第七話 ボディガード

 泉との話を一通り終え、私達は店を出た。


「ほな私はこれから行くとこあるさかい、これで失礼します」

 泉がそわそわしながら挨拶をしてきた。

「どこに行くの?」

「鉾田市でも数少ないハンバーガーチェーンの『ムスバーガー』ですわ! あ、もしよろしければお二人も一緒にどうでっか? ライスバーガーとかめっちゃ美味いでっせ!」

「え!? まだ食べるの!?」

 箕輪がびっくりして尋ねた。

「もちろん、さっきのはおやつでしたから!」

 ハンバーグ定食と大盛りビーフカレーがおやつ……

「ざ、残念だけど私と紅葉もこれから用事あるんだ……」

 箕輪が丁重にお断りをした。


「それは残念ですわ。ほな、また明日学校で!」

 泉はスキップしながら去って行った。

「泉の前世は餓死したのかな……」

 箕輪がぼそっとつぶやいた。私は深く頷いた。


**


 私と箕輪は桜並木通りを歩いていた。箕輪はバス通学とのことなので、念の為バス停まで送って行くことにした。


 私は泉の話を思い返していた。抗争、派閥、化け物みたいなヤンキー達。これらが頭の中でぐるぐると周り、今後の学校生活を考えると気が滅入ってしまう。


「それにしてもさっきの泉の話、聞いてるだけで怖くなってきちった……」

 箕輪が不安げな表情でぼそっと言った。

「……」

 私は何と言葉をかけていいか分からず、黙ってしまった。


 ヤンキー高校だけにある程度の派閥争いなどはあると思っていたが、まさかここまで大規模な抗争状態になっているとは予想していなかった。リゲル、ベラトリックス、ベテルギウス……この三人が勢力争いをしている上、その頂点であるガイアの首を虎視眈々こしたんたんと狙っているのだ。そりゃ配下のヤンキー達もピリピリしてしまう。

 そこに加えて悪名高いリゲル派の最高幹部を私が叩いてしまったのだ。必ず報復してくるに違いない。箕輪もそれを薄々感じているからだろう、どこか落ち着きのない表情をしている。


「心配することねーよ。箕輪には私がついてっぺ」

「うん、そうだね……」

 私は精一杯明るく言ったが、箕輪の歯切れが悪い……無理もないか。登校初日から大変な目にあっているのだから。

 箕輪は私と違い、普通の女子高生なのだ。どうしたらこの子を安心させられるのだろう。


「とりあえず……箕輪は私と一緒にいっぺな」

「うん……ありがとう……」

「それと万が一私に何かあっても箕輪は逃げること。もし首を突っ込んで箕輪に何かあったら私はきっと後悔すっから」

「……」

 箕輪は無言になってしまった。私もこれ以上箕輪を安心させる言葉が見つらず、黙ってバス停を目指した。



「ねえ、紅葉」

 もう少しでバス停に着こうというところで、ずっと黙っていた箕輪が口を開いた。

「何?」

「どうして紅葉はそんなに私を心配してくれるんだべ」

「どうしてって……」

 私は答えに困ってしまった。私の力は弱い者を守る為にドルナルドが授けてくれたのだが、そんなこと言っても信じてもらえないし、誰にも秘密にしている。


 だが……箕輪に対してはそれだけでなく、心のどこかで昔の自分の姿を重ね合わせていた。


 今でこそドルナルドのおかげで強くなれたが、昔は泣き虫で近所の男の子達によくいじめられていた。

 ある日、私は自宅近くの河原で男の子数人に囲まれて泣いていた。その時、一人の綺麗なお姉さんがいじめっ子達を叱りつけ追い払ってくれた。そのお姉さんの顔は思い出せないが、

「あんないじめっ子なんかに負けちゃダメだっぺよ」

 と優しく語りかけてくれた。


 それ以来私には正義感が芽生え、同時に強くなりたいと思うようになった。思いもよらずヤンキー高校に入学してしまい、抗争に巻き込まれてしまった箕輪を助けたい。あの時お姉さんが私を助けてくれたように。


「箕輪は……昔の私に似てるんだ」

「え?」

「昔の……誰も自分を助けてくれる人がいなかった時、正義の味方が現れて悪者を追い払ってくれた。正義のヒーローぶるつもりは無いけど、今度は私が人を助ける番なんだ」

「紅葉……」

「なんかごめんね。一方的に私の感情を押しつけちゃってる感じになっちまって。もし迷惑だったら言って……」

「迷惑なわけねーじゃん!」

 箕輪が大声で叫んだ。私がびっくりして箕輪の顔を見ると、ぽろぽろと涙を流している。

「自分を犠牲にしてまで私を守ろうとする紅葉を迷惑に思うわけないよ……けど、私は何も返せないし何も出来ない。もし紅葉に何かあったら……私、死んじゃうよ」

「箕輪……」


 箕輪は自分よりも私の事を案じていたのだ。そんな彼女の思いを知り、私は溢れそうになる涙をこらえるのに必死だった。


**


 バス停に着くと、箕輪の乗るバスが時間通りやってきた。


「ほんじゃ、また明日ね紅葉」

「うん、明日もここで待ち合わせすっぺな」

「ありがとう。バスが着くちょっと前に連絡すっから」

「分かった」

 箕輪は笑顔でバイバイと言って、バスに乗り込んで行った。

「発車いたしまーす」

 バスがクラクションを鳴らし発車していった。箕輪が後部座席から私に向かって手を振っている。元気になったみたいで良かった。私もバスが見えなくなるまで手を振っていた。


**


 私は家に帰りながら先ほどの出来事を思い出していた。


 あのあと私は泣き顔を悟られないよう、箕輪を抱きしめた。そして気持ちを落ち着け、今後も箕輪を守ることを改めて誓った。こうして私は彼女の正式なボディーガードに就任したのだ。


「危うくキスしそうだった……」

 私は川沿いの道を歩きながら、独り言をぶつぶつしゃべっていた。


 ここまで人に感情を持っていかれたのは初めてで、自分でも正直戸惑っていた。確かに箕輪はアイドルみたいに可愛く、守ってあげたくなる感が異常に高い。おまけに性格も良いときている。

 しかしここまで好きになってしまうとは、私は本当は女の子が好きなんじゃないかと心配になってきた。


 その時、ふと一人の女子高生が視界に入った。川を見つめるその横顔はとても美しく、憂いを帯びていた。


「――っ!!」


 私は一瞬にして思い出した。間違いない、昨年私を叩きのめしたあの女だ。私はその場で立ち尽くしてしまった。


 すると、女が私の視線に気付いたのか、こちらを振り返った。

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