魔法の杖、ゲットだぜ


 神殿から出たあと、魔王さまは用事があると言って、再び街へ転移した。

 街はいろんなものがあって、見ているだけでとても楽しかった。

 その中でも、魔王さまはわたしの手を引いて、特に雑多なものが置いてある店に向かう。

 そのお店は、不思議な道具をたくさん置いてある、雑貨屋? みたいなところだった。

 変なものがいっぱいあって、面白い。


「なにこれ、すごいー!」


 綺麗なランプを発見して、それに手を伸ばす。

 すると……。


「何をしとるんじゃ!!」


「うわっ!?」


 ぬうっと出てきたおじいさんに、腕をぐいっと掴まれた。


「盗みか!? あぁん!? このクソガキめ!!」


「ちょ、やめてよ〜! 盗みじゃないってば!」


 何このじじい!

 見てただけじゃん!


 わたしがバタバタ暴れると、腰を魔王さまに掴まれた。

 そのまま抱っこされる。


「こいつは盗人じゃない」


 魔王さまが落ち着いた声でそう言った。


「そうだそうだ! このバカじじいー!」


「誰がバカじゃ!!」


「お前も興奮するんじゃない」


 魔王さまにほっぺをつねられる。

 それでようやく、わたしとおじいさんはにらみ合いを止めた。


「ここは魔道具屋だ。このじいさんは店主だから、落ち着け」


 魔王さまにそういい聞かされる。

 なるほど。

 不思議なものがいっぱい置いてあると思ったら、魔道具屋さんだったのね。


「……なんじゃ、オズワルドの坊主か」


 おじいさんは魔王さまを見上げて、そう言った。


 オズワルド?


「え、魔王さま、オズワルドって名前だったの?」


「……そうだ」


「なんだ、普通の名前だね」


「だから言ってるだろうが」


 魔王さまは面白くなさそうな顔をしていた。


「魔王の名前も知らんガキとは……」


 おじいさんが訝しげな顔でわたしを見た。

 それからハッとしたように魔王さまを見る。


「この娘が……?」


 ?


 わたしがなに?


「……ああ」


 魔王さまは静かに頷いた。

 まるで質問の意味がわかってるみたいに。

 うーん、ようわからんぞ。


「ねえ、なんの話?」


 そう聞いても、二人に無視されてしまう。


「そうか……このチビが……」


「チビじゃないよ。プレセアっていうの」


 ちゃんと名前があるんだから、覚えてよね!

 さっきからよく分からないやりとりをする二人に、ぷんぷん怒ってみせる。

 おじいさんはわたしを無視して、魔王さまを見た。

 

「それで、何の用じゃ、まさかまた城の魔術式を壊したんじゃなかろうな」


「違う」


 魔王さまが首を横に振る。


「あのときは大変だったからな。庭が破壊されたのも、こんなクソチビのせいだったってわけか」


 だ、誰がクソチビですって〜! 

 このスーパープリチーなわたしに、なんてこというのよ!

 また怒り出すわたしを、魔王さまはどうどうとなだめる。


「こいつは魔力のコントロールが下手でな。何か、力を制御する魔道具が欲しいんだが」


 ほ。

 魔王さま、わたしのためにこのお店に来たの?


 怒りを引っ込めて、魔王さまとおじいさんを交互にみる。


「ほお、制御する道具、か」


 おじいさんは途端に顎に手を当てて、何事かを考え始めた。

 うーん、と唸っている。


「指輪か……いや、そんなのでは無理だろうな」


 わたしたちの存在を無視して、おじいさんはお店の奥へ入っていく。


「あのおじいさん、なに?」


 その間に、わたしは魔王さまに聞いた。

 椅子があったので、魔王さまはわたしを抱いたまま、そこへ腰を下ろす。


「魔道具師。魔道具を作ったり、魔術式の計算をしている。城の一部の魔術式もあいつに書かせている」


 魔術式とかようわからん。

 とにかく、なんか職人みたいなものってことか。


「ふーん。変なおじいさんだね」


「ああ、偏屈なことで有名だ。だが腕は確かだ。信頼に足る魔道具師だな」


 へえ〜。

 そうなのか。


 雑多な店内を見て回りたい衝動にかられたけれど、魔王さまががっしりわたしの腰を掴んでいるせいで、膝から降りることができない。

 うう、はなしてよぉ〜。

 走り回ったりしないからさぁ。


 しばらく魔王さまの膝のうえでモゾモゾしていると、おじいさんが何か細長い箱をもって帰ってきた。


「ほらよ、クソガキ」


 そう言って、おじいさんは箱の中のものをガサガサと漁って、わたしに差し出した。


「わぁ、なにこれ?」


 それは、綺麗な金色のワンドだった。

 先端には大きなマゼンダ色の、キラキラと輝く石がひっついている。

 なんか、すっごく可愛い杖のデザインだな……。

 

