#36 破牙の狼


 こんな八百長試合をやっても規約違反に当たらないか不安になったので後から確認してみたのだけど、規約違反に当たる記載はなかった。それなら八百長ビジネスでギルドランク上げサービスでの金稼ぎがあってもいいんじゃねーの? って思ったけどギルドランクを上げる手間を考えれば他の金策をしていた方が稼げそうだし、やっぱ有り得ねーわ。


 とっしーは軽い口調だったけど、俺の為にギルド戦で負けることを決断したのは、本当にショックを受けて自棄になっていたからなのかもしれないな。


 八百長とは言え、作ったばかりの新米ギルドがSランクギルドを打ち破り、一瞬でAランクまで昇り詰めたのだ。既に酒場の電子掲示板では急上昇のギルドとして堂々とディアボロスの名前が載っている。これは客観的に見れば注目されてもおかしくないほどの衝撃だろうな。


『この機会、絶対無駄にはするなよ?』


 とっしーの言葉を思い出す。言われた通り、この機会を無駄にするわけには行かない。Aランクということもあり、ランクだけで見れば他の上流ギルドとも肩を並べたわけだ。ディアボロスも晴れて列強の仲間入りとまでは行かないかもしれないけれど、期待のホープみたいな、そこそこの地位を手に入れたはずだ。


 そしてログインすると、既にギルド戦の申し込みが他のギルドから届いたのである。


『シエル殿 結成後僅か数日でAランクまで昇り詰めた其の実力に我がギルド《破牙の狼》は興味を持った。其方のギルド《ディアボロス》とギルド戦で勝負を挑みたい。其の実力が本物か私たちに示してみろ。 破牙の狼ギルドマスター モチツキ』


 差出人は破牙の狼のギルドマスターのモチツキというプレイヤーらしい。てか、そんなすぐにギルド戦なんて申し込んじゃってもいいのかしらん。


 ギルド戦というのはそう安易に行われるものではない。まず、ギルドメンバーが都合よく揃う日で且つ、相手ギルドもそうでなければならないのだ。その条件が一致する時点でギルド戦を行うハードルはかなり高い。


 さらに勝負に負ければランクが下がるかもしれないというリスクもある。自分が勝てると確信できる戦いでなければ絶対に行わないというほど、みんな慎重になるわけだが、こうやってギルド戦を申し込むという事はよほど俺たちのギルドに勝つ自信があるのだろうね。


 まずは酒場のギルド検索端末で破牙の狼の情報を確認してみる。念のためにスクショを撮っておく。


――――――――――――――――――――

【ギルド名】《破牙の狼》

【ギルドマスター】モチツキ

【ランク】A-

【人数】13人

――――――――――――――――――――


 人数は13人か。一般的なギルドよりも少ないが、相手も俺たちのギルドの人数が2人ということを見て、確実に勝てると踏んで挑んできたのだろう。今の俺たちが真正面から挑んで勝てる確率はかなり低い。こんな勝負を受けるなんて馬鹿げている。


 ――ってのが一般ピープルの感想で、せっかくの急上昇で注目が集まっているのに断るのは勿体無い。


 頭に浮かんだのは、ギルド戦を行うフィールドの山岳地帯。地の利を生かしてどうにか勝つことは出来ないだろうか。



≪シャルーアの町・酒場≫


「――で、これが相手のギルドの情報だ」


 破牙の狼からの挑戦状をテーブルに広げ、そのギルドの人数などが載ってあるウィンドウも一緒にユリアに見せてやる。


「これは……明らかに私たちが勝てる要素がないじゃないですか」


「そうだな。この勝負、こっちは人数不利で普通に考えれば勝つのは無理だ。でも――」


 俺は不敵な笑みを浮かべる。


「シエルさんのその顔、何か戦略でもあるんですか?」


「フッ、あるんだよなこれが」


 俺は口元を吊り上げる。



 ギルド戦を迎えた当日。


 集合場所であるシャルーアの町の外れにある高台に向かう。ここからは町の景色が一望出来て、その先には大海原が広がっている。そして海から流れてくる風が心地良い。これで相手のギルドメンバー達ともご対面になるわけだが、集合時間を過ぎてもまだ姿を見せない。


「遅いですね……」


 ユリアは緊張した目つきで、高台に登ってきた道を見つめている。実践ということもあって、心穏やかではないのだろう。俺も同じだ。なにせメンバーは2人しかいないのだ。俺たち2人の動きがとても重要になってくる。


 集合時間から3分程経過してようやく破牙の狼のギルドメンバーと思われる集団が到着した。


「遅くなってすまない。私が破牙の狼のギルドマスター、モチツキだ」


 そう言って手を差し出してきたのは、軍服っぽい装備に身を包んだあずき色の髪の幼女。サバサバとした第一印象と、その瞳にはキリッとしていて強い意志の光が宿っている。遅刻したくらいだから性格悪い奴だろうなーとか思っていたけど、意外にも礼儀正しい奴だったので驚いた。

 そして、その後ろには獣人やらドワーフやらバリエーション豊かな種族のギルドメンバー達がずらずらと並んでいる。


「俺がディアボロスのギルドマスター、シエルだ」


 俺も手を出して握手を交わす。小さな、柔らかい手だった。


「結成数日でAランクまで到達するなんてなかなかやるじゃねーか。一体どうやってそんな早く上げたんだ?」


 男っぽい口調のモチツキは余裕のある面持ちで訊いてくる。既に勝利を確信しているって顔だ。


「作ったばかりだからよく分かんないな。俺たちは初心者サーバー組なんでね」


 俺は更に油断させるようなことを言う。後ろに居るギルドメンバーにも聞こえるように。

 そしたら狙い通り、後ろのギルドメンバーがヘラヘラと笑うもんだから分かりやすいったらありゃしない。明らかに相手は油断している。


 既に俺たちの作戦は始まっている。――相手を油断させること、それが勝利への鍵となるのだ。


 お前たち本当の敵は俺たちじゃない、油断大敵という言葉通り、油断がお前たちの敵だ、油断がお前たちを殺すのだ。


「ふーん、初心者組ね。私のギルドは13人で初心者じゃないけど、恨みっこなしで頼むぞ」


 ――2人でも勝てるってことを教えてやるよ。


「当然」


【ギルド《破牙の狼》からギルド戦を申し込まれました】

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