#57 潜入
≪フィロソフィの家≫
会議のため、フィロソフィの家にワープリングで飛んでくる。既に家の中にはほとんどのギルドメンバーが席に着いている。何人かはヤミキンの生放送を見て脱退したようだが、抜けずに残っているということはそれだけフィロソフィに対する忠誠心が強いということなのだろう。
「まったく、あいつはまた欠席か。しょうがないやつだな」
「なんでも見たいアニメがあるとか」
「一度マスターにこっぴどく怒られるべきだよ」
こいつらが俺の戦う敵か……。漫画とかで敵組織の会議のシーンを見たことがあるけど、それと同じくらいインパクトのある絵面だ。スカイの時に仲良かったギルドメンバーなんかも居て、なんだか複雑な気分になってしまう。
「ほいじゃ、作戦会議を始めるで」
フィロソフィは他のギルドメンバーよりも豪華な椅子に座り、どっしりと偉そうな座り方で笑みを浮かべている。こうして敵側の作戦会議に潜り込めるなんて予想もしていなかった。せっかくの機会だ、今はセレスティアスの情報収集に徹しよう。
「まずはデアボロスとのギルド戦を行う時のフィールドを確認するぞ。フィールドは月夜の都ってところや。エリアの構造は各自ググっておいてな。んで、立ち回りやけど――」
フィロソフィはギルドメンバーに月夜の都での立ち回り方を一人一人指示していく。流石上級者プレイヤーと言ったところか、作戦はよく練られている。だが、敵である俺に筒抜けなのだから作戦など意味を為さない。いや、ギルド戦が無事に行われるかも怪しいけどな。
「向こうがいくら力をつけているとは言え、こっちには雇っておいた工作員がおるんや。ギルド戦の時にはしっかりと味方の邪魔をするよう動いてくれるで!」
そう言って豪快に笑うフィロソフィ。やはりこの作戦の切り札は俺のギルドに潜り込んでいる工作員らしい。ならば、この場でその工作員とやらの名前を全て聞き出しておこう。
「マスター、私から質問いいですか?」
「なんや、アリサ?」
「その工作員の名前を教えてもらってもいいですか? 誰が敵で誰が味方なのか私たちも知っておいた方が良いと思うのです。ほら、間違って倒してしまったらいざって時に動いてくれないかもしれないじゃないですか」
「ほう、アリサにしてはええことを言うな。んじゃ、これから名前を言っていくから各自メモを取っておくように。ーーほな、いくで? うなぎ、ハロルド、ゼムレイ……」
フィロソフィは次々と俺のギルドに紛れ込んでいる工作員の名前を暴露していく。工作員にはお金を払わなければいけないので、フィロソフィは工作員の名前を全て覚えていなければならないのだ。俺は熱心にメモを取っていく。こうやって見返して見るとかなりの人数が潜り込んでいた事実に驚愕する。今教えてもらった名前のプレイヤーはシエルでログインしたときにでも除名しておくとしよう。
工作員の名前を挙げた後は、会議で話した内容の再確認とちょっとした注意事項のみで大した内容ではなかった。
「――んじゃ、会議はこれで終わりな」
フィロソフィのそんな言葉を最後に90分ほどで会議は終わった。既に遅い時間ということもあってか、無駄なお喋りをするために残る人なんてほとんどおらず、フィロソフィの家からぞろぞろとギルドメンバーの人達が退室していく。俺はフィロソフィの夜伽として呼び止められるのではないかとドキドキしていたが、幸いそのようなことはなく、他のギルドメンバーに紛れて俺も退室していく。
この会議ではかなり有益な情報を手に入れることが出来たと思う。なにせ俺が一番恐れていた工作員の名前を全て知ることが出来たんだ。ギルド戦における脅威は無くなったに等しい。むしろ追い風が吹いてきたまであるぞ。
メニューコマンドを呼び出して現実世界の時間を確認すると午前1時になろうとしているところだった。今日はあの暑い中出掛けたし、明日に備えて休んだ方が良いかもしれない。
ギルドチャットで簡単に挨拶を済まし、俺はそのままログアウトした。
◆
――テレレレテーテテレー♪
朝、スマホの着信音で起きる。
枕の横に置いてあるスマホを手に取り、夢うつつで画面を確認すると母さんからの着信だった。
「――はい、俺だけど」
『あんたその調子だと昼だっていうのにまだ寝ていたのね。母さん明日には帰るから』
ああ、もうそんな時間だったのか。疲れがたまっていたせいか寝すぎてしまったな。それで母さんが帰るのは明日ね、もちろん気になるのはアレのことだよ。
「それで……俺のVRヘッドセットは?」
『しっかりと勉強していたら返してあげます』
ということは返してくれるってことだ。長年一緒にいるとツーカーの仲と言ったところか、言葉の裏側の意味も分かるもんなんだよね。まあ、念のためノートにテキトーな計算式でもビッシリと書いて努力の跡を残しておくとしよう。
≪アリサの家≫
学生にとっては夏休みでも社会人に夏休みは無い。平日の昼間ということもあり、フィロソフィ含め、ギルドメンバーはほとんどログインしていなかった。