「これくらいでかけりゃ、魔力も制御できるじゃろ」


「?」


 かわいいかわいいときゃっきゃしていたわたしに、おじいさんは言った。


「なんでもいい。魔法を使ってみろ」


「魔法って……」


 魔王さまはやっちゃだめって言ってたけど……。

 ちらと魔王さまを振り返れば、彼は頷いた。


「やれ。かまわん」


 ほう。

 じゃあ、わたしの十八番、浮遊魔法でもご覧にいれましょうか。

 魔王さまの膝から降り、杖を持ったまま、集中する。

 すると、杖の先端がまばゆく輝いた。


「!」


「続けろ」


 そう言われて、もう一度集中しなおす。

 するとふわりと体が浮き上がった。

 けれどいつもみたいに、ガタガタじゃない。

 ちゃんとイメージ通りに、ゆっくり、ふんわりと宙に浮くではないか。


「なにこれ、すごい!」

 

 しゃべっても、手を振り回しても、ちっともぶれない。

 それどころか、微細に浮遊をコントロールすることができた。

 

「わたし、魔法うまくなったね!?」


「馬鹿。その杖のおかげだろうが」


 魔王さまは立ち上がると、わたしに手を伸ばして捕まえる。

 そのままふわりと魔王さまの腕の中に収まった。


「これすごいね!」


「ふん。わしの魔道具に欠陥品はないわい」


 すごいじゃん〜!

 わたしは喜んで杖を振り回していた。


「魔王さま、わたし、これ欲しいよ!」


「それでいいのか?」


「これがいいの!」


 お願い〜! とねだれば、魔王さまは少し笑った。


「そうだな。また抱き枕になってくれるなら、買ってやってもいい」


「うんうん! いいよ!」


 そんなのでいいなら、喜んで。

 わたしが必死に頷いていると、魔王さまはおじいさんに言った。


「請求書は適当に城に送っておけ」


「おいオズワルド、その杖、オリハルコンと最高ランクの魔法石だから、高いぞ」


「かまわん」


 後から知ったが、この杖、とんでもない値段だった。

 どれくらいかというと……一頭地が買えるくらい、とでも言っておこう。

 まあ、魔王さまがいいっていうから、うん。いいんだよ、きっと。


 わぁい、と喜んでいると、おじいさんが言った。


「いいか、チビ。この杖はお前が必要とするものに姿を変える」


「?」


「デカくて邪魔なら、縮めと命令してみろ」


「え……? ち、『縮め』?」


 おじいさんにそう言われて、杖にそう命令してみる。

 すると杖はほんのりと光ったあと、どんどん縮んで行ったではないか!


「うわぁ、すごい!」


 最終的に、杖は小さなイヤリングのようなもになった。


「なにこれ、便利だね!」


「他にもいくつかの形態になれる。まあ、危ないから当分はそれだけでええじゃろ」


 へえ、他はどんなのがあるのかな。

 気になったけれど、魔王さまにも余計なことはするなと言われてしまったので、また今度検証してみよう。


「肌身離さずもっておけよ」


「はーい」


 イヤリングを耳に引っ掛けておく。


「ありがとね、偏屈じじい〜!」


「だれが偏屈じじいじゃ!」


 おじいさんに頭を叩かれた。

 いてぇ。


 おじいさんはぽつりと言った。


「まあ、腕を掴んだのは悪かった」


 わ、謝られた。


「昔……大切な魔道具を盗まれてしまったことがあってな。反射的に、つい、な」


 すまんかった。

 ともう一度謝られた。


「……いいよ、わたしも偏屈じじいとか言ってごめん」


 杖、ありがとう!

 そう言って笑うと、今度はくしゃりと頭を撫でられた。


「オズワルドをよろしく頼む」


「?」


 どういうこと?

