2章 5
朝早くから人特有のざわめきに秋山は目を覚ました。
まだまだ見慣れない日々の入った天井に、しかし今日は直ぐに自分の置かれていた状況を思い出した。身なりを整えて階段を降りて行くと、そこは人であふれていた。こんなにもこの廃墟に人が隠れ住んでいたのかと思えるほどに、ロビーにも入れず敷地の外にまで人がいた。
リーダー格の男性とほか数名がロビーで広げた地図を見下ろしながら話し合っている。
「やぁおはよう水無月さん」
遅れて降りてきた少女に声をかける。
「おはようございます」
昨日のあの様子を引きずっていないことに笑顔が浮かぶ。降りてそのまま秋山の横を通って話し合いの近くまでいって、少ししてから秋山のところまで戻ってきて
「予定通りもうすぐ出発みたいです。準備はいいですか?」
頷く秋山。
「それにしてもこんなに人がいるなんてね」
「そうですね。本当はもっといるのかもしれません。離れたくない人もいれば、私たちとは別に逃げる人もいるんでしょう」
「なるほど」
と答えて人の間をすり抜けて何とか屋外へと出る。中からではわからないほどに外も人であふれかえっている。
10分ほどたったころだろうか。それまで建物の中にいた全員が屋外へと出て、リーダー格の男性が少し高い場所に登って全員を見回して
「よし。
俺たちはこれからここを捨てる」
その言葉にざわつく一同。
「しかしこれは生き残るためだ。俺たちは今までもこれからも、生き残るために行動を続ける。そのためには捨てるものも出てくる。だがしかし、誰かの命は捨てない!」
ざわめきが歓声に変わる。止まない歓声を手で制して
「かつて栄えたこの街は廃墟と化した。だからこそ俺たちがこの廃墟を元のいや、より栄えた街にするために生き残るんだ!」
歓声がさらにヒートアップして勢いも止まらない。そのタイミングでリーダー格の男性に他の男性が耳打ちする。それを聞いてリーダー格の男性は大きく息を吸って、完成をかき消すように大声で
「出発だ!」
そう叫んだ。
女性や子供を中心にそれを戦える男性陣が囲んだ列形成で、一行はひたすら虫がやってくる方角とは逆の方角へと進んでいく。進行速度は決して早くはない。
「追いつかれないかヒヤヒヤだね」
列の後方で歩を進める秋山は、隣で辺りを警戒しつつ歩いている水無月にぼやく。
「多分大丈夫。出てくる前に耳打ちされていましたよね。あれ、虫の進行速度の報告を受けていたんですよ。多少予想よりも早く接近してきたみたいですけど、この歩行速度ならここで追いつかれるようなことはないですね」
「へぇ、そうなんだ。じゃあ安心だね」
「けどもここに元からいる虫がどこから出てくるかわからないので、注意はしていてください」
「は、はい」
釘を差されてあちらこちらを警戒しながら歩みを続ける。
どれだけ歩いただろうか。時刻を知り得る装置が存在しないので正確な時間はわからない。朝早く出てきて太陽は地平線へと落ちていく。
最初は虫の進行方向と逆の方角へと進み、一定の距離を進んだ所で90度ずれて虫をやり過ごす。歩きながら水無月に説明されて、それで本当にやり過ごせるのかと思ってしまったが今はついていくしかない。
「どうです?」
隣を歩く水無月にいきなり問いかけられた。
「人の夢のなかに勝手に入った挙句に、こんな命の危険を味わう感想は」
多少毒が混じった問いかけに苦笑交じりに答える。
「楽しいね」
「それは皮肉ですか。こんな夢を見る私に対しての」
「まさか」
肩をすくめて
「それがどんな楽しい夢、悲惨な夢だったとしてもそれも個性だよ。だからキミの言うこんな夢であっても、ボクには楽しい」
「その個性のある夢に勝手に入ってくるのはどうかと思いますけどね」
秋山から顔を逸らしたのは、照れ隠しから。
「大体、人の夢に勝手にか言ってくるアナタはなんなんですか。失礼にもほどがありますよ」
「それに関しては否定出来ないね」
「じゃあ今すぐにでも出て行ったらどうなんです」
「それは否定しよう」
「なぜですか」
すると秋山は返答を口に出さずに、横を歩く水無月へと微笑んだ。
「な、なにが言いたいんですか」
頬を赤く染めながらソッポを向く水無月。そっぽを向いた彼女の耳に届かないほど小さく、一行の雑踏の音にかき消されるほど小さく。
「今それを知ったらキミは、ボクのことをなんとしてでも追いだすだろうね」
つぶやいた。
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