#50 工作員

シエル視点


 ハロルドという男は立ち上がり、驚いた表情で俺の方を見てくる。それはまるで鉄砲に打たれた鳩のような顔だった。


「……馬鹿な、プレイヤーに攻撃をするには決闘が……お互いの承認が必要だったはずだッ!」


「フフ、知らなかったのか? 今回のメンテナンスはPKプレイヤーキル機能の試験的追加も兼ねていたんだぜ? ま、一部の過疎エリアのみらしいけどな。そしてこのエリア、暗黒の森もその対象だったっていうわけだ」


「そうだったのか……」


「わざわざ暗黒の森まで来てくれて助かったぜ、色欲のハロルドさん?」


「……へっ、その呼び名、知っていたのか」


「さっき知ったばかりだけどな。晒しスレで名前が挙がっていたぜ、出会い厨の要注意プレイヤーとして有名人みたいじゃないか」


「ハハハ! それなら話は早い。面倒な決闘の手続きも無くなって、スムーズに戦いに移れるってわけだ!」


 ハロルドは分厚い大剣を上に振り上げながら高らかに笑う。


「死ねッ、クソシエル! 【グランド・シャーク】!!」


 大剣を勢いよく縦に一振りしたかと思えば、そこから衝撃波が生まれ、地を這いながらこちらにやってくる。そんな遅い衝撃波が当たってたまるか。俺は軽く横に跳んで避ける。その後、何か芸があるのかと思えば何も起こらずにそのまま衝撃波は消滅してしまった。


「チッ、避けやがったなァ!」


 ハロルドは小さな子供のように地団駄を踏む。コイツ、立派な鎧を装備しているけど見た目だけで実際には大して強くはないんじゃねーの?


 俺は両手を前に突き出し、呪文を唱える。


「今度はこっちから行くぞ……【マッドサンダー】!」


 オートクレールの詠唱時間短縮の効果で魔法はすぐに発動する。暗闇の中に青白い閃光が現れ、一直線となってハロルドの方へと伸びていく。そんな重そうな鎧を着ていたんじゃ避けるのは無理だろう?


「やめ、やめろ……ぐああぁぁぁッ!!」


 連続詠唱で何度も電撃をハロルドに食らわせる。体をビクビクっとくねらせ、再びその場に崩れ落ちるハロルド。全身にビリビリとしたエフェクトが付いている、どうやら麻痺状態になっているようだ。


 なんだ、呆気なかったな。いや、俺が強くなっているだけか?


「お前の負けだハロルド。俺たちに二度と関わるんじゃねえ」


 俺は剣を取り出し、ハロルドの元に近づいていく。


 うなだれているハロルドの肩が小刻みに動いている。一瞬泣きだしたのかと思ったけど、そうでは無かった。


「……ハハハ! 俺の負け? そうだな、こ・の・戦・い・では俺の負けかもしれない。だが、お前の本当の敵は誰だ? フィロソフィだろう? 宣戦布告されておいて何もしないなんて思っているつもりじゃないよなァ、それじゃ甘いぜ?」


「? それはどういうことだ?」


「ククク……本当に何も分かっていないみたいだな。お前はディアボロスへの入隊申請をほぼ無条件で受け入れているみたいだけどよ、本当にそれでいいのか? 誰でも入れるってことは敵もギルド内に入り込めるってことさ。既にギルド内にはフィロソフィの工作員が紛れ込んでいるんだよ、俺みたいな奴がさぁ!」


 ハロルドみたいな奴が入り込んでいた時点で薄々気付いてはいたが、まさか本当に……。フィロソフィが言っていた脅しはこのことだったのか。


「あーあ、喋っちまったしフィロソフィからの報酬はナシかな。まぁいいさ、シエルの狼狽える顔を見ることが出来たしな、アハハ! それだけで満足、満足。モチツキちゃんとリアルで会うことが出来なかったのは残念だったけどね。さーて、正体バラしちまったし、俺をギルドから除名するつもりなんだろう? どうせ追放されるくらいなら自分から抜けてやるよ!」


 そう叫んだと同時に、ハロルドは俺の腕をグッと自分の方に引き寄せ、剣を首元に突き刺して自害した。HPが0になったハロルドは目の前から姿が消える。ギルド欄を確認すると、ギルドからも既に名前が消えていた。


 そういや、報酬とか言っていたな……フィロソフィは工作員を金で雇っていた? 金の力で人を動かしたのは俺だけじゃなかったってワケか。


「シエル……ッ!」


 もちこが俺の方に向かって駆けてくる。


「怖かった……助けてくれてありがとう……」


「当たり前だろう。俺たちは仲間なんだから」


 俺はポリポリと頬を掻きながら答える。こんなことを言うのはちょっと照れ臭かった。


「その……疑ってごめん。フィロソフィの仲間があんな変な奴だなんて思わなかったから……。シエルはちゃんと考えがあってフィロソフィと敵対したんだよね。ああいう奴らから私たちを守る為に……」


「ーーああ、急にこんなことに巻き込んでしまって悪いって思っている。もちこ達にも相談もせずに決めたのも良くないって分かっていたんだ。……だから、俺の方こそ勝手な行動をしてごめん!」


 俺は頭を下げる。


「いいの、私はディアボロスの初期メンバーでシエルについていくって決めたからね。マスターの意思に従うよ」


 そう言って、もちこは俺に手を差し伸べてくれた。俺はもちこの白く、小さい手を取る。


「ありがとう」


 全てが終わったら必ず話すから――。



 その後、俺たちは2人で帝都アルケディアまで歩いて帰ることにした。ワープリングを使えばすぐに帰れるんだけど、すぐに帰りたくはなかった。街に帰ったら色んな問題が迫ってきそうだったから。だからこれはちょっとした現実逃避だ。泡沫のひと時。


「それにしてもシエルさ、よく私の居る場所が分かったよね」


「フレンドリストに今いるエリアが表示されるだろう? とりあえずそこまで行って、あとは勘」


「ぷっ、勘で分かるんだ! 今回私が組んでいた人が変態だったから良かったけどさ、もし普通の人だったらシエルここまで来た意味なかったじゃん。どうして私が危ない目に遭っていると思ったの?」


「だってお前、俺たち以外に遊んでくれるような人いないだろ。パーティ組んでいるお前を見た時不自然に思ったんだよ」


「ちょっ、それって酷くねー!?」


 もちこが俺の腕をポカポカと叩いてくる。


「ちょ、ここPK可能エリアだから俺のHP減っていってるし……やめっ!」


「ふんだ。シエルなんか死んじゃえ」


 そんな酷いことを言うもちこの顔には笑顔が浮かんでいる。空を見上げたら月が俺たちを照らしていた。前と違って今はひとりじゃない。

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