狼に育てられた常識知らずの無鉄砲

ありひこ

~序章~

 二頭の馬を先頭に、大した舗装もされていない街道を走る馬車がいた。

 その馬車は大きく、また荷台には布がかけられており、外からは中が見えない状態であった。

 馭者台には、馭者には似つかわしくない男が二人乗っていた。

 やる気のなさそうに座る髪がない男ハゲと、背筋をしっかり伸ばし周りに目を配りながら座る短髪の男。

 その二人に共通するのは、馭者には似つかわしくない体躯と鎧、そして剣を持っている事だった。

 髪のない男ハゲが、短髪の男に言う。


「なんで、こんな道行かないといけないんだよ。本当面倒くせえ。」

「しょうがないだろ。もう一本の街道はこの前の落石で軍が対応しているし、他の道は遠回りでオークションに間に合わない、更に例の物もある。出発前にも――」

「知ってるっての!!何回も聞いたわ!!っち!分かってても面倒くせえんだよ。あー本当に最悪。」


 上を見ながら溜息を吐き、肩を落とすハゲ。

 この街道は今は使われていない、いわゆる旧道のようなもの。

 その理由が、横にある森である。

 その森は【深淵の森ディープフォレスト】と呼ばれ、ディウォーグル帝国とエンディー王国に跨るように広がっている。

 昔は緑豊かな森であり、川も通り休憩等も出来たため、この街道が作られたとされる。

 だが現在は見る影も無く、森は瘴気で覆われ、たくさんの魔物や魔獣が住み着くようになってしまい、街道にすら出てくる始末である。

 なので、この街道は使われなくなり旧道のようなものになっていた。


 先日、現在主として使われている街道が落石のため、封鎖された。

 ただ直ぐに軍が動き、その落石を避ける作業と並行して、通れない者達を反対側へと運ぶ作業も同時に行われていたため、本来であれば特に問題がなかったはずだった。

 この男達のように、大っぴらに運べない《荷物》を持っていない限りは。


「しかしよ、この道を行くのに二人っていうのはなかなか厳しくねえか」

「まあ急ではあったが、せめてあと一人。魔法や弓等の遠距離が扱える者が欲しいところだな。」

「だろ?あの森には双頭鳥ダブルヘッドバード巨熊タイタンベアとかのつええ魔物に、更には魔獣までいやがる。そんなのに襲われたら二人じゃ無理だぞ。」

「まあそんな大物は、森の奥にいるって話だから遭遇しないとは思うがな。ただ、他の弱い魔物だとしても二人じゃ複数体いた場合、なかなか厳しいな。」

「ほんとあのクソ領主め!!金あるくせにケチりやがる!!」

「まあその辺にしとけ。それより、ここからは本気で気を配れ。森に入るぞ。」


 ハゲは無言で頷く。

 そして、先ほどとは打って変わって真剣な表情で回りに気を配りながら馬車を進める。

 ここからは短髪の男の言った通り、森の中を通ることになる。

 森の中を通るといっても端っこを掠めた程度ではあるが、魔物や魔獣の住む森の中の道である。

 いくらやる気のないハゲでも、ここがどこまで危険なのか知っているのだ。


 森に入ってしばらくすると馬が怯えるように足早になっていた。

 そして短髪の男はそれに気づきハゲに言った。


「おい、やばいぞ。つけられてる。」

「ああ。馬が怯えてらあ。」

「気配を隠すのが上手いな。これは低能な魔物ではないかもな。急ぐぞ。」


 馬車の周りには不穏な空気がただよっていた。

 魔物か、はたまた魔獣かは不明である。

 しかしよく気配を探ってみると、確かに何かがいた。

 複数の気配がゆっくりと、馬車を囲むようにつけてきている。

 馭者達は手綱を片手に持ち替え、もう片方の手は剣へと添える。

