#49 出会い厨

〔モチツキの視点〕


 メンテナンス終了時刻が予定よりも早まったのか、18時には既にログインが出来た。でも、あまりログインする気にはなれなかったんだ。


 今までは少人数ながらも楽しくやっていたのに、突然シエルがヤミキンの生放送に出演したかと思ったらフィロソフィに宣戦布告し始めるし、シエルの奴は一体何を考えているんだろう。


 あれから色んなことが変わってしまった。ディアボロスに新しく入ってきた人たちもなんだか攻撃的だし、ちょっと怖い……。


 昔みたいに馬鹿騒ぎしているだけじゃダメだったのかな? それとも、私に知らされていないだけで、最初からこうするつもりだったの? また仲間外れになるなんて嫌だよ。


 でも、逃げてばかりいたらだめだよね。シエルとちゃんと向き合わなくちゃ。私のことを仲間だと言ってくれた、シエルのその言葉を信じてもいいのか確かめなければいけない。



≪帝都アルケディア≫


 強制ログアウトされてしまったからいつもよりログインに時間が掛かってしまったけど、なんとか元の場所に戻ってこれた。シエルはもう帰ってきているかな。


 メニューコマンドを開いて、ギルドメンバー一覧を確認する。ついでにギルドチャット機能もONに戻しておく。


 新しく入ったギルドメンバーは何人かログインしているみたいだけど、シエルやユリア、モフモフはまだログインしていなかった。早く戻ってきたのは私だけか。うう、知らない人ばかりでなんだか居づらいな……。



ハロルド

「もうログイン出来るなんてツイてるなぁ。こんばーっす」


モチツキ

「こんばんはー」


ハロルド

「お、初期メンバーのモチツキちゃんじゃないですか。一緒にレベル上げでも行きません?」


モチツキ

「悪い、今は待っている人が居るんだ」


ハロルド

「来るまででいいからさ、一緒にしようよ」


モチツキ

「うーん、でも……」


ハロルド

「いいからいいから」



【“ハロルド”からパーティに誘われました】


 なんて強引な人なんだろう。断ってしまったら相手にも悪いし、今回だけだ。少しだけでも付き合うことにしよう……。


【パーティに加入しました!】


『よろしくね。モチツキちゃん』


『よろしく』


『じゃあ、帝都の入り口で待っているね。狩場は暗黒の森でしよっか?』


 知らない人と冒険するのなんて久しぶりで少し緊張してしまう。待ち合わせ場所の入り口に向かうと、私に向かって大きく手を振っているプレイヤーが見えた。立派な甲冑に身を包み、大きな剣を背中に背負っている金髪の男、ハロルドだった。


「へえ、君がモチツキちゃんか。現物を見たのは初めてだったけど可愛いなあ。あぁ、現物っていってもこっちはゲームの世界だから現物って表現は間違いだったかな、アハハ!」


 自分で言って自分で笑っている。やけにテンションの高い男だな、というのが彼の第一印象だった。


「さ、早いところ出発しようか。モチツキちゃんとは長い時間遊んでいたいからね!」


 ニコニコとした顔を張り付けている彼は、そのまま街の門の外に向かって歩き出した。


「えっ、パーティは2人だけ? 回復役も居ないのに大丈夫なのか?」


「大丈夫、大丈夫、俺が守ってあげるって!」


 ハロルドは急かすように私の背中をポンポンと叩いてくる。2人でレベリングをするなんて効率的ではないはずなのに、これは一体どうしてだろう。


 一抹の不安を感じながらも、目的地に向かうために歩き出す。



≪暗黒の森≫


 目的地に着いた頃には夜になっていた。視界の悪い中、歪な黒い樹が生い茂る森の中を2人で歩いていく。月の明かりも届かないほどに真っ暗で、草むらからは獣の唸り声が聞こえてくる。


「ガルルルルッ!!」


「おらぁ! 【トルネードスラッシュ】!」


 次々と出てくるモンスターをハロルドはその大剣でブンブンと振るって薙ぎ倒していく。空振りも多いようだけど、ハロルドの持つ大剣の攻撃力が高いのか、それは大した問題では無さそうだった。あまりにも攻撃範囲が広いので私は近づくことも出来ず、ただ見るだけの戦闘になってしまっていた。


 ハロルドは奥へ、奥へと進んでいき、私たち以外にプレイヤーが誰も訪れていないのがハッキリと分かるほど、周囲は静まり返っていた。今にも幽霊とか出てきそうな雰囲気である。


