白ノ血族・黒ノ血族


「ですから、この魔術回路で水流を……」


 うーん、魔術回路……お肉……。

 あまりにも眠たくて、わたしはこっくりこっくりと船を漕いでいた。


「プレセアさま、聞いてますか?」


「むにゃ……はっ」


 垂れそうになっていたよだれを拭って、顔をあげる。

 そこには呆れ顔の、美人エルフさんがいた。

 前に一度、図書室であった人。

 名前はデリアっていうんだって。


「ご、ごめんごめん〜」


「プレセアさまが勉強したいと言われたから、私はここへ呼ばれたのですが」


 冷たい声で怒られる。

 うう、ごめんってば〜。


「だって魔法を使うのにそんな手順を踏むなんて、知らなかったんだよ〜」


 魔法の杖を手にいれたわたしは、せっかくなので、魔法を習ってみることにした。

 魔力を制御してくれる杖があるから、もう暴走に怯えなくても良い。

 魔王さまに頼んだら、ちょうどいい人がいるからと、デリアを紹介されたのだ。

 彼女は図書館の司書さんでもあるけど、その中でもとくに魔法の本に詳しい『魔道司書』という役職についているらしい。魔法についても造詣が深く、わたしの教師にぴったりだろうということだった。


 しかし。

 子どもになったせいか、もともとわたしの頭が悪かったせいか。

 予想以上に魔法の勉強はちんぷんかんぷんだった。


「なんで魔法を使うのに、そんな複雑な手順を踏まないといけないの……?」


 肘をついて、ほっぺに手を当ててデリアをみる。


「逆に聞きますが。プレセアさまはどのようにして魔法を使われていたのですか?」


「えー、こう、ぱってやって、ばばっと」


「よくわかりません」


「こう、イメージするの。こんな魔法が使いたいって」


 近くにあったコップを指さして、わたしは例を示してみせる。


「水だってほら」


 杖をコップにむける。

 すると、きゅるきゅると小さな水の塊が出てきた。

 もう前みたいに暴走はしない。


「……」


「ほら〜。適当にやってもできるじゃん」


 わたしの魔法を見ていたデリアは、しばらく黙ったあと、ぽつりと呟いた。


「プレセアさま」


「?」


「本当に魔術式を思い浮かべてないのですか」


「だってわからないもん」


 魔法はイメージだって思ってたけど、違うのかなぁ。


「誰でもそんな風に魔法が使えるのなら、この魔界はもっと発展していると思いませんか」


「わたしから見たら、今でも十分すごいけど……」


 魔力をエネルギーにして動く様々な魔道具。移動だって、人間界じゃ馬が主流だけど、魔界じゃ魔道機関車というものがあるらしいし。


「魔法はその仕組みが難しく、誰にでも扱えるものではありません。だからこそ、魔術式を回路として組み込んだ魔道具というものがあるのです。誰でも魔法が手っ取り早く使えるように」