 少しずつ速度を上げるも、一向にその気配を振り切る事は出来ず、気配の位置や、数も全く分からない状態だった。

 焦ったハゲは、痺れを切らし声を荒げた。


「数もなにかもわからねえ。とにかく飛ばすぞ!!」

「ああ!!」


 それを合図に一気に馬車は加速した。

 街道は舗装されていないため、荷台が飛び跳ね暴れるがそれを一切気にせず全速力で走る馬達。

 手綱を鞭代わりに馬を叩き急がせる馭者達。

 しかし、気配は離れるどころかどんどんと迫ってくる。

 荷台が大きく跳ね上がったと同時に、その複数の気配は一気に馬車に飛びついた。

 1体は馬に、2体は荷台に飛びかかっていた。

 馬車は横転し、馭者達は大きく前に飛ばされた。

 荷台の中にあった《荷物》もいくつか中から飛ばされていた。

 しかし、二人はしっかりと受け身を取り、剣を構え、飛びついたモノを即座に確認した。

 その行動から、二人はしっかり訓練を受けた者達である事が分かるが、飛びついたモノが目に入ると同時に、二人の顔は青ざめていった。

 そこには3体の狼種の魔物がいた。



 例えば狼種の中に大狼グランドウルフと呼ばれる魔物がいる。

 知能は低いが、体長は3~4メートルもあり、力任せに突撃してくる狼である。

 大きさもさることながら、その大きさに似合わないスピードで攻撃してくるため生半可な者達では倒せない。

 だが大狼であれば、3体いようともこの馭者達は即座に立ち向かい、倒していただろう。

 それ程にこの二人は実力があり、領主がいくらケチとはいえ、たった二人でこの危険な道を任せた理由である。

 仮に先の話に出た巨熊タイタンベアであったとしても、倒す事は不可能でも逃げ延びる事は可能だったかもしれない。

 その理由として、基本的に巨熊は知能はなく、群れでの行動をしないために複数で出た場合、上手くすれば巨熊同士の争いに持っていける可能性があるかだ。

 しかしそこにいたのは、体は大狼より小さく、2メートル弱程度の銀色の狼達であった。

 見た目通り、その名は【銀狼シルバーウルフ】。

 体格が小さいため、知らないものであれば大狼よりは恐怖を感じないかもしれない。

 しかし銀狼は単体で、大狼複数体も倒せ、かつ巨熊と対等な力をもつ狼である。

 更に知能があり、基本的に群れで行動しているため単体で現れることは滅多になく、銀狼が現れた時の脅威は計り知れない。



 そんな銀狼が目の前に3体。

 馭者達は完全に怯え、構えた剣が震えていた。

 1体の銀狼は、2頭の馬を食いちぎっていた。

 他の2体は荷台の中の《荷物》に襲いかかった。

 その《荷物》は悲鳴をあげた。

 そう、この者達が運んでいた《荷物》とは奴隷達であった。

 この先の町で、奴隷のオークションが行われるため急いで運んでいたのだ。



 この国では奴隷制度が認められている。借金をしている者や、犯罪者、亜人(獣人等)である。

 通常の奴隷運搬であれば、安全な街道を通り、軍に手伝ってもらい反対側へと通行できたであろう。

 しかし彼らはそれをしなかった。

 何故なら直接貴族へと渡す違法な奴隷がいたのである。

 一般的に奴隷として認められていない者に関しては、例え貴族であろうと奴隷にする事を一切禁じられている。

 今回彼らは、そんな厄介な奴隷を通常の奴隷に紛れ込ませ運んでいたのである。

 ゆえにその奴隷は絶対に見つかるわけにはいかず、危険な道を選択したのだ。

 その道が自分達の死を招くとも知らずに。



 銀狼達は、荷台の布を破り捨て奴隷達を襲っていた。

 その様子を見たハゲは唖然としていた。


「おい…嘘だろ…」


