#37 本番
≪ギルド戦専用エリア・山岳地帯≫
さて、降り立ったは決戦の地。
今月いっぱいはこの山岳地帯エリアで戦うことになるので、ランク上げの時に視察を兼ねてこのエリアに来られたのは幸いだった。そういえば、もう勝負が始まっているんだよな。うかうかとしていられない。
「ユリア、打ち合わせの通り頼むぞ」
「はい!」
酒場での打ち合わせのときに教えた通り、ユリアは最初に移動速度アップの魔法と、守備力アップの魔法を自分自身にかける。
そしてユリアは一番近くにあるフラッグを取るために、真っ先に駆けていく。
いくら相手の人数が多く、強いプレイヤーだとしても、相手ギルドの近くにあるフラッグを相手よりも早く取ることなど不可能だ。
7つのフラッグを全て相手の陣地に持ち込むまで勝負は終わらない。それならば、6つのフラッグは相手に取らせてしまっても、こちらが1つ持って逃げ切ればタイムアップになるまで勝負がつくことは無い。
「頑張ってくれよ、ユリア……」
時間稼ぎに出たユリアの後姿を見つめながら、俺は山の斜面の陰に隠れ、フィールドに向かってひたすら魔法を唱えることにした。
――狙うは一発逆転。
◆
〔モチツキの視点〕
破牙の狼のギルド内の雰囲気は、すっかりいいカモを見つけたつもりで、勝つことを当然のことのように思っている人が大半だった。
そして破牙の狼のギルドマスター、モチツキもそう思っている内の1人。
思えば長い道のりだった。自分のキャラクターのレベル上げもそっちのけで、ギルド依頼をメンバーと協力して取り組み、ようやくギルドランクをA-まで上げることが出来たんだ。
私にはある野望がある。強豪ギルドの仲間入りをすること。その一心で今までコツコツと頑張ってきた。
酒場でランク急上昇のギルド《ディアボロス》を見たときは驚いた。今までランクが下がることを恐れてギルド戦を敬遠してきた私だったけど、それを見たとき、一歩踏み出してみようと思った。だって、相手のギルドは、Aランクにも関わらず人数がたった2人しかいないんだぜ? それに対して私たちの人数は13人。絶対勝てる。このチャンスを逃すわけには行かねーってな。
そう確信した私は独断ですぐにディアボロスにギルド戦の挑戦状を送ることを決めた。
まさか相手も勝負を受けるとは思わなかったけどな。そして、この試合が終わったら私たちは強豪ギルドの仲間入りをしているはずだ!
今までの努力が報われるんだ!
「マスター、余裕すぎてこの勝負退屈になってしまうし、ここは完全勝利を狙った方がいいんじゃないっすかね?」
ドワーフのワタナベが提案してくる。
完全勝利とは、タイムアップ前に勝負を付けてしまうこと。つまり、フラッグを7つ全て奪い、敵の陣地まで持ち込んでしまう、ということだ。
「そうだな。まずは私たちの陣地の周辺にあるフラッグを確実に取りに行くぞ」
「うっす! マスター!」
その返事を聞いて、破牙の狼のギルドメンバーたちは四方に散ってゆく。
「フフフ……。身の程を知るといい。ディアボロスのギルドマスターさんよ」
◇
自分の陣地周辺は一通り探し終えた。あとは前線に行っているギルドメンバーの報告を待ちつつ、モチツキも前線に向かうことにした。
『フラッグを合計6個確保しました!』
「よくやった。あと1つはどこにある?」
『恐らく、ディアボロスのどちらかが持っているものと思われます』
「そう。人数的にも圧倒的にこちらが有利なんだし、全力で探し出すぞ!」
『はいっ!』
モチツキは稜線上を歩き、旗持ちを探すべく敵の陣地の方へと近づいていく。すると、ある人影を発見した。ケモ耳が斜面の陰から飛び出している。あれはディアボロスのギルドマスター、シエルだろうか。
モチツキは見つからないように、迂回してシエルの背後から近づいていく。シエルは何やら山の斜面に向かって魔法を唱えているようでこちらに気付いている様子は無い。何をしているのか疑問だったが、どうやらシエルは旗持ちでは無さそうだ。きっと圧倒的な人数差に怖気づいて諦めているのだろう。
「フッ、もう負けを確信して遊んでいるんだな。馬鹿め」
モチツキは短剣を構え、ゆっくりとシエルに近づく。そして……。
――ズシャッ!
