まさかの体験型

「……っていう夢を見たの」


「へえ〜。ほっぺがぱんぱんに腫れてる美女っすか」


「うん。変わった夢だよね」

 

 金色の木漏れ日が降り注ぐ森の中。

 わたしは隣を歩くオリオンと、昨日夢で見た美女についての話しをしていた。

 いや、本当にすごくリアルな夢だった。本当に人にあったみたいだったもんね。


 森の中は空気がりんとすんで心地よい。


 本日は、幻獣にお目通りするということで、彼らが住むと言われている東の森に来ている。

 本日のメンバーは魔王さま、ブランシェット公爵、オリオン、ココ、そしてわたし。夫人とティアナは、仲良くお屋敷でお茶をしていた。なんでも森に住む生き物たちは敏感なので、あまり大人数で分け入らないほうが良いのだとか。


 魔王さまと公爵を筆頭に、わたしたちは森の中を進んでいた。


「なぁココ、さっきからなんでそんなむっつりしてるんだよ」


「……むっつりなんてしてませんの」


 オリオンと並びながら歩いていたら、最後尾を歩いていたココがもそもそと言った。

 ココはわたしの一つ下、十四歳らしい。

 昨日ほとんど寝た状態で挨拶したのが失礼だと思って、朝に改めて挨拶したんだけど、なんだかあまり機嫌がよくなさそうだった。


「姫様の前だから緊張してるんですかね」


 オリオンが困ったように、頬をぽりぽりとかいた。


「こいつ、いつもは『かわいい芋虫ちゃんですのよー!!』とか言ってはしゃいでるんですけど」


「そ、そんなこと言ってませんのよ!?!?」


 ココは頬を赤くして怒った。

 言葉を発するたび、でっかい耳がぴょこぴょこしていて、可愛い。


「だって、銀狼たちは子育て中ですのに……」


「?」


 ココはもそもそ何かを言ったあと、ぷいっとそっぽを向いた。


「姫さま、すみません。こいつ、結構変わったやつなんです」


「誰が変わってますのよ!! 誰が!!」


「お前がだよ」


 むきーっとココは怒って、オリオンをぽかすか叩き始めた。

 でもココは小さいから、よく鍛えられたオリオンにはあまりきいていないみたいだった。


 それを見て笑っていたら、ココはぽっと頬を赤くして、再び黙り込んだ。


 仲良くしたいなって思ってたけど、嫌われちゃったのかな。


 わたし、よく考えてみたら、同年代の女の子の友達、一人もいない。

 魔王城にいるのは、全員大人の魔族たちだ。

 街に行けば同じ年頃の子なんていっぱいるのかもしれないけど、勝手に外出しちゃだめだし……。


 それにわたし、人間界にいた頃も、ずっとひとりぼっちだったから、友達の作り方なんてわからないや。

 

 ぽよぽよ眉を下げていたら、前を歩いていた二人が立ち止まった。


「ここからは、陛下とプレセア様、お二人でどうぞ」


 いよいよ、幻獣とご対面のようだ。


「プレセア」


 魔王さまがこちらへ手を差し出す。

 その手をしっかりつないで、わたしは魔王さまの横に立った。


「ここより先は、傾斜がきつい場所もあるのでお気をつけてください。プレセア様は必ず陛下のそばにいてくださいね」


「分かった」


 頷いて、わたしは魔王さまと一緒に、森の中へ足をすすめた。


 ◆


「……魔王さま」


「なんだ?」


「ここまで来てこんなこと言うのあれなんだけど……」


 さっきからずっと気になって、少々ヒヤヒヤしていたことを聞いてみた。


「こ、これってなんていうか……体験型なの?」


「?」


「なんかこう……遠くから観察する系のやつじゃないのこれ?」


 完全に失念していた。

 お城にいるときから、かわいい動物を見に行くみたいな話をしていたから、てっきり遠くから見て楽しむとか、ハムとかウサギとか、そういうかわいい系の動物をみるもんだと思っていたのだ。


 狼の話をしていた時点で、ちょっと「?」とは思ってたんだけど……。

 まさかの体験型ツアーだったのねこれ……。


「なんだ、怖いのか?」


 魔王さまは少し笑った。


「銀狼王は、女神族には優しいから大丈夫だ」


「……ほんと?」


「ああ。それに見た目もそんなに怖くない。ふわふわしているし」


 へえ、そうなんだ。

 なんかすごい怖そうと思ってたけど、やっぱり魔界の生き物は、人間界のそれとは違うんだなぁ。


 わたしはこの時点で、白いふわふわしたモフ毛の塊みたいなやつを想像していた。こう、かわいくて、きゅるんとした感じのやつ。


「ほら、ついた」


 魔王さまが足をとめる。

 わたしはモフ毛を想像してぼうっとしていたもんで、少々つんのめってしまった。魔王さまに腕を引かれていたから大丈夫だったけど……。


 危ない危ないと顔を上げる。


「……は?」


 そして衝撃の光景を見てしまった。


 いや……






 でっっっっっか!!!!!





 は、話が違うんですけど!!!!

 何がかわいくて白いもふもふだよ。


 もうこれ、食物連鎖の頂点にいるような、やばいタイプの動物じゃんか!!


「あ、あ……」


 わたしは目の前にいた馬鹿でかい狼を見て、口をあんぐりと開けたまま、尻もちをついてしまった。


 わたしの目の前にいるのは、確かに白い生き物だった。

 行儀よく足を揃えて座っている。

 けれどその大きさがやばい。

 普通の狼とかの比じゃない。


 座っているのに、座高が魔王さまと同じくらいあるのだ。

 体全体もめちゃくちゃでかい。


「ひえ」


 がくがく震えていたら、驚いた魔王さまが、わたしを抱っこした。


「どうした」


 どうしたもこうしたも……。


 魔王さまにしがみつく。


「たべられちゃう……」


 わたしが本能的な恐怖を覚えたのも、別におかしな話ではないだろう。




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