 しかし短髪の男はこの状況でも冷静に判断をしていた。


「馬と荷台の奴隷達に目がいっている今のうちに逃げるぞ。」

「いや…しかしあそこには一番大事な《荷物ドレイ》が…回収しなくてい――」

「そんな事してたらこっちが殺されてしまう!仕事よりも命が大事だ!!とにかく逃げるぞ!!」

「あ…ああ!」


 馭者達は、奴隷達を放り出し、馬車とは逆方向に走り出した。

 状況的には襲って来た3体は、奴隷達と馬を食べるため、馭者達には目を向けていなかった。

 なので、この時の短髪の判断は、目の前の状況のみを考えれば正しかったと言える。

 しかし、この二人は実力者であり、銀狼についても知っていたならば考えなければいけなかった。

 統率が取れた群れならば、必ずそこにはボスがいることを。

 逃げようとしていたため周囲への警戒が薄れ、抵抗も出来ず一瞬の出来事であった。

 他の銀狼達より一回り大きな狼が、横切った。

 そして、その後ろには上半身のない、下半身から血が噴き出している馭者達の体が残されていた。


 荷台に残された奴隷達の中で息をしている者は、もはや誰もいなかった。

 銀狼達が飛びかかった際に、外へと吹き飛ばされた数名の奴隷達は生き残っていたが、彼らの首には魔力を封じる首輪、更に手錠と足枷がかけられていた。

 更に飛ばされた衝撃により、怪我ないしは痛みを負っていた。

 誰しもがその痛みと束縛、恐怖により動けず、ただ食われるのみであった。


 その中で、たった一人の奴隷はなんとしてでも生きようと藻掻いていた。

 両手両足を使い、地べたを這いずり、全身の痛みもこらえ、馬車からも街道からも離れ、森に入り、隠れて、何がなんでも生きてやろうとしていた。

 ただ我武者羅に森の中を進み、生きようと、逃げようとした矢先、その奴隷は背中に重さと同時に激しい痛みを感じた。

 銀狼の、よりにもよってボスの鋭い爪がその奴隷の背中に刺さったのである。

 声に鳴らない痛みが奴隷を襲う。だが、奴隷は止まらなかった。

 すぐさま腕を思い切り振り上げ、自分の上にいるであろう、あるであろう、銀狼の顔目掛けて、手錠ごと殴り掛かった。

 銀狼は避けもしなかった。何故ならその手は顔に全く届いていなかったのだ。

 しかし、その振られた手の中には土と砂利が握られていた。

 その奴隷は移動しながらも、土と砂利を集め、怯ませようと考えていたのだ。

 思惑通り土と砂利は、油断していた銀狼の目に入り、背中に刺さった前足が宙へ浮いた。

 奴隷はその一瞬を逃さず、足の下から半回転し、仰向けになりながら両足を銀狼へと突き出し、前足を蹴飛ばし、その反動で後転の動きをして立ち上がった。

 銀狼にとってその蹴りは全く無意味だった。

 その証拠に、蹴った前足は微動だにしていない。

 しかし、銀狼はじっとその奴隷を見る。

 そしてまた、奴隷も銀狼の目をじっと見ている。

 奴隷の背中からは、先ほどの爪のせいで血が滴っていた。


 本来であれば銀狼が一飛びし、その者を噛めばそれで終わりであった。

 仮にその奴隷が手錠をしていなくとも、足枷や魔力を封じる首輪をしていなくとも、銀狼から逃れる術は全くなかった。

 しかし、その奴隷の目は全く諦めていなく、むしろその奴隷は笑っていた。

 そしてしばらくの沈黙の後、銀狼がその沈黙を破った。


「子供よ。何故笑っている。」


 そうその奴隷は子供だった。

 5~6歳程度の子供であった。

 そんな小さき子供が、馬車を襲い、馬や奴隷達を食い殺し、屈強な馭者達すら抵抗を許さず一瞬で殺した銀狼を前に、抵抗をし、拘束を逃れ、立ち上がり、全身ボロボロになりながらも、面と向かい怯えもせず笑っている。