振り下ろす。背後からの特効攻撃【バックスタブ】をシエルに食らわせてやる。一撃でシエルは死亡し、デスペナルティを受けることになった今がチャンス。
『みんな、もう一人の女が旗持ちで間違いない! 私も今からその女エルフを探しにかかる!』
欠かさず、他のギルドメンバー達に連絡を入れておく。念のため、自分の周囲を見回してみたけど、何も見当たらない。気づかないうちにもう一人とすれ違いになってしまったのだろうか。
『マスター! あの女が見つかりました!』
「その女エルフは今どこに居る?」
『俺たちの陣地の近くです!』
「分かった。すぐに向かう!」
アンタのギルドマスターなんてとっくに諦めているっていうのに、一人で逃げ切れると思っているのか?
自分の陣地の方へと戻っている途中、あの女エルフが斜面のちょうど下の辺りで走っているのが見えた。普通のプレイヤーよりも早い。まさか、自分自身にスピードアップの魔法をかけているのか?
「クソッ! 追いつかねえ!」
その女エルフの後ろを私のギルドメンバー達が追っているのが見えた。モチツキもギルドメンバーと合流し、ユリアを追う。
「遠距離攻撃で倒せないの!?」
「弓で攻撃しても、自分で回復魔法を唱えて回復してしまうんです!」
相手の職業は神官か……。厄介だ。
「こうなったら相手の体力が切れるまで追い詰めるぞ!」
この地形のせいもあって、とても走りにくい。そっちの持っているフラッグは1つに対してこっちは6個。もう負けが決まったも同然なのだから、いい加減諦めちまえよ。
破牙の狼のメンバー全員で、ユリアの背後から遠距離攻撃を仕掛けていくが、補助魔法で防御力を上げているのか、まるで効いていない。そして、攻撃の隙をついて自己回復。このまま逃げていても、いずれMPが切れて逆転する術はないはずなのに、どうしてこんな無駄なことをしているの?
ユリアは自分の陣地の方に戻るように斜面を下りながら逃げていく。馬鹿だな。わざわざ自分から墓場に入っていくようなことをするなんて。こうやって逃げていられるのも時間の問題だぞ?
と、そんなことを考えていると突然、地面が大きく揺れ出した。
ドドドドドドド!!!
「な、なに? 地震!?」
「馬鹿な、ここはゲーム内だぞ! 地震なんて起こるはずが……!」
動揺する破牙の狼のギルドメンバーたち。ふと上を見ると、山が崩れ、石や砂の塊がこちらになだれ込んでくる。
「みんな、逃げろッ!」
腹の底から声を出すけれど、みんな思うようには動けない。目の前に迫った絶望的な光景に足がすくみ動くことが出来ないのだ。
死が眼前に迫ってきているのを見た。
◆
〔シエルの視点〕
間に合って良かった。
モチツキに背後からキルされたときはどうなるかと思ったが、俺を狙うのをやめてユリアに絞ってくれたのが幸いしたな。
『シエルさん、やりましたね!』
「ああ、ユリアも良くやってくれた」
全ては作戦通り。スタート開始直後からこの山の斜面に魔法でダメージを当て続け、脆いこのフィールドの特性を利用して時間内に土砂崩れを起こすことが出来た。
しかもギルドメンバー全員がかたまって行動するとかアホすぎるね。せいぜい人数を少し減らせればいいなと思っていたくらいだったけど、まさか全員引っかかるとは思わなかった。そのまま土砂崩れの餌食になるがいいさ。
「どうしてこんなことが!?」
「ぐあああああッ!?」
破牙の狼の困惑の混じった叫び声が聞こえる。
「油断して完全勝利を狙ったのがお前たちの敗因だ。俺たちのランクを上げるための養分となるがいい!」
俺は土砂崩れに巻き込まれる破牙の狼のメンバーたちに向かって高らかに告げる。
「ち、ちくしょおおおおーー!!」
ここから更に追い打ちをかけるべく俺は魔法を唱える。念には念をってやつだ。これで全員まとめてキルすれば、フラッグを根こそぎ奪える。残り時間もあと僅かだし、わざわざ相手の陣地まで持ち込まなくても時間まで逃げ切れば俺たちの判定勝ちだ。
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