聖女をクビになったら、なぜか幼女化して魔王のペットになりました。

美雨音ハル

第1章 魔王のペット、はじめました!

プロローグ 待ちに待った婚約破棄


「偽聖女プレセア! 今日この時この場を持って、貴女との婚約を破棄させてもらおう!」


 笑っちゃだめ、絶対に。

 もう少しでうまくいきそうなんだから、こらえるのよ、わたしプレセア……!


 王太子──婚約者でもあるエルダー殿下の声を聞きながら、わたしは表情筋を抑えるのに、必死になっていた。


 ここはオラシオン国の中心にあるオラシオン城の夜会室。

 本日は王太子の誕生会が開かれ、王侯貴族から地方の有力者まで、様々な人たちがこの場に集まっていた。

 そしてそんな華やかなパーティの真っ只中、現在進行形でわたしへの糾弾が行われている。 


「……どうしてですか?」


 震える声でそう問えば、殿下は鼻を鳴らして言った。

 うつむいてぷるぷる震える姿が、周りにはショックを受けているように見えればいいんだけど……。


「どうしてだと? 惚けるのもいい加減しろ」


 夜会室の最奧には壇上があり、その上には王座がある。

 王座の上には石膏彫像を頂いたアーチがあり、グリフィンを両脇に控えたこのアーチが王座の天蓋を囲んでいた。とても立派な王座だ。

 わたしはそんな壇上を見上げていた。


 王座は空っぽ。

 けれど王座の前には、二人の美しい男と女がいた。


 一人は茶色の髪の男。わたしの婚約者で王太子であらせられる、エルダー殿下だ。見目麗しい、十八歳の成人男性。


 そしてもう一人は、艶やかな黒髪の、まだ年若い少女だった。

 名前は確か、ヒマリちゃんって言ったっけ。

 ついこの間、異世界から召喚された、神秘的な女の子。

 きゅるんとした目がとっても可愛い。

 わたしがヒマリちゃんを見ると、彼女は怯えたように、王太子の影に隠れた。


「もう国民全員ですら、わかっているんだぞ。お前が『聖女』と偽り、この十年間、城でやりたい放題していたことは!」


「……」


 わたしは自分を聖女だなんて言ってないし、やりたい放題もしてない。

 むしろ元いた孤児院に帰してくださいって何度も神殿に頼んだし、いつも同じシンプルな聖女の服と、質素な食べ物しかもらってなかったぞ……。

 

「セフィナタ神殿に、神が異界より聖女を遣わしたことは、皆もよく知っているだろう」


 そうそう。

 ヒマリちゃんがこの国にやってきたのは、三ヶ月くらい前だったっけ。

 神殿が急に光って、祈りの間にたおれてたんだよね。


 その時は確か、魔物の氾濫スタンピードで、けが人がたくさん出た。

 そうしたら彼女、わたしより強い聖力があるらしく、祈りを捧げてけが人を一気に治してしまった。あの時の衝撃は、今も忘れられない。

 だからわたしも、思っていた。


 ヒマリちゃんが聖女でよくね?と。


「これは偽の聖女によって綻び始めている我が国への、神の御告げに他ならない! ここにいる『ヒマリ・ハルシマ』こそが本物の聖女なのだと!」


 いつの間にかわたしを中心に、周りにいた人々は割れていた。

 夜会室の中心には、わたしがぽつねんと、一人で立っている。


「聖女と十年間偽っただけでなく、貴様は偽物だとバレることを恐れ、ヒマリを殺害しようとした!」


 し、してねぇ〜!

 全っ然してないんですけど! 

 むしろ生きててもらわなきゃこまるから、いろいろ・・・・細工しましたよ。


「……わたしは、そのようなことは何も」


「嘘をつくな!」


 殿下は怒り狂って、叫んだ。


「ヒマリのこの腕を見ても、まだ惚けられるのか!?」


 殿下はひとしきり怒鳴った後、ひまりちゃんを自分の前に出した。

 ヒマリちゃんは涙目で、そっと前に出てくる。

 その手首には、包帯がぐるぐる巻きにされていた。


「先日、ヒマリが何者かにナイフで襲われた」


「……」


 ほう。


「ヒマリ、その者は今ここにいるか?」


 ヒマリちゃんは殿下にしがみつきながら、こくんと頷いた。

 そして震える指を、ゆっくりとわたしに向ける。

 会場が騒ついた。


「プレセアさま、です。プレセアさまが、わたしにナイフを振るったんです。お前なんか、聖女に相応しくないって……」


 なんてこと! と周りの貴婦人たちが叫んだ。

 