 と聞き返す前に、魔王さまに遮られてしまった。


「余計なことをいうな」


 魔王さまはそう言って、懐から何かを取り出して、おじいさんに放った。

 くの字型の、黒い鉄の塊みたいなものが、二つ。


「以前話していた改良を頼む」


「ああ、そういやそんな話をしていたな」


 ?

 なんだろう、これ……。

 なんか……物騒なものの気がする。


「これなに?」


「触るな。お前には不必要なものだ」


 わたしが手を伸ばすと、魔王さまはそれに手を触れさせないよう、わたしを引き離した。


「魔力弾の装填数を増やしたい」


「お前なぁ、武器は武器屋に持っていかんかい」


 おじいさんは呆れながらも、二つの鉄の塊を受け取った。

 今の会話でなんとなく察する。

 多分それは小型の銃だったのだろう。

 人間界にはそんな小さいサイズのもの、なかったからわかんないけど。


「それとプレセアの首輪も改良できないか?」


 魔王さまはおじいさんにもうひとつ注文した。


「今のままでは、もしもこいつが人間界に移動した場合、場所の特定がしずらい。サーチ機能をもっと強化してほしい」


「!」


 な、なに言ってんの、魔王さま。

 びっくりして魔王さまを見ると、魔王さまはわたしの耳元で囁いた。


「お前を人間界に帰す気はさらさらない。だが人間界に逃げたとしても、また取り戻す」


「……わ、わたし、逃げないってば」


 なんかわからないけど、ほっぺたが赤くなった。

 気まずくなって、目を泳がせる。

 

「バカモン。注文は一度に一つにしろ」


 おじいさんは渋い顔をしていった。


「ただでさえ忙しいのに。今回はこいつだけだ」


 おじいさんは銃を手にとって、魔王さまを見た。

 魔王さまはぴく、と眉を動かしたけれど、それ以上なにも言わなかった。


 ふーん、職権乱用はしない派なんだ?


「……ならいい。特急で頼む」


 おじいさんはなにも言わず、手をひらひらと振って、店の中へ入っていた。

 すんごく無愛想だ。

 お客の見送りもしないなんてさ。


「おじいちゃん、ばいばい」


 わたしはその背中に手を振っておいた。


 おじいさん、元気でね〜。

 

 ◆


 お店を出ると、もう夕方だった。

 わたしはなんだか疲れてしまって、魔王さまにおんぶされている。

 わたしとウサちゃんを背負って、魔王さまは夕暮れの街を歩く。

 お城に帰ることなんて一瞬でできるのに、それをしないのは、わたしのためなのかなぁ。


「ねえ魔王さま」


「ん」


「空、綺麗だね」


 オレンジ色。

 空が燃えているみたい。


「あんまりじっくり見たことなかったから、気づかなかったよ」


 わたしは魔王さまにぎゅ、としがみついた。


「空ってこんなに、綺麗だったんだね」


「……」


「空気は甘いし、音はね、人の声とか、虫とか、はっぱの擦れる音。いっぱいするね」


 身の回りのこと。

 ちっとも意識したことなんてなかった。

 昔は体が痛くて、そんなこともわからなかった。


「アイスクリームは美味しかったし。かわいい杖も買ってもらったし。幸せって、こういうこと、いうんだろーね」


 そう言うと、魔王さまは前を向いたまま、いつものように問いかけてきた。


「楽しかったか」


「うん!」


 できれば、もっと一緒にいたいなぁ。

 気づいたら、そんなことを思っていた。


「オズワルド、さま」


 そう呼びかけると、魔王さまはびく、とした。


「なんだ、いきなり」


「呼んでみたくなっただけー」


 笑ってそう言うと、魔王さまはちらっとこちらを向いた。


「魔王さま、ではなく、たまにはそう呼べ」


「? 名前で呼んで欲しいの?」


「いつもじゃなくていい」


「オズワルド、オズ、オズ!」


「耳元で喚くな、うるさい」


「魔王さまが呼べっていったんじゃん!」


「たまにでいいって言ったろ」


 魔王さまはため息を吐いた。

 わたしはくすくす笑う。


「魔王さま、あのね」


「なんだ」


「お城に帰ったら、ティアラたちにお土産わたそーね」


「……ああ」


 ──お城に帰ったら。


 ああ、この言葉って、なんかすごく幸せだなぁって思った。

 

 








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