「ふぅん……?」


「その手順をすっ飛ばして魔法を発現できる方もいるにはいますが……」


「! やっぱりいるじゃん」


「けれど、それは」


 デリアは目をつぶって、ため息を吐いてから言った。


「女神の血をお継になった方だけです」


「え……?」


「つまり、魔王陛下だけ、ということですね」


 部屋がしん、と静かになった。


 や、やだなぁ。

 それじゃあわたし、魔王みたいじゃん。


「そんなのおかしいよ。わたし、魔王じゃないもん……」


「……ええ、その通りですね」


 デリアはふう、と息をついた。


「これ以上はやめにしましょうか。陛下に怒られてしまいそう……」


 ぽつりとデリアがつぶやく。

 なんだろう。

 何かわたしの事情を知っているみたい……。


「まあ、とにかく。プレセアさまは規格外ってことですね」


「わたしが人間だからかなぁ」


「……さあ、どうでしょうか」


 デリアは話をうまくごまかして、終わりにした。

 それからいくらわたしの魔法のことについて聞いても、あまり答えてくれなかった。


「ねえ、じゃあさ、魔王さまってさ、すごい魔法がたくさん使えるの?」


 仕方ないので、魔王さまのことを聞いてみる。


「ええ、そうですよ」


 そういえば、遠い距離を一瞬で移動してりできるもんね。


「魔王さまって、すごい人なんだねぇ」


「ええ、それはもちろん」


 デリアはふと、視線を床に落とした。


「私は、陛下を心から尊敬しております」


「そうなの?」


「はい。オズワルド陛下は……色々と、大変な立場のお方です」


「大変? 大変って、なんで?」


 そりゃあ魔王なんて、責任が重すぎるのはわかるけどさ。

 いっつも仕事に追われてるし。

 わたしがなんにも知らないことに、もしかしたらデリアは怒っていたのかもしれない。

 彼女は静かに、魔王さまへの想いを語った。


「今は平和なこの魔界も、遥か昔は、血で血を洗うような、恐ろしい抗争の絶えない世界でした」


 そういえばわたしも神殿で聞いたっけ。

 だから女神さまが悲しんで、各大陸の魔族の中から代表者を一人選んで、自らの血と力を分け与えたって。それで自然と、みんな魔王さまを敬うようになったんだよね。


「しかしこの西の大陸に関しては、なかなか平和が訪れませんでした」


「……魔王さまの治世に反対する人がいたから、だっけ」


「ええ、その通りです」


 デリアは悲しそうだった。


「初代の魔王は、多くの大陸民たちの尊敬を集めていました。それは力ではなく、頭を使って大陸をまとめあげ、発展させようとしたからです」


 けれど、とデリアは続ける。


「魔王として選ばれるべきは自分だったと名乗る輩が現れました」


「……女神の血を継いだら、魔界のみんなから好かれるんじゃなかったの?」


「そのはずでした。しかし神は、西の大陸に至っては、手違いをおこしてしまったと言われています」


 なぜなら。


「魔王陛下の血筋を、わたしたちは『黒ノ血族』と呼んでいます。しかしその当時西の大陸で最も強かったのは『白ノ血族』と言われる血筋の者たちだったから……だと言われています」


 黒ノ血族と白ノ血族……?

 そんなの、初めて聞いた。


「大陸民の多くは、黒ノ血族である初代の魔王を支持しました。それは先ほども申し上げた通り、魔王陛下は力ではなく、頭を使って、より平和な世界を築き上げようとしたからです」


「じゃあ、白ノ血族の人たちは……それが不満だったの?」


「……自分たちこそが、魔王になるべきだったと、主張していたと言われています」


 そして実際、黒ノ血族よりも、白ノ血族の方が、力が強かった。だから女神の血を分け与えられた魔王に、唯一惹かれなかったのだという。自分たちの方が、生き物としての性能が上だったから。


「白ノ血族は、黒ノ血族から大陸を取り戻そうと、多くの抗争を引き起こしました。そのせいで、多くの罪なき大陸民たちが亡くなりました」


 あれは……テロのようなものでした、とデリアはつぶいた。


「白ノ血族は次第に数を減らし、先王の時代でとうとう滅んだと言われています」


「……みんな、粛清されちゃったんだね」


「粛清、といってもいいのでしょうか。白ノ血族は、多くの罪なき国民たちを殺したんです」


 デリアはため息をつく。


「前魔王陛下は、白ノ血族の最後の一人と相討ちになり、亡くなってしまいました。そしてその後の処理を担ったのが、現魔王陛下なのです」


「!」


 魔王さまのお父さんは、そうやって亡くなったのか……。

 初めて聞く話に、胸がじくりと傷んだ。

 わたしにとっても、その事実はけっこうショックなことだった。

 相変わらず、魔王さまのことを何も知らないんだなと思い知る。


 でも、魔王さまに直接聞いても、いつも大事なことははぐらかれてしまう。

 ティアラや、ユキや、バニリィたちにも。

 デリアだって、わたしの魔法のちからについて何か知ってるみたいだったけど、教えてくれなかった。


「……魔王陛下はとてもお優しい方です。自分が手を下したわけでもないのに、白ノ血族の怨恨を背負われている。そしてそれを、気にされています」


「……」


 自分の一族が過去にしたこと。

 そしてその血に濡れた過去を背負うこと。


 魔王さまには、その責任があるのだろう。

 わたしなんかが意見できることではないけど。

 魔王さまって、本当にいろんなものを背負って、それでもみんなの前に立ち続けなくちゃいけなくて。


 ほんとのほんとに、強い人じゃないと、なれないんだと思った。


「……雨が降ってきましたね」


 ふと、デリアがつぶやく。

 ぽつ、ぽつと水滴が窓を叩いていた。


「これから数日間は、嵐になるみたいですよ」


 魔王さまの話をしたからなのか。

 それとも天気が悪いからなのか。


 わたしのこころは、なんとなく不安定になっていた。


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