コードネームは『orihime』

冷門 風之助 

VOL1

『何とかしてください!』男は、俺が折角大サービスで出してやったアイスコーヒー(幾ら外が暑くたって、俺は本来この甘ったるい飲み物は嫌いだ)を飲みもせずに、さっきから米つきバッタのようにテーブルに手をついて、何度も俺に頭を下げ、

『何とかしてください』を繰り返している。


『初めに申し上げた通り、私は法律上禁じられているものと、そして私個人の信条でやらないことにしている依頼以外はお受けすることにしているんですがね‥‥』


『だったらお願いします!』


 米つきバッタ氏はまた頭を下げた。

 この暑いのに背広にネクタイ。髪を七三に分け、黒縁の眼鏡と言う、まるで三流のクラーク・ケントみたいななりをしている。


 俺はげんなりし、グラスのコーヒーをストローで啜り込んだ。やっぱり不味い。


 鬱陶しい梅雨が明け、金さえあれば仕事もせずに暢気にエアコンの風に涼んでいたい気分だったのに、急に降ってわいたように依頼人が現れた。


 男はある大手芸能事務所のスカウトマン・・・・とはいっても正社員ではなく、所謂いわゆる


『雇われ』というやつで、仕事・・・・つまり将来有望な新人を発掘してこれれば良し、さもなくば『クビ』という哀れな立場なのだ。


 その彼が、先日都内のホテルの屋上にあるプールで、偶然、

『彼女』を見つけた。


 ショートカットに真っ白なビキニが良く似合う、顔立ちは幼いがボディは十分に成熟しきっている、今はやりの、

『わがままボディ』というやつだ。


 彼は一目でしまった。


のが個人的な目なのか、それともプロのスカウトとしての目なのか、どっちかは俺には分らない。


 しかし、いずれにしろ、


『写真を一枚撮らせてくれ』と話しかけ、その上で名前と連絡先だけは聞き出した。


 問題はここから先である。


 彼がどんなにプロとしての技術を駆使しても、彼女は首を縦にふらない。


『〇〇さんも所属している』と、自分のプロダクションという『葵の印籠』を振りかざしても、彼女は全く関心を示さない。


 なんとか彼女にうんと言わせなければ、自分も契約を切られてしまう。


 そこでこの俺、名探偵乾宗十郎いぬいそうじゅうろうに声がかかったというわけだ。


 今から丁度2年程前、スカウトマン氏所属の事務所の女性タレント・・・・(さっき名前の出た〇〇さんである)が、タチの悪いストーカー被害に悩まされているから、何とかしてくれという依頼が来た。


 で、俺はそのストーカーを探し当て、を据えてやった。その縁で俺の名前が出てきたってわけだ。


 スカウトマン氏の頼みは、


『何とか彼女を交渉のテーブルに着かせてほしい』と、こうである。


 向こうはどうやら芸能界という職業にをしているらしい。


 しかし免許持ちの探偵が中に入ってくれるなら、何とか話も聞いてくれるだろう。


 そう思って俺の事務所に来たという訳だ。


『分りました。では彼女を探し当てて、何とか話だけはしてみましょう。くれぐれも言っておきますが、私がやるのはそこまでです。もし彼女が承知しなければそれ以上は介入しません。それでも構いませんか?』


 話し合いのテーブルに着く段取りまでしてくれたら、それ以上は何も望まない。

 成功したらギャラは通常の倍は出す。


 そう言ってスカウトマン氏は、また『お願いします』を繰り返し、頭を二度下げた。


 これでも仕事かよ。俺は幾分げんなりした。





 


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