挙動不審な女の子


「姫様はどんな食べ物がお好きですの?」


「肉」


 最初は緊張していたわたしだったけれど、ごはんを食べているうちに、だんだんと打ち解けてきた。

 なんでこんなに緊張しているのかと思っていたけれど、そうか、と気づいた。


 お城の人たちは、わたしがずっと『人間の子供』だと偽っていたときから、世話をしてくれていた。

 けれど今回は『女神族』として世話をされている。

 人間の子どものわたしが嫌われても、どうとでもないと思っていたけれど、女神族のわたしが嫌われてしまったら、もうあとがないと思っていたのだ。

 まあ、そんな心配も杞憂だったみたいだけど……。

 わざわざわたしのために食べやすいコースメニューを用意してくれたらしく、夫人が隣に座って甲斐甲斐しくお世話をしてくれた。


 魔王様と公爵、ティアナは三人で談笑していた。

 わたしは夫人とオリオンに構われ、ごはんを食べている。


「それから、甘い物も好きだよ」


 汽車で食べた動物型のカップケーキの話をすると、ブランシェット夫人はにこにこと笑って言った。


「あら、それでしたらうちの領地は甘い果物が有名ですのよ」


「それくらいしか売れるものがないんだよな」


 オリオンが苦笑した。


「林檎にオレンジ、あとフルーツを加工した食べ物なんかもいっぱいありますから、おかえりの際は持って帰ってくださいな」


 夫人は、とにかく子どもを構いたくて仕方がないようだった。

 なんだか視線を感じるなと思って公爵の方を見れば、彼もしっぽがせわしなく震えている。

 目があうと、にこ、と微笑まれた。


「きっと銀狼王も、プレセア姫に会えて喜ぶと思いますわ」


「銀狼王……?」


「ええ。とても美しい毛並みをした幻獣なのです。気高く、普通の人にはその姿を見せようともしません」


 だ、大丈夫なのだろうか、わたし……。

 そんなすごい動物を見るなんて。

 なんか嫌われて、気まずい雰囲気になっちゃったらどうしよう。


「大丈夫っすよ、姫様は姫様なんだから。子どもとかめちゃくちゃ可愛いですよ。俺嫌われてますけど」


 オリオンがカラカラと笑って言った。


「嫌われてるの……?」


「モフりまくってたら、二度とくんなって威嚇されました」


 oh……。


「心配しないでくださいな。幻獣は女神族になら必ず付き従います。特に銀狼王は、忠誠心が高いですから」


「そうなんだね……」


 本当に大丈夫かなぁ。


「神獣なら、ちょっと分からないっすけどね」


 オリオンが肉をフォークにぶっ刺しながら言った。


「神獣?」


「ええ。幻獣よりもさらに上の位の生き物です。幻獣は俺たち魔族と同等の地位にいますけど、神獣様は魔王族、及び女神族と同等の地位になります」


「女神様の御使いなのですよ、神獣様は。めったに目を覚ますことはなく、気まぐれに目覚めては、その時々に応じた役目を果たすのだと言われております」


 へえ、そうなんだ。

 なんかいろいろ魔界ってややこしいんだな。


「私も生まれてからこの方、一度も目にしたことがないのです。一説によると、神獣様は金の竜の姿をしていると言われておりますわ」


「へえ、かっこいいね!」


「すごいですよね。俺も見てみたいっす」


 ふむふむと頷いていると、オリオンも頷いた。

 話しているうちに、どんどん打ち解けてきた。

 特にオリオンとは、なんというか、悪ガキ友達みたいな感じで、けっこう気が合うなと思った。


「それにしても、あの子ったら、どうしたのかしら」


 しばらくしてから、夫人は困ったように眉を下げた。

 あの子というのは、多分娘のことなのだろう。


「そういえば、先にごはん食べていいの?」


「お気になさらず。娘は、幻獣たちの世話になると夢中になって、帰ってこない日もありますのよ」


「ええっ、大丈夫なの?」


「夫もそうなの。みんな、お世話に熱心で……」


 すごいなぁ。

 あれ、そういえば、オリオンは、幻獣の世話をしなくても良いのだろうか。

 ちら、と彼を見ると目があった。

