#31 圧縮ボックス

 ユリアには道具屋で購入した、【雪の髪飾り】をプレゼントしてあげることにした。ユリアの第一印象が雪の妖精だったので、雪の結晶の髪飾りが似合うだろうなという単純な思い付きである。それにしてもプレゼントを渡す時っていうのはドキドキするもんだね。喜んでくれるかなあ、とか不安があったけど思い切って渡してみる。


「こんな素敵な髪飾り、本当に私が貰ってもいいのでしょうか……?」


「もちろんだよ。ユリアには世話になっているしな」


「ありがとうございます、シエルさん。大切にしますね」


 それでもユリアは大袈裟すぎだろって思うくらい喜んでくれて、そんな姿を見ていると俺も嬉しかった。


「シエルさん、今日は私のわがままに付き合ってくれてありがとうございました。プレゼント、とても嬉しかったです」


 吸い込まれるような笑顔。


 一通り町を回り終えた頃には寝る時間になってしまったらしく、シャルーアの町の船着き場前で名残惜しそうな顔をしたユリアがログアウトするのを見届ける。


「さてと……」


 一人になった俺は、一般サーバーに切り替えて船に乗り、ある場所に向かうことにした。



 船に揺られながら、海に写った月を見つめる。うっとりしてしまうような光景だが、内心穏やかではなかった。これから、俺の復讐計画が一気に進めることが出来るかもしれないのだ。


 ――それは先ほどの出来事だった。シャルーアの町の道具屋で圧縮ボックスが売られているのを見つけて、俺の全身に電撃が走ったのを感じた。自分でやったことも忘れるなんてどうかしていたと思う。でも、あの後はバタバタとしていたし、フィロソフィへの憎しみと怒りでそんなことは考えられなかったんだよ。


 俺がまだスカイだった頃、セレスティアスから追放され、GMから呼び出しを食らっていた時だ。どうせBANされるならと仲の良かったフレンドに何か残そう思い、急いで全財産を換金した天使の宝玉を圧縮ボックスに詰めて地面に埋めたのだ。


 ――あの金さえあれば、俺は最強装備を揃えられる。さくらひめがしたみたいに、金でステータスが買えるのだ。形勢逆転、とまではいかないだろうけど推定最強プレイヤーランキングには載ることは出来るかもしれない!


 胸を弾ませながら、俺は道具屋で貰って来た圧縮ボックスを袋から取り出して、月の光に重ねる。


 圧縮ボックス……道具屋で無料配布している、普段はビー玉ほどの大きさで、サイズは自在に変更できる黒い箱である。


 薬草などの消費アイテムや、武器防具といった装備品等々なんでも圧縮ボックスに仕舞い、文字通り圧縮してくれるので荷物にならないという便利アイテムなのだが、ちょっとした欠点というか、クセがある。


 圧縮ボックスは外から見ただけではどれも同じで、実際に開けてみないと何が入っているのか分からないのだ。その性質を利用してプレゼント交換といったプレイヤー間のイベントに使われたりするのだが、これはほんの一例。


 普段RPGかなんかのゲームをしていて、レベル上げの途中とか、ダンジョン攻略途中に、持ち物がいっぱいになってしまうことがあると思う。その時にプレイヤーが取る手段は持ち物を捨てるか、新しく入手するアイテムを諦めるかの二択になるだろう。


 DOMでは、アイテムをフィールドにそのまま捨てたりすると、数十秒後には消滅してしまう。それを防ぎたいという人の為に、この圧縮ボックスである。


 圧縮ボックスをフィールドに置いておけば永遠に消滅することはない。この性質から溢れたアイテムを圧縮ボックスに入れて、フィールドに隠しておくことで、一旦街に戻ったあとに再び取りに来ることが出来る、というものなのだ。


 ただし、これにはあるリスクが存在する。他のプレイヤーに取られてしまう可能性があることだ。


 通常のゲームであれば、フィールドに宝箱が置かれているのだが、DOMではフィールドに宝箱は全く置かれていない。こんなんじゃフィールドを探索する意味ねーじゃん、って思うかもしれないが、そこで宝箱の役割を果たしているのがこの圧縮ボックスなのである。


