#08 ゲームの世界へ

≪はじまりの地≫


 柔らかな草の感触で目を覚ます。電脳世界とは思えない綺麗な空。獣人特有の鋭利な爪。


「この独特の空気。やっぱ仮想世界……最高ッ!」


 なんだか自分のテンションが昂ってきているのが分かる。DOMが出来ることに安心したのか、ここから広がる無限の可能性に希望を見出したのか分からないけど、とにかくハイな気分だ。


 フィロソフィは憎いけれど、あまり思い詰めていても良い結果は出ないだろう。負の感情に取り憑かれて自滅した人達を俺は知っている。


 だが、俺はそうはならない。復讐を遂げるというゴールに辿り着く為にも、理性を失わずに、いつもの余裕を持った俺でいることが大切なんだ。



 寝転がったままメニューコマンドを呼び出して、まずはステータスを確認する。


――――――――――――――――――――

【プレイヤー名】シエル

【種族】獣人

【職業】魔法使い Lv.1


【ステータス】

HP:50 MP:30

攻撃力:12

守備力:9

魔力:35

器用さ:21

素早さ:20

――――――――――――――――――――


 最初から始めたのだから当たり前だけどさ。以前のデータと比べると、クジラとミジンコくらいの違いだぞ、これ。


 しかも守備力が9ってなんだよ。ちょっと強い風が吹いただけで死ぬんじゃねえの?


「はぁ……」


 溜息を吐きながら続いて装備を確認してみる。


――――――――――――――――――――

【武器】木の杖


【頭】なし

【体上】村人の服

【腕】なし

【体下】村人のズボン

【足】村人のくつ


【アクセサリー1】なし

【アクセサリー2】なし

【アクセサリー3】なし

【アクセサリー4】なし


(所持スキル)

【リベリオンハート】


(戦闘用スキル)

【ファイアボール】

――――――――――――――――――――


 初期装備としてあるのは、木の杖、こちらはまだ魔力アップの効果が付いているので装備する意味がある。だが……。


 この村人の服は、あってないようなもので、雀の涙ほどの守備力しかない。何も装備させないと悲惨な恰好になってしまうので、とにかく何か着せときゃいいだろってことで、しょうがなく着せてる感がある。


 所持金は僅か30ヴィル。クソ貧乏。


 メニューを閉じて、辺りを見回してみる。


 夕暮れ時、と言っても既に夜になりつつある時間帯。朱色と青黒い暗色の2つの色を繋ぐグラデーションの空が美しい。DOMはリアルの時間帯と連動しているので、きっと現実世界の空もこんな色をしているんだろうな。


 その下には見渡す限りの草原が広がっている。ぐるーっと360度見回してみると、遠くにもぞもぞと動く白い毛に覆われた謎の物体があるのを発見した。最初のフィールドにはモンスターは居ないはずだから俺と同じプレイヤーだろうか。


 DOMは面倒なチュートリアルを排除して、ありのままの世界を冒険してほしいというのがコンセプトだったと思う。


 キャラクターメイクが終わったら突然見知らぬ草原に放り出されるのだから、いくらなんでも不親切だろう。


 こんなんじゃ新規の人は何をすればいいかなんて分からないよな。


「これが俺の最後にする親切だ」


 闇堕ちする前の人みたいなことを呟いてみた。復讐なんてしちまったら地獄に落ちてしまうのかなあ。嗚呼、怖いなあ。


 でも、ここで善いことをしておけば、もし地獄に落ちたときにあの白い毛が空から垂れてきて、地獄を脱出することが出来るかもしれない。


 芥川龍之介の作品のようなことを考える。


 考えて決めた。免罪符の為にも人には親切に接しよう。


「しょうがない。手助けしてやるか」


 よっこらせ、と立ち上がる。人間のときとは違って獣人は、歩き方が微妙に違ったり、音が頭の上から聞こえてきたりと色々新鮮だった。プレイに支障をきたすほどでもないし、すぐ慣れるだろう。そんなことを考えながら謎の物体に近づいていく。


 アンゴラウサギみたいな小さな白いモフモフが俺と同じ村人の服を着て2足で立っている。マスコット風に作った獣人……だよな? 