それにしても、久しぶりに勉強らしい勉強をしてなんだか充実した気分だ。シエルのアカウントも戻ってくるだろうし、順風満帆とはこのことを言うのではないだろうか。ただ贅沢を言うならば、フィロソフィのリアルの情報がもう少し欲しい。あいつを現実世界で追い詰めるためにはやっぱり現実世界での情報が欲しいのだけど、どうにか聞き出す方法は無いだろうか。
ヨシツネ
「こんにちはー」
ギルドチャットで挨拶が流れてくる。
ヨシツネって確かフィロソフィと同じおっさんプレイヤーで、スカイが入隊するよりも前から居た古株だったよな。
そうだ、何もフィロソフィ本人に聞かなくても、ギルドメンバーに聞けば情報を引き出せるんじゃねえの? ギルドというグループなのだから、当然会話ぐらいはするだろうし、全員現実世界に住む人間だ。話題なんてほとんどが現実世界の愚痴だったりするだろうさ。つまり、フィロソフィの現実の情報を知っていてもおかしくは無い。ってなわけでギルドマスターお気に入りのアリサちゃんが話しかけてみますよ。
アリサ
「こんにちは、ヨシツネさん! 私、今暇しててぇ~」
女の子は甘い香りを漂わせるだけで良い。後は男が誘ってくれる。
ヨシツネ
「ええ、僕も暇していたところです。素材集めを兼ねたグレムリン狩りでもいきますか?」
ほらね。
アリサ
「はーい!」
ヨシツネ
「ありがとうございます。それではパーティに誘いますね」
ヨシツネは紳士のような振る舞いをするプレイヤーだ。糸目で坊主頭のアバターのせいか、より紳士って印象が強い。同じ大人でもフィロソフィとは全然違うなあ、どうせ大人になるならこのような大人になりたいものだ。
≪アーカーディア草原≫
帝都アルケディアから少し歩くと、アーカーディア草原という広い草原に出る。ここにはグレムリンというモンスターが多数生息しており、レベル上げやグレムリンが落とす悪魔の羽根という素材を集めるための金策に使われたりする。そんなに強くはないため、ちょっとした空き時間にソロで来たりしていたっけ。
「ヨシツネさんは生放送で流れたギルドマスターのRMTをしているって噂、どう思いますか?」
「悲しいことです。噂だけで多くのギルドメンバーが抜けていってしまいました。自分の所属している組織のトップが信じられないのであれば、そこまでの人だったということなのでしょう……」
ヨシツネがグレムリンをオノで叩き斬りながら語り出す。あんな大きな武器を振っているというのに、少しも声が乱れていない。
「ではヨシツネさんはギルドマスターのことを信じているのですか?」
「僕とフィロソフィさんの付き合いが長いというのもあるんですけどね。昔、セレスティアスのギルドが結成されたときに、オフ会が開かれたんですよ。その時にフィロソフィさんとリアルで会いましてね。やっぱり現実世界で人と会って話すと何故か信頼出来てしまうものなんですよ、不思議とね。だから決定的な証拠が出て来るまでは彼を信じようと決めています」
「はぁ」
決定的な証拠、いや、とんでもない情報がもう少しで出てくると思うけどね。内心ほくそ笑みながら魔法を唱える。
それよりも過去にオフ会が開かれていたのは初耳だった。開かれたのはセレスティアス結成時らしいし、フィロソフィがアリサと知り合うどころか、俺もまだギルドに所属していなかった時代の話だ。
「マスターってリアルではどんな人だったんですか?」
「そうですね……アリサさんはフィロソフィさんと親しいみたいだから話しますけど、とても気さくな方ですよ。そうそう、彼に小学生の子供が居ましてね。オフ会にも連れてきていたんです。当時は9歳だったから今は10歳になったのかな。たいきっていう名前の無邪気な男の子なんですけどね。パパ、パパって呼んでいる姿が可愛らしくって、そんな愛されているフィロソフィさんを見ていたら、ああ、いい人なんだなぁって勝手に自分で納得しちゃったんです。その後、オフ会で興味を持ったのか彼の子供も1ヶ月前にDOMを始めたみたいなんですよ。ほら、前に初心者応援キャンペーンだかってやっていたじゃないですか。あれに乗っかったって言っていましたね。それで、フィロソフィさんにたいき君と一緒に冒険しているのか聞いたら、まだこっちの世界は早すぎるって言って、一緒に遊ぶどころかキャラクター名も教えていないみたいなんですよ。まあお父さん、かなりやり込んでいるからね。同じように育ってほしくはないのでしょう」
ヨシツネは苦笑いを浮かべながらドロップした悪魔の羽根を拾い上げる。俺はヨシツネの話の中である単語が頭に引っかかっていた。
「でも、僕個人の意見としては子供にネトゲなんて早すぎると思います。ネットには悪い人も沢山いますし、ネットリテラシーだってまだ全然でしょう。あ、これはフィロソフィさんに内緒ですよ」
再び話を続けていたが、そこからの話の内容なんてどうでもよかった。
たいきーーどこかで聞いたことのある名前だな。
まさか、光の冒険団に居たアイツのことだろうか。始めた時期も、年齢も見事に一致している。これはもしかしたら……。
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