第二十八話 本能
風で舞い散る桜の花びらの中に人影が見えた。
「ガイア……」
ゆっくりとこちらに歩いて来るその姿は美しかった。だが、同時に底知れぬ狂気が渦巻いている。
「へっ、大した余裕だぜ」
子生が鼻を鳴らした。が、顔は全く笑っていない。
どうやら彼女も感じ取ったのだろう。ベテルギウス戦後に現れた時よりも強い殺気を全身にまとっている。
「も、紅葉……」
箕輪が声を震わせ私の袖を掴んだ。彼女もこの殺気を感じ取ったのだろう。見ると泉やベテルギウスも顔が引きつっている。
凍りついた空気の中、ガイアが私の真表で足を止めた。
「姉き……」
荒地が表情を強張らせつぶやいた。だがガイアは目もくれず私の顔を凝視している。
「――あれから、半年か」
凍りついた空気の中、ガイアが静かに口を開いた。
「……」
感慨深げなセリフに私はとまどってしまった。マジでこいつは何を考えているのか分からない。
「私の欲望を満たすにはお前のような強者を倒さなければならない。半年前とは比べ物にならないほど成長したお前を倒せば最高の快感が得られるはずだ」
ふふっとガイアが笑った。
顔が綺麗な分、余計に恐怖を感じる。この血に飢えた姿は演じているだけなのかそれとも……とにかくこいつの本心が知りたい。
「ガイア……私はおめーの過去を知ってしまった」
私は意を決してガイアの顔を見据えた。
「……私の過去だと?」
ガイアの顔から笑みが消えた。
「おめーはイジメから自分を守るために戦っているうちに修羅の道へと足を踏み入れることになってしまった。だけんども本当は喧嘩なんてしたくない心根の優しい人なんだっぺ? ならもう無理する必要はねーべよ。私達が戦う事に意味なんて無いべ」
ガイアは良心とトラウマの間で揺れ動いている。実弟の荒地が言うのだから間違いはない……はずなのだが。
私の言葉にガイアは押し黙ってしまった。重苦しい沈黙がこの場を支配する。
「――確かに」
と、ふいにガイアが視線を落としうつむいた。
「半分は当たっている。茨城弁のせいで思い出したくもない過去を背負う羽目になってしまった。お前に絡んだのもその濃いめの方言が気に障ったからだ」
「ガイア……」
「私の本心は戦いなど望んでいない」
「や、やっぱりそうなんだべ。だったらもう……」
「だがな」
再びガイアが顔を上げた。
「お前と対峙した時、私と同じ力を感じた。そして、初めて自らの意思で戦いたいと強く思った」
「な……」
私は固まってしまった。ガイアの殺気で周りの空間が歪んでいる。
「あの時お前を倒し強い満足感を得られたが、同時にもっと成長したお前と再び拳を交えたいという欲求が生まれた。荒地に頼まれてそこの女を助けるのに協力したのも、お前があんなつまらない男にやられては私の欲望が満たせないからだ」
「……」
抱いていた疑念が確信に変わった。やはりこいつは過去のトラウマから解放されたくて私と戦うのではない。力という名の魔物に心を支配された獣がこいつの本当の姿だ。
「本心ではない、本能だ。私の細胞がお前を殺したがっている」
ガイアの顔にあの微笑が浮かんだ。本性を現したこいつの微笑は邪悪そのものである。
「……もうこれ以上話しても無駄だっぺな。おめーの心は死神に取り憑かれてる」
「その通りだ。私は狂っている」
「――みんな、下がって」
私は仲間達にそう促すと、構えをとりガイアと対峙した。もはやこいつを止める術は一つしかない。
「紅葉……死ぬなよ!」
荒地が叫んだ。私は一瞬振り向き、小さく頷いた。
「来い借宿」
ガイアが目を見開いた。空気がさらに張りつめてゆく。
「く……」
とてつもない圧迫感に押し潰されそうだった。
ガイアは手を下ろしているだけで構えていない。にもかかわらず全く隙が無い為、仕掛けるタイミングが掴めない。
私の頬を一粒の汗が伝い地面に落ちた。
「――っ!」
その瞬間、ガイアが鬼のようなスピードで距離を詰め右ストレートを放ってきた。
「くっ!」
かわし切れずガイアのストレートが頬をかすり体勢を崩したが、私はすぐに立て直して反撃に出ようとした。
「!?」
だが、ガイアはすでに次の攻撃モーションに入っていた。
「ふっ」
という声とともに強烈な左フックが飛んできた。
「――!」
私はかろうじて右手でガードし、なんとか距離を取った。右手の骨に痛みが走る。
「はあ……はあ……」
気付くと肩で息をしていた。まさかこんなわずかな攻防でここまで消耗してしまうとは……昨年戦った時よりも明らかに強くなっている。
「……本気を出せ借宿。お前の『力』はそんなものではない」
ガイアが真顔で私を睨みつけた。
「……」
奴の殺気に押されて動きが鈍ってしまったのだが、どうやら手を抜いていると思われたらしい。私も昨年に比べればかなり成長したつもりだったが、ガイアはその上を行っている。
このままではとても勝てる気がしない……そんな考えが頭をよぎった時、
「お前がここで私を倒さねば後ろにいる仲間達が死ぬことになるぞ」
「なっ……」
「どうやらお前はまだ認識が甘いようだな。私は正義の味方でも不幸のヒロインでもない、ただの血に飢えた死神だ。今のお前を倒しても私の欲望は満たされないだろう。ここにいる全員を皆殺しにでもしない限り収まらない」
ガイアが荒地達に視線を向けた。
「ひっ」
泉が怯えた声を上げ、箕輪にくっついた。
「やめろガイア! そいつらは関係ねーだろ!」
「あるさ、お前の仲間だろう。そうだな……まずは手始めに荒地から死んでもらおうか」
「ふざんけんな! 実の弟まで手にかけんのかよ! 誰よりもおめーのことを心配してる荒地も殺すのかよ!」
「もちろんだ。お前が本気を出さないなら、その気にさせるまでだ」
そう言うとガイアは荒地達の方に向かって歩き出した。
「あ、姉き……」
「悪く思うなよ、こいつの甘さが原因……」
ガシッ
気付くと私はガイアに上段回し蹴りを放っていた。奴は右腕でガードしたが、二、三歩よろめいた。
「今のは……かわせなかった」
右腕を抑えながらゆっくりと顔を上げた。口元に血がにじんでいる。
「しかもいつの間に距離を詰めたのか分からなかったぞ」
「黙れ……それ以上私の仲間に近付くな」
私は静かにつぶやきガイアの目を見据えた。いつの間にか震えが止まり闘争心が体中に満ちている。
「ふ……少しはやる気になったか」
そう言って口元の血を舐めると、あの微笑を顔に浮かべた。私との戦いを心待ちにしていたような顔である。
「殺す気でかかって来い借宿」
ガイアが初めて構えをとった。再び辺りの空間が歪み始める。
「行くぞ、ガイア!」
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