 名前を確認する。アバターの頭の上に“わたあめ”と青い文字で書かれてある。うん、間違いなくプレイヤーだ。


「よう。始めたばっかりか? まずは村に向かうといいぞ」


「わわっ。はじめまして。毛の量を多くし過ぎたせいで周りがよく見えないの」


 冒険するにあたって致命傷じゃねえか。一回キャラデリして作り直した方がいいんじゃねーの? と、心の中でツッコミを入れる。


「俺も始めたばかりだから一緒に行くか?」


「うん。そうする~」


「よし、ついて来てくれ」


 このエリアには来たことが無かったが、微妙に草の色が違う箇所があり、それが道になっていることに気が付いた。きっと最初の村はこの先にあるのだろう。その道に沿って歩いていく俺、その後ろを付いてくる白いモフモフ。これからお前の名前は“わたあめ”じゃなくて“モフモフ”だ。俺の中で勝手にそう呼ぶことにする。


 メニューコマンドを開いてこっそり、わたあめ改めモフモフのステータスを確認してみる。職業は吟遊詩人か。レベル1ということもあり、他のステータスは俺とそんなに大差ないな。


「シエルっていうんだよね?」


 突然モフモフから声が掛かってきたので、慌ててメニューコマンドを閉じる。


「ああ、頭の上に青い文字で書いてあるだろ?」


「当たった! しーえる~♪ ふふっ」


「ちなみに、青い文字で書かれてあるのがプレイヤーで、白い文字で書かれてあるのがNPCな」


「すっごーい。シエルって物知りなんだね!」


「ま、まあな。予習してきたんだよ」


 ここは2アカウント目だってカミングアウトするか悩んだが、やめておいた。


 例えば、学校のテストで良い点を取ったとしよう。「塾に通っているんだよね」と言えば、まあ、塾通ってるなら当たり前かって思われるが、「塾なんか通わずに自宅で勉強した」と言えば、塾に通っていないのにコイツスゲーってなるだろう?


 だから俺は、2アカウント目ということを隠して、あえて初心者の振りをして復讐の計画を進める。どこまで隠しきれるか分からないが、周りは初心者だらけだし、そうバレてしまうこともないだろう。


 ――と、考えている内に、いつの間にか村の入り口のアーチの前に俺たちは立っていた。



≪プーリア村≫


「ようやく着いたな。看板を見る限りプーリアっていう村らしい」


「すっごーい! まるで童話の世界みたい!」


 ピンポン玉みたいに俺の周りをピョンピョン跳ね回る白いモフモフ。うん、喜んでいるようで何よりだ。やっぱり善いことをすれば気分がいいね。


「じゃあ、俺は行くからな。良いDOMライフを」


 そう言い残して、村の中に入っていく。さっきのモフモフが言っていたように、この村は童話の世界のようだった。クッキーのような色のレンガブロックを積み上げて作られた小さな家が立ち並び、窓からは温かな光が漏れている。俺もそんな世界の住人になった気分でなんだか穏やかな気持ちになってくる。


 メニューコマンドを呼び出してマップを開く。


「なるほど、この角を曲がって更に進むと宿屋で、その先を左に行くと武器屋ね……。同じような建物が建ち並んでいるせいで迷いそうになるなぁ」


 マップを見ながらレンガの家の角を曲がると、何やら後ろから気配がする。


 もそ、もそ……。


 間違いない。さっきから俺の後をつけてきている奴がいるな。


 ちらりと横眼で後ろを確認してみると、さっきのモフモフとした白い物体だった。


 付いてくるなと言えば済むのだが、さっきまで助けておいて急に冷たい態度を取るのはどうかと思う。それにマスコットみたいな可愛い見た目をしているあの生物にそんなことを言うのは俺の心が痛んでしまう。ここは気づいてないふりをして、どうにか撒いて諦めさせよう。


 引き離そうと更に角を曲がる。すると、そいつも同じように曲がってついてくる。意外と素早い。


 なんなんだよ! 俺の最速攻略の邪魔をするなー!


 ついに走り出す俺。その後ろをついてくるモフモフ。


 客観的に見れば仲良く追いかけっこしているように見えるのだろうな。


くそう、早速ハプニング発生だよ……。


 そんな復讐を誓った日の夜だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る