 この事実が銀狼のボスには信じられなかったのである。

 銀狼は考えた。ただ恐怖で狂っただけかと。

 しかしその子供は肩で息をしながらも答えた。


「まだ死んでないから。一回逃げれたから。また逃げれるかもしれない。倒せるかもしれない。」

「倒せるかも…?倒せるかもと言ったのか子供よ!この私を!?首輪に手錠に足枷も付いたお前が!倒せるかもと!?逃げるだけではなく倒せるかもと!?ははははは!!」


 銀狼は狼とは思えない表情で、顔を上に上げ、大きな口を開き、笑っていた。


 知能があるとはいえ、銀狼も大狼と同じく魔物に分類されている。

 一般的に魔物であれば、このような思考力が必要な会話等はしないとされている。

 しかしこの銀狼のボスはただの魔物ではなかった。

 魔獣には二種類いると言われている。

 生まれながらにして、高い魔力保有する、生まれながらの魔獣。又は魔物が長く生き、捕食や成長、環境等の影響により魔力が高まり進化を遂げ、魔獣になるもの。

 銀狼のボスは後者であった。

 そう銀狼のボスは、銀狼にして魔物ではなく魔獣であったのだ。

 長く生き高い魔力を得て進化し、更に元々が魔物の中では高い知能を持っていたため、このような会話が可能になったのだ。

 その証拠に、他の3体は大した魔力を持たず、知能はあるもののそれは一般的な魔物と比べれば高い程度で、このような流暢な会話を行うのは不可能であった。


 だからこそ銀狼のボスは笑ったのである。

 長く生きてきた中で自分を前にし、圧倒的不利な状況下で怯えもせず、剰え笑っていた者等いなかった。

 それだけでも、興味が沸くに十分であったが、それだけではなくこの小さき子供は、武装しているわけでも、体躯があるわけでもなく、魔力は首輪に封じられており、両手両足は拘束されたこの状態で、自分を倒せるかもしれないと言ったのだから。

 逃げれるかもしれないだけであれば、ここまで笑わなかったであろう。

 ただこの状況下において、どんなものでも、自分を前にして倒すという単語が出てくるとは銀狼は思っていなかった。


 その小さき子供は、銀狼が笑い顔を上げた瞬間、両足で飛びすぐ横の木の裏に回った。

 少しでも逃げれるように、少しでも戦えるように、と苦肉の策ではあるが、子供は全く諦めていなかった。

 むしろ楽しんでいた。1回逃げれた。この事実だけで子供にとっては僥倖であった。

 まだ生きるというための戦いを楽しめると。

 木の裏へ回った子供はすぐさま身を低くし、銀狼を覗き込みながら、手探りで使えそうなものを探そうとした瞬間、目の前に銀狼が立っていた。

 その瞬間子供は思った。


 (あ、さすがにもう間に合わないや)


 しかし銀狼はその子供の顔を覗き込み、こう言った。


「小さき子供よ。私はお前に興味が沸いた。しばらく見逃そう。ただし、森から出る事は許さぬ。森から出れば、即座に食い殺してやる。森の中でたった一人生きてみよ。」


 子供は呆気に取られていた。流石に死んだと思ったのに生きている。

 そして、何か銀狼が言っている。子供の思考は全く追いついていなかった。

 呆然とする子供をよそに、銀狼は子供の首輪、手錠、足枷をかみ砕いた。

 そして、その子供に回復魔法を施した。

 傷はみるみるうちに塞がっていき、痕など一切なくなってしまった。


「ほお…なかなかの魔力を持っているじゃないか。さすがアルヴァイス族の子供だな。お前なら一人で生きていけよう。」


 銀狼は仲間を呼ぶように吠えた。

 ボスを囲むように他の銀狼達が集まった。

 1体は馬を咥え、他の2体は奴隷の死体を咥えていた。


「しばらくこの一帯には顔は出さぬ。楽しみにしているぞ。小さき子供よ。」


 そう言うと、銀狼達は呆然としている子供を残しその場を去っていった。


 子供は全く何が起きているか理解できなかった。

 死んだと思ったが、殺されなかった。

 更に首輪を外され、手錠を外され、足枷も外され、傷を治され、自由にされた。


 子供はただ銀狼達が去っていった方向を呆然と眺めるだけであった。

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