「プレセアさま、どうか罪を認めてください。ちゃんと謝って、心から反省してください。そうすればわたしはあなたを罪には問いませんから……」


「ああ、なんて優しいんだ、ヒマリ。だが君に害をなそうとする者を、王宮においてはおけん」


 殿下は首を振ってヒマリちゃんとあつい抱擁を交わした後、再びわたしに指をつきつけた。


「聖女と偽った虚偽罪に、未来の王妃を殺害しようとした殺人未遂罪! 私はお前との婚約を破棄し、またその罪を王太子特権でさばかせてもらう!」


 エルダー殿下はそう叫ぶと、騎士たちにわたしを捕らえるよう命じた。

 途端に、わらわらと控えていた騎士たちがやってきて、わたしの体を乱暴に床に押さえつけてしまった。


聖なる額飾りディバイン・サークレットも返してもらおう!」


 殿下は壇上から飛び降りた。

 こつ、こつと足音がこちらへ近づいてくる。


「これはヒマリのものだ」



 ──待ちに待った瞬間だった。



 まさか、まさか。

 こんなにうまくいくなんて。

 

 シャラン。

 

 殿下が、わたしの額に嵌められていたサークレットに手を触れた。

 その瞬間、涼しげな音がして、締め付けが弱まる。

 殿下が力をいれると、するりとそれはわたしの頭から抜けていった。

 王族しか取り払うことのできないそれ。

 わたしがどれほど、このときを待っていたか。


「あっ……!」


 サークレットが外れた瞬間、頭の中が、すうっと静かになった。

 今まで感じていた全身の痛みが、その途端、引いていく。

 わたしの魔力を封じるために、大神官にむりやり嵌められていたそれ。

 魔力を封じる代わりに、それは激しい痛みを伴う、わたしにとっては拷問具のようなものだった。


「あ、あ……」


 痛みが、消えた。


 魔力が戻って来る。


 体に力が溢れてくる!


「さあ、ヒマリ。これは君のものだよ」


 殿下はヒマリちゃんの頭にそっとそれをかぶせる。

 するとサークレットは、ふわりと優しい光を帯びて、ヒマリちゃんの頭に収まった。

 それはわたしのときにはなかった反応だ。


「おお!」


 周りのざわめきが大きくなった。


「こ、これが本物の聖女の力か……!」


「確かにプレセア様のときにはなかったものだ」


「やはりヒマリ様が、本物の聖女だったんだ!」


 あたりはざわめきに包まれ、喜びの拍手が起こった。

 ヒマリちゃんは目に涙を溜め、みんなの前でお辞儀をする。

 さらに拍手の音は大きくなり、会場中を包み込んだ。


 そんな中、わたしは騎士に引っ立てられ、部屋の外へと引きずられていく。

 早く退場させてくれーと思っていたわたしの背に、殿下が声をかけた。

 

「どうだ? 本物の聖女にサークレットを取られた気分は」


「……」


「惨めなものだな、異端の瞳ピンク・アイ


 よかった。

 周りが騒がしくって。

 わたしはとうとう、こらえきれなくなって、笑い声を漏らしていたから。


 気分はどうかって?


 ──もうサイコーですよ、殿下。


 これで自由になれるんだから。


 わたしは何も言わずに、騎士によって引きずられ、城の地下牢にぶち込まれた。

 冷たい石畳の床に放り投げられる。

 食事を抜かれ、やせ細った体は、ごろんごろんとよく床を転がった。


「ただの孤児が、やっぱり聖女なわけないよな」


「ヒマリさまに害をなすなんて、お前は地獄行きだよ」


 騎士たちはそう捨て台詞を残し、去っていく。

 キイ、と扉がしまり、中が暗くなった。

 騎士がいなくなったのを確認してから。


「……った」


 ぽつりと呟く。

 もう、我慢できない。

 わたしはパアッと顔を輝かせて、絶叫してしまった。




「やっっったぁああああー!!!」




 ついに!

 

 魔力封じのサークレットが!


 取れた!!!


 取れたのよ!!!


 長かった。

 十年もかかってしまった。


 ありがとう異世界の聖女。


 君はわたしの恩人だ。

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