苦い薬ほどよくトケる(教訓もなにもない)

 夏も終わりに近づき少しだけ涼しい瞬間も1日の内に出てきてはいるがカタメは涼を求める飲み物をオーダーした。


「思いっきり清涼感のあるやつ」

「ならこれだね」


 トケルはいつのまに仕込んだのだろう、台所の一番上のキャビネットの扉を開けて爪先立ちで背伸びし、年季の入っていそうな紙袋を下ろした。


「えーと。うん、大丈夫そう。カタメくん、今作ってあげるからね。思いっきり、スカーッとする飲み物を」

「トケルさん。なんなのそれは?」

「煎じ茶」


 大きなヤカンに水をたっぷりと注ぎ、トケルはキュウリの蔓やかぼちゃの蔓など、煎じ茶の原料となる乾燥した草をドボドボと入れて、『煮出し』始めた。


「うーん、この神秘的な香り・・・煎じ茶は過酷な現代社会を生きるわたしたちのオアシスみたいなものだよね。ね? カタメくん」

「ごめん。今のところ共感すべき発言がトケルさんから出てきてない」

「え。そうかな。じゃあどうすればいいと思う?」

「そうだね・・・出来上がったらトケルさんから飲むとか」

「うん。わかった」


 煮出すこと30分。爽やかな感じの風味が漂ってきた。

 カタメもちょっと楽しみになってきた。


「さあ、もういいかな」


 トケルはボウルに水を流し入れてそのままでヤカンを、とぷ、と中に浸す。

 水を線ぐらいの少量に絞ってぬるまらないように冷水を供給し続ける。

 その間にグラスに氷をガラガラと入れておいて、ヤカンを引き上げる。


 トポポポ、とグラスにお茶を注ぐとそれは濃いやや黄色も混じった深いお茶色で氷で濁るのではなくむしろ温度が急激に下がることで透明度が増したような印象をカタメは受けた。トケルがその冷えて水滴を浮かべたグラスを両手でかわいらしく持ち、カタメに捧げるように手渡した。


「どうぞぉ」

「ありがとう、トケルさん」


 カタメがグラスの淵を唇でかじるようにして煎じ茶を口に含むと思わず声が出た。


「う」


 たった一音、短くそう言った後、カタメは極めて俊敏な動きで喉を動かした。


「に、にがっ!」


 口腔にその液体を含んだままにしておくことが到底できなかったのだろう。ごくんと飲み込んででもこう言った。


「確かに神秘的な清涼感はあるね」

「でしょう?」


 トケルが自慢げに言うと彼女も別のグラスに氷を入れて煎じ茶を注ぎ込んだ。冷えたそれをトケルも飲む。


「うわ・・・平気なの? トケルさん?」

「・・・・・・ごくっ。うん。おいしいよ」

「俺にはやっぱり無理だなあ」


 カタメがそう嘆いたフリをしてみるとトケルがフォローした。


「口移ししてあげようか?」

「・・・・・・・・・・えっ?」

「ほらあ、飲みにくいクスリを口移しで飲ませるのって小さい子にすることあるでしょ? どうかな、って思ったんだけど」


『してほしい』


 カタメの心の声だった。

 チャペルでアタリ扮する神父に陽動されてトケルとキスしてしまったカタメ。あの時の唇の柔らかさをずっと忘れられずにいるカタメは思わず言ってしまった。


「キスしたい」

「それはダメ」

「・・・・・え?」

「カタメくん。二兎を追う者一兎をも得ず。人生の鉄則だよ?キスか煎じ茶のどちらかに意識を全力没入させるの。あ、わたし、どちらでもいいかというと決してそんなことなくって、今はカタメくんの唇にまた触れてみたいっていうのが本音のところ」


 カタメは表情を変えずに、けれども瞬時に答えていた。


「お、お願いします、トケルさん。口移しを」

「・・・・・うん。じゃあ」


 トケルは煎じ茶をひとくち、こくっ、と口に含んだ。

 あのチャペルでの模擬結婚式の時のようにトケルの顔が近づいてくる。


 レモン味のキス。


 そういうものを漠然ともっと幼い頃に抱いていたカタメはなんだかおかしくなった。


 いろんな蔓の味のキス。


 ただ、結論から言うと、カタメはトケルの唇に触れることはなかった。


「カタメくん、そういえばこのステキな道具があること忘れてた」


 そう言ってトケルは小さなガラスの容器のようなそれを取り出した。


 トケルは水差しの細長い管をカタメの唇にするっと差し込んだ。


「むぐ」

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