#30 忘れていたもの
ユリアと2人で夜のシャルーアの町を回っているのだけれど、俺の頭の中はこれからのことで頭がいっぱいだった。エルフの美少女とデートなんて滅多に出来ることじゃないのに、勿体ないなあ。
「シエルさん、見てください! あそこに美味しそうな屋台がありますよ」
ユリアが目を輝かせながら、屋台に指をさす。その屋台からはイカの匂いが漂ってきていた。
「イカの丸焼きか、美味そうだな」
「私買ってきますね! ちょっと待っていてください!」
楽しそうに駆けて行くユリア。
せめて俺も表面上だけは楽しんでいるように見せておきたい。
待っている間も、俺は今後のことについて考えていた。それは主にギルドの運営方法についてだ。強豪ギルドになるためにこれからどう行動すればいいのか、今までのDOMで起こったことを思い出し、考えを巡らせる。
強豪ギルドを目指すためには単純にギルドのランクを上げればいい。
ギルドのランクを上げる方法は以前にタツヤが説明した通り、ギルド依頼をこなす方法とギルド戦に勝利するという2つの方法がある。
ギルド戦ではランクの高いギルドに勝てばその分、ランクは大幅に上がる。逆に負ければランクは下がる。ランクの上下に関わるという事もありこれは大きな賭けだ。ギルド戦になるとギルドマスター達はみんな真剣になる。
ギルド戦は基本的に人数が多ければ多いほど有利になるので、今の俺のギルドでは勝てないだろうし、そもそも作ったばかりの貧弱ギルドと勝負してくれるようなところはないだろう。
よって、残る手段としてはギルド依頼。ギルド依頼ではランクが下がる要素は無いものの、とにかく時間が掛かるコツコツ型だ。俺たち2人でギルド依頼をこなしているようでは、いつまで経ってもSSSランクまで届かない。
だからと言って、テキトーにギルドメンバーを誘って、放任主義を貫いていても「スライム150匹討伐~」みたいな面倒な依頼内容をやってくれるはずもない。第一にこの俺自身が面倒だと思っていたくらいなのだ。ギルドの心はバラバラ。強豪ギルドなんて絶対無理。
ここで大事になってくるのが、どうやってギルド依頼をギルドメンバーに取り組んでもらうかである。
失敗するギルドにありがちだが、恐怖政治のようにギルド依頼をしなければ何かしらペナルティを与えて、ギルド依頼を強制させるやり方がある。しかし、それではギルドメンバーの不満が募っていくばかりで、いつか爆発してしまうかもしれない。ギルド崩壊の恐れもあり、その後に立て直そうとしてもギルドの評判が悪いので、プレイヤーたちは自然と避けるようになる。よって強制させるようなやり方は好ましくはない。
今までの経験から、成功するギルドというのは以下の2つのやり方でギルドの運営を行っているところが多い。
1つ目は、さくらひめのようなギルドにカリスマ的な存在を置くことだ。さくらひめは好きではないが、アイツの人を引き付ける能力だけは認めざるを得ない。人は集団主義に流されやすい傾向にあるために、ギルドは1つにまとまりやすいし、ギルドメンバーはその存在に従うようになる。こう考えてみると、ギルドっていうのは宗教にも似ているような気がするね。
そして、2つ目はギルド愛を持たせることだ。強豪ギルドなんかは所属しているだけで自尊心が高まるので、自然とギルド愛が芽生えてくるのだが、作ったばかりのギルドや、底辺ギルドなんかはそうはいかない。
じゃあどうするのかというと、ここではギルドメンバー達と親密な関係を築くことが重要になってくる。ギルドの人を好きになれば、自然とギルドのことも好きになってくるはずだ。そうなればギルドの為に尽くそうという雰囲気が自然と生まれてくる。これでギルドは一つにまとまり、めでたし、めでたしというわけだ。結局は和気藹々としたギルドが成功の近道となるわけだね。
それと、光の冒険団みたいに闇雲にギルドメンバーを誘うのもナンセンスだ。
たいきみたいな危険分子が紛れ込む可能性もあるわけだし、ギルドはチームワークが重要なのだから、チームワークを乱すような人が入るのはなるべく避けなければならない。よって、ギルドに入れる人はある程度選別する必要がある。
「……シエルさん! シエルさん!」
何度も自分の名前を呼ばれ、我に返る。目の前には膨れっ面をしたユリア。両手には串に刺さったイカを1本ずつ持っている。
「もう、何度呼びかけたと思っているんですか」
「ごめん、考え事していた」
俺は素直に答える。
「もう、せっかく買ったのに冷めてしまいますよ」
表情はそのまま、片方のイカを俺に渡してきた。
「あれ、俺の分まで買ってきてくれたの? お金払うよ」
「私のおごりです。ギルドの結成祝いだと思ってください」
ギルドの結成祝いがイカというのも微妙だな、と思ったが口にはしない。サンキューと軽くお礼を言って2人でイカを頬張りながら町を歩くことにした。
「シエルさん、さっきは一体どんな考え事をしていたんですか? もしかして、こないだフレンドになったアリサさんのことだったりして……」
口調から冗談交じりに言っているのだと思ったが、意外にもユリアは不安そうな表情をしていた。
「そんなんじゃないって。確かに最近パーティを組むことは多いけど、それは絶対にない。作ったギルドをこれからどうしていこうか考えていたんだよ」
俺のその言葉で安心してもらえたかは分からないけど、「そっか、そうだったんだ……」って声がユリアの口から小さく聞こえたような気がした。
「シエルさん、さっき考えていたギルドのこと、私にも教えてくれませんか? こういう情報は共有しておいた方が良いと思うのです」
うむ。ユリアの言う通りだ。初期メンバーなんだから隠しておく必要もない。それにユリアのことは信用すると決めたじゃないか。
2人で近くのベンチに座り、俺は先ほどの考えをそのままユリアに話すことにした。ギルドに関する基礎知識、ギルドのランクを上げる方法、ギルド依頼をやってもらうためのギルドメンバーに対する戦略、ギルドメンバーは闇雲に誘うのではなく、この人なら大丈夫だと思える人だけを誘うこと……等々。
初心者には少々難しく感じる話だと思うけど、ユリアは真剣な顔をして頷きながら聞いてくれた。なんていい子なんだろう。俺は感動した。イカのお返しというわけではないが、俺も何かユリアにプレゼントしてあげよう。そう思って町を見回してみると、ちょうど道具屋を発見した。
「あそこの道具屋で何か買ってくるからここで待っていてくれ」
ユリアはきょとんとしていたが、俺はそそくさと道具屋に入る。食べ物でお返ししようかとも考えたけど、ポテトを食べて、イカも食べてとさっきから食ってばかりである。いい加減食べ物はもう良いだろう。ここは手元に残る物でお礼をしたい。
「いらっしゃいませー」
綺麗な女性店員NPCが挨拶をしてきた。
道具屋に売っているものを確認すると、ウェスタンベルには無かったものが色々と並んである。冒険に役立つアイテムだけじゃなくて、ちょっとした小物とか、ぬいぐるみなどが置いてある。へえ、やっぱ港町は品ぞろえがいいなあ、いいお値段だなあって感心していたのだが、俺の視線はある黒い小さな箱に目が留まった。
「これって……」
俺の視線に気付いたのか、店員NPCがニコニコと説明をしてくれる。
「それは圧縮ボックスですね。無料配布しているのでご自由に持って行ってください」
これを見た瞬間、俺は忘れていたあることを思い出していた。
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