第二十五話 デート
「はあ……」
私は薄暗い部屋で一人深いため息をついた。
あの後今までの出来事を考えながら走り続けていたら、いつの間にか自宅に着いていた。私は着替えもせず部屋の片隅で体育座りをし、さっきの荒地の言葉を思い返していた。
「あいつは……ガイアは……俺の姉だ」
なんで今まで言ってくれなかったんだろう。
いつもピンチの時に助けてくれて、このホコミナ抗争も一緒に戦い抜いた特別な人だと思っていたのに……ただの気まぐれだったのかな。それとも子生の言った通り本当にガイアのスパイだったのだろうか?
考えれば考えるほど結論は出なかった。さっきは気持ちがぐちゃぐちゃになって思わず逃げ出してしまったけど、やっぱり彼の口から真実を聞くべきだった。なんであんな態度を取ってしまったのだろう……今さら後悔しても遅いのだが。
夜になり夕飯の時間になったが、私は相変わらず自室に引きこもっていた。
「なんだぁ紅葉は、晩飯食わねーのか?」
下からオヤジの声が聞こえた。
「食欲が無いんですって。学校で何かあったのかしら……」
夕飯を食べず部屋に閉じこもっている私を母が心配していた。
「あいつも年頃だからなぁ。お母さん、今日はそっとしといてやれ」
オヤジが珍しく真面目な事を言っていた。ちょっと見直したが絶対にドヤ顔してるだろう。
「ま、んなこたあどうでもいいや。お母さん、ビールくれい!」
クソオヤジめ……見直して損した。
それにしても明日が土曜日で助かった。このままではみんなに合わす顔が無い。とりあえず明日荒地に電話して彼の考えをちゃんと聞こう。
そう考えていた時、私のスマホが鳴った。
私がビクッとして画面を見ると、そこには『荒地』と表示されていた。
「え……荒地?」
どうしよう、出るべきなのか。でもなんて話せばいいのだろう。スマホを持ったままアワアワしていると間違ってスライド応答してしまった。
「あっ……」
「もしもし、荒地だけど」
「あっ、あの……きょ、今日はごめんね、なんか急にダッシュしちまってからに。私ってば本当におバカちゃんでハハハ……」
私がしどろもどろになっていると、
「明日空いてるか?」
と荒地が質問してきた。
「へっ? う、うん、ニート並みには」
「そうか。暇なら明日付き合ってくれないか?」
「あっ、うん、もちろん大丈夫だけど……」
「じゃあ十時に迎えに行くよ。おやすみ」
「おっ、おやすみなさい」
そう言って電話は切れた。私はスマホを持ったまましばらく固まっていた。胸がドキドキしている。
「おやすみってまだ七時じゃん……てか、これってデートのお誘いだべな?」
しかも今どきメッセージアプリでなく電話で誘ってくるなんて、いかにも荒地らしい。
でもこれで彼の気持ちが確認出来る。そう思うとさっきまでのもやもやした気持ちが少し晴れてきた。
「ってか私、デートに着るような服持ってない!」
私は勢いよく部屋のドアを開けると、一階目指して階段を駆け降りた。
「お母さん! ファッションセンターむらしまに乗せてって!」
**
翌日、私はそわそわしながら家の前で荒地を待っていた。
急にデートに誘われて浮足立っていたが、彼への疑問は全く解決していない。今日はその事をしっかり聞き出さなければ。
「そろそろかな……」
私が腕時計を見たその時、一台のバイクがこちらに向かって走って来た。
「え?」
目の前で停まったバイクには荒地が乗っていた。
「よう」
彼がエンジンを切りながら言った。
「おっ、おはよう。てかこれ荒地のバイクけ?」
「ああ。だが無免じゃないから安心しろ」
そう言って爽やかな笑顔を見せた。学校でのヤンキースタイルと違い、スタイリッシュな服装でめっちゃおしゃれだ。
「さて、それじゃ行くか」
私にヘルメットを手渡すと荒地がバイクのエンジンをかけた。
「どこに行くんだっぺ?」
「まずは必勝祈願さ」
「必勝祈願? なんか受験みたいだね」
私はバイクにまたがり荒地の肩に手を乗せた。
「じゃあ出発だ」
荒地のバイクがうなりを上げて走り出した。
私達は国道五十一号線に出て水戸方面に向かっていた。バイクの後ろに乗ったのは初めてだが、体に当たる風がとても心地良い。
鉾田市役所に向かう交差点を曲がって少し進むと左側に赤い鳥居が見えてきた。荒地はスピードを落とすと鳥居の横にバイクを停めた。
「ここって
私はヘルメットを外しながら荒地に尋ねた。
「ああ」
荒地がバイクを降りようとした私に手を貸してくれた。
「ありがとう」
私は少し照れながらお礼を言った。
ここ厳島神社は鉾田市でも有数のパワースポットで、森に囲まれた池の上に神社が建っている。わざわざ遠方からお参りに来る人もいるくらい人気の神社だ。
私達は本殿に行きお参りをした。私は真剣な顔で手を合わせている荒地の横顔を見つめていた。
「何をお願いしたの?」
もと来た道を戻りながら尋ねてみた。
「言ったろ、必勝祈願だって。紅葉が無事勝てるようにお願いした」
荒地は私の顔を見ずに答えた。
「うん……」
とだけ答えた。
「さて、それじゃ水戸に買い物でも行くか」
「あ、いいね。水戸は遠いからあんま行ったことが無いんだ」
「よし、行くか」
そう言うと荒地はゆっくりとバイクを発進させた。
春の柔らかな日差しが降り注ぐ中、私達は色々な店を練り歩いた。
荒地といるとなぜか心が落ち着く。ガイアについて聞こうと思っていたが、だんだんどうでもよくなってきた。こうして彼と一緒に居れることに幸せを感じていたからだ。
「そろそろいい時間だな。鉾田に帰って飯でも食うか」
「うん」
いつの間にかいい時間になっていた。空を見ると太陽が西に傾きつつある。
私達は水戸さくら通りから国道六号線をまたいで県道五十号線に出た。鉾田市は国道でも県道でも行く事が出来るので何気にアクセスは良いのだ。
荒地は鉾田市のメインストリート水戸鉾田佐原線沿いにあるレンガ造りの洋食屋にバイクを停めた。
「あ、ここ前に家族で来たことある。オムライスめっちゃ美味しかった」
私が少し興奮気味に言うと、
「実はパスタも美味いんだ」
と荒地が笑顔で答えた。まさかの荒地も洋食好きとは。
店内に入るとテーブル席に案内された。
二人で向かい合って荒地おすすめの豚肉ナポリタンを食べていると、何とも言えない幸福感に包まれた。このまま時が止まればいいのに……
「豚肉ナポリやべーね。めちゃめちゃ美味しかったよ」
店を出ながら荒地に話しかけた。
「そうか、良かった。じゃあ帰るか」
荒地はそっけなく答えるとヘルメットを渡してきた。そしてゆっくりとバイクを発進させた。
結局ガイアのことやなぜ私に加勢してくれたのかは謎のままだが、少なくとも敵ではないと思う。もしかして荒地は純粋に私の事が好きだから助けてくれてたのかな……
そんなことを考えている内に、気付くとあの河原沿いまで来ていた。明後日の放課後、ここでガイアと……荒地の姉と激突するのだ。
私が暗い気分になっていると、急に荒地がバイクを止めた。
「どうしたの?」
彼に尋ねると、
「少し……話していかないか」
と荒地が答えた。
私は頷くと、黙ってバイクを降りた。
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