 オリオンは頭をかく。


「妹のほうが才能あったから、俺は杖騎士になることに決めたんです。公爵位を継ぐのも妹なんですよ」


 ああ、そういえば魔界では、女性も爵位を継げるんだっけ。

 魔王様が女王のときもあるらしいし。

 長い時を生き、人間とは異なる体の仕組みを持つ彼らには、性差などあまり関係ないらしい。


「……あら、姫様?」


 ふむふむと頷いていると、夫人がわたしを見て、あら、と目を瞬かせた。


「もうおねむの時間ですか?」


 そういえば、さっきからまぶたが重い。

 ごはん食べてたら、眠くなってきちゃった。

 お昼寝したのに、やっぱり疲れていたみたいだ。


「今日はもうねんねします?」


 とろとろになってきたわたしの目を見ながら、夫人は微笑んだ。


「だから母さん、そんなに子どもじゃないんだって」


「分かっているけれど……こんなに可愛いのだもの」


 なんか言い争ってたけど、だんだん眠くなってきて、わたしは船を漕ぎ始めた。

 それに気づいたティアナが、席を立つ。

 

「プレセア様、一足先にお風呂に入って寝ましょうか」


「んん……」


 周りが慌ただしくなった。

 ティアナの言う通り、わたしは先にお風呂に入って、眠ることにした。


 ◆


「お部屋に案内しますよ」


 ……眠い。

 お風呂に入ったあと、パジャマに着替えて廊下に出ると、魔王さまとオリオンが待っていた。

 よたよたとティアナに手を引かれ歩いていると、魔王さまに抱っこされる。


「もう疲れたんだろう」


「……う、ん」


 こっくり、こっくりと船をこぐ。

 お風呂で寝そうになって、みんなに迷惑かけちゃったけど、我慢できなかったんだもの。


 魔王さまの胸にほっぺを押し付けて眠ろうとしていると、オリオンの声が聞こえてきた。


「あっ」


 何か発見したみたい。


「こらっ! こんな時間まで何やってたんだ、ココ」


 誰かを叱るみたいな声。

 ゆっくりとまぶたを開ければ、廊下の角からこちらをうかがっている、ちんまりとした女の子の姿が見えた。


 うわぁ、かわいい。

 ふわふわしたチョコレート色の髪。

 頭から大きな犬の耳が出ている。


 女の子は目があうと、耳をびくっとふるわせた。


「陛下と姫様がいらっしゃっていたのに、お出迎えもしないなんて」


 ココと呼ばれた女の子は、わたしを見てあんぐりと口を開けていた。

 な、なんだろう。

 なんかわたしの顔に変なものでもついているのだろうか。


 それから、ハッとしたようにおずおずと廊下の陰から出てきて、頭を下げる。


「ご、ごめんなさいですの……」


「すみません、陛下。妹は獣の世話になると夢中になってしまって」


「よく知っている。別にかまわない」


 魔王さまは鷹揚に頷いた。

 ココはもじもじしながら、ワンピースの裾をつまんで、お辞儀した。


「魔王陛下、ティアナ様、いらっしゃいませ。そしてお、お初目にかかります、プレセア様」


 眠い目をこしこし擦っていると、ココはなぜか緊張したようにわたしを見た。


「コッ、ココ、ブランシェット、でひゅの」


 え?

 コッココ……?


「うん、ありがと……よろしく……コッココ……」


「ココ様ですよ」


 ティアナが苦笑して訂正する。


「獣人族は人一番、忠誠心が高いんです。妹ははじめて伴侶様の威光に触れて、どうしていいのかわからないのだと思います」


 へえ〜そうなんだ〜。


 そう思いながらも、わたしはもう半分夢の世界に旅立ちかけていた。


「銀狼の子どもも生まれたばかりで、ココも付ききりなんです……」



 うん、うん……ご苦労さま……。

 なんて思っているうちに、わたしはいつの間にか、眠ってしまっていたのだった。


 だから気づかなかったのだ。

 怪しいココのつぶやきに。






「か……」


「か……」





「可愛ですの!?」


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