第三十話 終結

 ガイアの強烈な回し蹴りが飛んできた。

「――っ!」

 が、私はガードすると同時にカウンターパンチを放った。ガイアはすれすれでかわし、再び私と対峙した。


 さっきまではガイアに全くついていけなかったが、今は奴の動きがはっきりと見える。私の中にこんな力が眠っていたとは。


「しゅっ」

 ガイアが右手で軽くフェイントを入れたと思った瞬間、高速の左回し蹴りを叩き込んできた。

 私は踏み込んで打点をずらし、奴の顔面を狙ってストレートを放った。

「ふっ」

 しかし奴はこれもスライドでかわしてすぐに構え直した。


やはり簡単には捉えられないか……さすがランディ・プグの魂を宿しているだけに反応速度も超一流だ。何とか隙を突くことは出来ないだろうか……


「すげえ……紅葉の野郎、あのガイアと互角に渡り合ってやがる」

「今まで見てきた紅葉さんとは別人みたいですわ……荒地さんを想う気持ちが紅葉さんを覚醒させたんすね」

「ああ、だがガイアも半端ねー。この戦いは全く読めねーよ」

「勝って……紅葉……ホコミナや荒地くんの為にも……」


「はあ……はあ……」

 一進一退の攻防が続き、戦いは長期戦になりつつあった。


 私が攻めればガイアはかわし、同時に反撃してくる。ガイアが攻めれば私がカウンターを狙って攻撃するも奴は紙一重でかわしてしまう。クリーンヒットはくらっていないものの、何発かはもらっている。私はかなり消耗していた。

 だがそれはガイアも同じだった。奴が肩で息をする姿は初めて見る……それだけ二人の実力が拮抗しているということだ。


「くくっ、やはり完全体のお前は最高だ。一瞬の油断が死につながる、こんな戦いをずっと望んでいた」

 息を切らしながらガイアは笑った。

「……」

「どうした借宿、まだ終わりではないだろう」

 そう言うと私に向かってゆっくり近づいてきた。この状況でまだ笑うのかこいつは……完全に狂っている。


 しかし……私はさっきガイアが一瞬見せた涙が偽物とは思えなかった。


「……おめーは嘘をついている」

「何?」

「さっきの独り言……私には聞こえてた」

「……」

 ガイアの足が止まり顔から笑みが消えた。小さな声だったが、確かに奴は『救ってくれ』と言っていた。

 この戦いを本当の意味で終わらせるにはガイアの良心に語り掛けるしかない。


「やっぱおめーはまだ死神になりきっていない。修羅に染まる前の、優しい心が残ってんだよ」

 私はガイアの目を真っすぐに見つめた。冷たい瞳の中にかすかな動揺が見える。


「おめーを救えるのは……私しかいない!」

 言うと同時にガイアに回し蹴りを放った。

「ぐはっ!」

 ガイアのガードが遅れ、奴の横腹に回し蹴りが決まった。ガイアはよろめきながら後ずさりし、膝を着いた。

 

「ぐ……」

 ガイアがうめき声をあげた。腹を押さえたまま立ち上がれないでいる。


「……もうこんな不毛な戦いは終わりにすっぺ。荒地だって昔のおめーが帰って来る事を望んでる」

「黙れ……あの頃の私はもうこの世にはいない」

「ガイア……」

「私をいじめていた奴らを半殺しにしたあの日、私はそれまでの自分を捨てた」

 ガイアがゆっくりと立ち上がり、構えをとった。


「数えきれないほどの奴らが戦いを挑んできたが、誰一人私を倒せる者はいなかった。私の前に散っていく奴らを眺めながら、もっと強い敵と拳を交えたい……命の削り合いをするような戦いをしたいと思うようになっていた。そんな時に出会ったのが借宿、お前だ」

「……」

「一目見て直感した。こいつは私と同じだとな」

「だからあの時、執拗しつように絡んできたのか。私のなまりが気に障ったとか言ってたけんども、あれは取って付けた理由だったんだな」

「そうだ。そして……」

 ガイアの目つきが変わった。

「貴様を倒して私の存在意義を見出す!」

 ガイアが動いた。


「がっ!」

 さっきまで膝を着いていた人間とは思えない速さで放ってきたストレートが、私の顔面を捉えた。もろにくらってしまい、今度は私が膝を着いてしまった。


「ふふっ、ザマないな借宿。その甘さが命取りだ」

 ガイアが微笑を浮かべ近付いてきた。私にとどめを刺すつもりだ。


「そんな……」

「あ?」

「そんな『力』の使い方して存在意義もクソもねーべよ」

「何だと?」

「今思い出したけんども……私が小さい頃、近所の男の子達にいじめられているのを救ってくれたお姉さんはガイアだっぺ?」

「……」

 ガイアの顔が固まった。やはりそうだったか。さっき顔面に攻撃をくらった際、急に幼い時の記憶が蘇った。小さい頃この河原でいじめっ子達を撃退し、私に優しい言葉をかけてくれたお姉さんはガイアだった。

 トラウマの狭間で揺れるガイアをこれ以上見ていられない。気付くと私はガイアに向かって叫んでいた。


「おめーの本当の姿は弱きを助け強きをくじく真っすぐな人間なんだよ!」

「……黙れ」

「ランディがお前に力を授けた意味を思い出せ!」

「それ以上喋るな!」

「目を覚ませよガイア!」

「黙れええええ!!」

 立ち上がろうとしていた私にガイアが左ミドルキックを叩き込んできた。

「ぐうっ!」

 私はかろうじて右手でガードしたが、稲妻のような蹴りに意識が遠のき再び崩れ落ちそうになってしまった。


「紅葉ーーーーっ!!」

 子生が叫んだ。

「終わりだ!」

 間髪入れずガイアが左ストレートを放ってきた。


 ここまでか……死を覚悟したその時


「――紅葉」


 頭の中で荒地の声が聞こえた。


「荒地……ごめんね、ガイアを……あなたのお姉さんを救うことが出来なかった」

 私は薄れゆく意識の中で荒地に語りかけた。

「約束を果たせなかったね……」

「まだ終わってないぞ紅葉。俺も、お前も……そして、姉きもな」

「えっ?」

「行け、紅葉!」


「――はっ!」

 我に返ると目の前にガイアの拳が迫っていた。

「っっっ!!」

 ガイアのストレートが私の右頬をかすめた。


「なっ……」

「ガイアあああああああっ!!」

 同時に私は渾身のクロスカウンターをガイアに放った。


「――がはあっ!!」

 私の右拳がガイアの顔面を捉えた。


 長い髪の毛が乱れ舞い、ゆっくりとガイアは崩れ落ちた。


「……」

 私はしばらく倒れているガイアを見下ろしていた。


 ぴくりとも動く気配はなく、完全に気を失っている。死の女神ガイアを倒し、私はホコミナ抗争を終結させたのだ。


 だが、ガイアを倒しても荒地は生き返らない。

「荒地……」

 気付くと私は涙を流していた。荒地を失った悲しみと己の無力さが悔しくて、溢れ出る涙を止める事が出来なかった。


 辺りは薄暗くなっており、頬をなでる風がやけに冷たく感じた。

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