 プレイヤーが隠した圧縮ボックスを他のプレイヤーが探して入手するという横取りのようで賛否はあるようだが、この独特のシステムがDOMの味と言ってもいいだろう。

 中には富裕層のプレイヤーがわざわざ圧縮ボックスに高額アイテムをフィールドに隠して、他のプレイヤーに見つけられるかどうかをゲーム感覚で楽しんでいるようなのだ。俺は理解できないが、これが金持ちの道楽ってやつなんだろうね。


 ……と、俺が知っている圧縮ボックスの知識はこんなものだ。果たして垢BANされたプレイヤーの圧縮ボックスが回収されずにまだ残っているのか、それとも、既に他のプレイヤーに見つけられてしまったのかとか色々と不安要素があるのだが、今はただ進むのみ。


 船から降りて、着いたのはマレットの町。

 同じ港町でも、シャルーアに比べると大分規模が小さい。遠くに見える大きな灯台がこの町の観光名所なのだろうね。いや、ゲームだから観光もクソもないか。DOMは全てが冒険です! ってコマーシャルみたいなことを考える。


 このマレットの町から南下することで、クレーア村に辿り着く。俺が圧縮ボックスを埋めたのもクレーア村の周辺のフィールドだ。


 そこまでの道中も、人間で始めたプレイヤーの開始地点ということもあり、一本道の単純なフィールドに雑魚モンスターしかいない。俺はスカイで始めた頃を懐かしく思いながらサクサクと進んでいく。10分ほどで目的地であるフィールドまで辿り着いた。


≪クレーア平原≫


「埋めたのは確か、人通りの少ない岩の陰だったよな……」


 記憶を頼りに、その場所まで移動していく。うん、なんだか見覚えのある岩の形だ。ここで間違いないだろう。


 歴史のある場所に旅行に行ったときなんか偉人の居た場所と俺は同じ場所に立っているんだ! と感動したものだが、まさに今の俺もそんな心境だった。最強プレイヤーだった昔の俺も、かつてこの場所に立っていた。そして、その遺産がこの地に眠っているはず……である。


 地面を見る限り、掘り返されたような形跡はない。これはまだ、残っているかもしれない。期待に胸を躍らせながら、地面を掘るために杖を取り出す。以前は剣だったので簡単に穴を掘ることが出来たものだが、杖となると時間が掛かるな。


 頼む、残っていてくれ……天使の宝玉があれば、すぐに最強装備を揃えられる……!


 こんなドキドキは高校入学の合格通知を見たとき以来かもしれない。


 杖でガシガシと地面を掘り起こすと、土の色とは明らかに違う黒い物体が露出した。オイオイオイ! これだよ、これですよ! 絶対にこれだって!


 俺は杖を投げ捨て、手で土を払っていく。すると案の定、圧縮ボックスだった。こんな場所に埋めるやつなんて俺しかいないし間違いない。


「やった……残っていたッ!」


 ガッツポーズを決める。

 だって、ここは一般サーバーの序盤フィールドだぜ? 新しく始めるプレイヤーはみんな初心者サーバーにいるはずだし、ここら辺に来ること自体珍しいのだ。わざわざこんな場所を掘り返してまで探す人が居る確率なんて、そりゃ天文学的な確率じゃねえの? ハハッ!


 この中には絶対、天使の宝玉が入っている!


 テンションマックス。早速、圧縮ボックスを空けて中身を確認しようぜ。オーイエ。


 そう思って手を伸ばしたとき、頭の中に閃きというか、第六感、シックスセンスっていうのかな。そういうものがどこからか舞い降りてきた。


 俺は圧縮ボックスを取ろうとする手を一度止める。


「待てよ……こいつはジョーカーに化けるかもしれない」


 再び同じ場所に圧縮ボックスを地面に埋めて隠すことにした。

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