「ふぅ~、疲れたねモチツキちゃん。ここで少し座って休もうか」


 私は何もしていないので全然疲れていない。休むと言っても休んでる間、男の人と2人きりで何を話せばいいのか分からないし、なんだか気まずい……。


「今度は私が攻撃するよ、だから戦闘を続けよう」


「いいから、いいから。そんな気を遣わずに、ほら、座って休もうよ」


「ちょ、ちょっと……!」


 ハロルドが私の腕を引っ張って無理やり座らせようとしてくる。気なんて遣っているつもりはないんだけど……困ったな。


「俺さー、実はモチツキちゃんのこと前から気になっていたんだよね」


 突然の告白に胸がドキリとしてしまう。こういうのに慣れていないので反応に困るのだ。


「え? さっき現物を見たのは初めてだって言っていなかった?」


「あー、うーん、そうだけど。そんなことはどうでも良いんだよ。実際に可愛かったしね、アハハ! ほら、モチツキちゃんのこのあずき色の髪の毛とか触り心地最高じゃん!」


 ハロルドはそう言いながら私の髪をわしゃわしゃと撫でてくる。ごつごつとした男の手の感触がとても不快だった。


「おい、やめろよ。触るなっ」


「あははっ、ゴメンゴメン、冗談だってば!」


 私は本気で嫌だったのだけど、ハロルドは笑って冗談にしようとしてくる。私はこの男が苦手だ。


「ねえ、モチツキちゃんって今何歳なの? 18歳超えてる?」


「……超えてるけど」


「あ、ホント!? どこ住み? じゃあさ、今度リアルで会わない? 俺、モチツキちゃんの為ならどこに居ても迎えに行くよ!」


「な、なにを言っているんだ」


 やけにグイグイと食いついてくる。出会い厨、そんな言葉が頭を過った。DOMではリアルについて尋ねてくる人には警戒しろと、公式でもアナウンスが出ている。でも、こんなのと遭遇したのは初めてで対応の仕方が分からない。ハッキリと断るのが正しい方法だっていうのは知識として知っているけど、実際に遭遇するとそう簡単に断れるものじゃないし、断れば何をされるか分からないんだ。


【“ハロルド”からフレンドに誘われました】


「じゃあ、フレンドからならいいでしょう? ね? フレンドなら!」


「まあ、フレンドくらいなら……」


 とりあえず、この男を落ち着かせるためにフレンドになっておくことにした。


【“ハロルド”とフレンドになりました!】


「ありがとう~モチツキちゃん。やっぱり優しいな~」


「別に優しくなんて、無い……」


「フレンドにもなったことだし、リアルでの連絡先も教えてくれないかな? ほら、ログインしていないときでもお話が出来るようにさ!」


 ハロルドは私の顔面に顔を近づけるようにして言ってくる。鼻息が顔に当たり、思わず顔を背ける。嫌悪感が喉の奥から込み上げてきて、ついに抑えていた言葉が出てきてしまう。


「それは……ダメ……」


 私がハッキリと拒絶の意思を伝えるとハロルドの顔から張り付いた笑みが消え、みるみるうちに鬼のような形相に変わっていった。その目はまるで、草食動物を狙う野獣のようだ。


「あぁ、ダメだぁ? モチツキちゃんさぁ、断る権利があるとでも思っているのか? 俺がせっかく、せっかく、こうやって誘ってやっているのに、その好意を無視するんだ? さっきだってモンスターを倒すの俺ばっかりだったよねぇ。モチツキちゃんは見ていただけで何もしていなかったじゃん。俺を癒してくれることくらいしてくれてもいいんじゃない? ねぇ!?」


 その口調はガラの悪いチンピラのようだった。暗い森の中にこの男と2人きり、しかもこんな近くで身動きが取れないように腕を掴まれてしまっては逃げることも出来ない。


「いいから、どこに住んでいるのか教えろよ、この、肉便器! 俺が可愛がってやるからさぁ!」


 ハロルドは私を押し倒すように、肩を突き飛ばしてくる。ハロルドは鎧を装備していることもあり重量もある、私が抵抗したところでビクともしないだろう。


「う、うぅ……」


「ハハ、震えちゃって可愛いなァ。18歳超えているって言ってたけど、まだ学生なんだろう? その反応を見ると処女っぽいな。実践の前にここで練習しちゃおっか?」


 ハロルドは私の上に馬乗りになり、私の手を取って勝手にメニューコマンドを操作し始めた。


「じゃあまずは服を脱ぎましょうね~」


 私の手はハロルドの赴くままに“装備”の欄をタップさせる。私の身を守っている装備品の名前の文字を一つずつ触って選択しては“外す”を選んでいく。


 必死に抵抗しても私の手はハロルドの欲望のままに動かされる。


「ぐへへへ……」


 もう、やめて……!


 声にならない声を必死に胸の中で繰り返したその時、青白く光る雷がどこからか飛んで来て、ハロルドの頭に直撃する。


「ぐわぁぁぁああッ!?」


 ハロルドは叫びながら3メートルほど横に吹っ飛ばされた。辺りには焦げ臭いにおいが漂っている。まさかモンスター? いや、ここはモンスターの出現しない領域のはず……。


 雷の飛んできた方を向くと、静電気を微かに身に纏い、黒のマントを羽織ったケモミミのシルエットがこちらに向かって歩いてきている。


「俺の大事なギルドメンバーに手を出すんじゃねぇ!」


 見慣れたその姿を見た時、私の全身から力が一気に抜けていくのを感じた。


「……シエル!」

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