。
「アルマー。みんなはもう狩りに行っちゃったの?」
「狩りなのかは分からないが、ボスがちょっと待ってろと言っていたから、すぐ戻ると思うぞ。」
「ああ、そうなんだ。なんだろ?」
「さあな。あいつらも何か考えがあるのだろう。」
「そっか!なんだろなー?」
最後の日だからと、何かしようとしている事だけは分かり、その気持ちだけで十分な二人だった。
「そういえばシリル。その剣は、そのまま持っていくのか?」
「うん。だって鞘ないしね。」
「ああ、そうか。しかし抜身の剣というのもな…。剣は、いらないんじゃないか?どうせ戦闘では、使わないだろう?」
「んーそうなんだけど、包丁として便利なんだけどなー。」
「抜身の剣を持ち歩いてると、何かと目立ってしまうからな。包丁なら、街に行ってナイフとか買えばいいだろう。」
「確かに。それもそっか!」
そう答え、一つ疑問が沸くシリル。
「そういえば、お金って無いけどどうすればいいの?」
「お金は魔獣なんかを狩ると、魔獣の死体か魔石を買い取ってくれる場所がある。前旅していた人は、狩った魔獣なんかを解体して売っていたな。」
「なるほど!そう考えると、少しくらい魔獣の何か残しておけば良かったね……。」
「魔石だけは取ってある。こうなるだろうと思ってな。」
「ほんと!?さすがアルマー!!」
「問題は魔石の魔力を魔獣達に悟られないように、封印の魔法をかけてある事なんだが……。」
魔石の保管場所は、巣の中だった。
シリルは、解除魔法が出来ない。
だがしかし、アルマは大きすぎて巣に入れないのだ。
しばらく二人で、思案しているとふとアルマが立ち上がった。
そして無言で目を瞑っていると、アルマの体がどんどん小さくなっていく。
「おお!?アルマがちっさくなった!!」
「試してみるものだな。多分進化したからだろうが、いつもと違う魔力操作の感覚があったからな。」
「進化って凄いね!アルマめっちゃ可愛い!」
大型犬くらいのサイズまで小さくなったアルマを、抱き着き頬擦りするシルク。
されるがままになるアルマ。ただ嫌そうな顔は全くしていなかった。
「そ…そろそろ取りに行こうシリル。」
「あ、そうだね!行こう!」
二人は巣の中に入り、いつもアルマが寝ている場所へ行く。
そして一か所だけ色の違う岩を、鼻先で触れるアルマ。
目を瞑り、短い呪文を唱えるとその岩が割れる。
中から、いくつかの魔石が入った袋が出てきた
「これならば、いくらかにはなるだろう。」
「ちゃんと袋にも入れてある!なんでも見通せてすごいねーアルマー!」
そう言いながら、アルマの頭を撫でるシリル。
「なんか扱い変わってないか?」
「だって、なんか可愛いんだもん!やだ?」
「嫌じゃないが…。」
ちょっと苦笑しつつ、大人しく撫でられるアルマ。
魔石の入った袋を腰紐に付け、お面を後頭部に付け、準備万端でいると、銀狼達が帰って来た。
銀狼達は色が変わっているシリル、小さくなっているアルマに驚いているようではあったが、匂いで判断したのか、すぐ子供達が飛び込んできた。
そして遅れて大人達が、巨熊を咥えてきた。
皆傷を負わず、無傷で巨熊を狩ってきたようだった。
『アルマ、シリル。クエ。』
『無傷か…。強くなったな。』
『オレタチツヨイ。』
「おお!兄さん達凄い!ありがとう!!」
そうして、いつも通りシリルが切り分け、みんなで最後の食事となった。
みんな会話は苦手なはずだが、シリルに伝わる様にと一生懸命鳴いていた。
食事も終わり、いよいよ出発の時間となった。
シリルは一人一人に抱き着き、名前を呼び、挨拶をする。
何匹かは、涙を流す者もいた。シリルも、少し涙目になっている。
アルマは、ボスと二人でそれを眺めていた。
そして皆への挨拶が終わる頃、アルマがシリルの乗りやすいサイズへと変わり、シリルを乗せる。
「みんな本当にありがとう!絶対また強くなって、戻って来るから、待っててね!」
『ボス。みんなを任せたぞ。』
『マカセロ。』
「それじゃいってきまーす!」
アルマは地を蹴り、空を駆けだした。
シリルは銀狼達の遠吠えに、見えなくなるまで手を振っていた。
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