第五話 オリオン三巨星

 ホームルームが終わり、下校の時間になった。


 私と箕輪、それからさっき弟子入りした泉と三人で鉾田市唯一のファミレス『ココッス』に向かった。もちろん目的はさっき泉が言っていたホコミナの複雑な情勢を聞く為である。


 席に案内されると同時に泉がしゃべり出した。

「いやー腹減りましたねぇ! あ、店員さーん、この包み焼いたハンバーグをライスメガ盛りセットでたのんます!」

 泉はどこにいても声がでかい。

「確かにお腹空いたねぇ。私はボロネーゼ下さい。紅葉は?」

「私は……モッツァレラトマトで」

 洋風パスタ好きなのだ。



 料理が運ばれてくると、泉はブラックホールかと思うような勢いで食べ始めた。

「んがっ、うめー!」

 私と箕輪はあぜんとして見ていた。ミス大食い茨城のさすぶちますよってこんな感じなのかもしれない。


「さて、ほんじゃホコミナの現在の状況をご説明致しますわ」

 追加で頼んだ大盛りビーフカレーを食べ終わると、泉が急に真面目な表情で話し始めた。


「まず一言で言いますと、ホコミナは一触即発の状態になっとります」

「一触即発……」

 箕輪が不安そうにつぶやいた。


「現在ホコミナは抗争状態になっとって、二、三年生はめっちゃピリピリしとります。ただ抗争の規模が学校丸ごと巻き込んだごっついもんやから、表だって揉め事を起こすようなことはしとりません。せやけど、くすぶっとる火種がいつ燃え出してもおかしくない状態なんは間違いないです」

 この令和の時代に学校丸ごと巻き込んだ抗争だなんて……完全に時代を逆行している。


「ほんで今起きとる抗争は中心人物が三人おります。そいつらは本名ではなく星の名前で呼ばれとります」

「星? スター?」

「はい、その星です。それだけ強大な存在やという意味ちゃいますか」

「あ、さっき紅葉が倒したヤンキーが『リゲル』って言ってたけんど、もしかしてそいつも……?」

「さすが箕輪さん、鋭いっすね。さっき紅葉さんがシバき倒した梶山のボスはホコミナ抗争の中心人物の一人、白い悪魔リゲルです」

「白い悪魔……」

「なんでもえらい肌が白い男やさかいそう呼ばれとるそうです。そして悪魔と言われる所以ゆえんは、喧嘩で相手を殴る時に無表情で殴るからやそうです。あんまり無表情やから冷酷非情な悪魔の名がついんたんやと思います。それにけっこう汚い手も平気で使うらしく、闇討ちや人質取ったりと悪名高い奴ですわ」


 悪魔か……あまり関わりたくないが、私が倒した梶山のボスなのだから当然動き出してくるだろう。今後しばらくは気が抜けない。


「二人目は、破壊の天使ベラトリックスです。こいつは三人の中で唯一の女なんで天使と呼ばれとります。見た目もちゃりーぽみゅぽみゅ似でえらい可愛いらしいとか。せやけど破壊の天使の名はダテやなく、キレたらホンマに破壊の限りを尽くすそうです」

「破壊の限りって……」

 箕輪が恐る恐る聞いた。


「ベラトリックスが二年生の時、自分とこの仲間達を暴走族に拉致られる事件があったそうです。ほんでベラトリックスは一人で暴走族のアジトに乗り込んで行き、拉致った暴走族十人を全員病院送りにしました。さらにそいつらが乗っとったバイクも全てボコボコにしたそうです」

「バケモンだ……」

「助けられた仲間達は拉致られた時よりも怯えとったらしいですわ」

 泉はかかかと笑ったが、私と箕輪は全く笑えなかった。どうやらこいつもとんでもなく危険な人物のようだ。


「ベラトリックスの兵隊は九割九分が女子なんで、ホコミナのスケバンはほぼベラトリックス派と考えてよさそうです。まあ中にはリゲルについとる女もおるみたいですけどね。さっき紅葉さんが泣かしとった女とか」

「泣かしたとは人聞きの悪い表現だっぺな。でも何でリゲル派なんだべ?」

「リゲルはイケメンやそうですから、ミーハーな女がリゲル派になっとるっちゅうことです」

 なるほど。

「まあとにかくベラトリックスは見た目こそ天使やけど中身は鬼が住んどるっちゅうことですから、あなどったらあきまへんで」

 私は無言で頷いた。


「そして三人目、獣巨人ベテルギウスです」

「じゅうきょじん?」

 箕輪が首をかしげながら聞いた。


「獣の巨人と書いて獣巨人と呼ぶそうです。要はでかい獣でんな」

「いがい(大きい)獣……」

「なんでも宇宙にある本物のベテルギウスは馬鹿でかいらしいですが、ホコミナのベテルギウスも二メートル近くある巨人やそうです」

「二メートル……日本人なんだよね?」

「ゴリラみたいなツラしとるんでもしかしたら人間とゴリラのハーフちゃうかと言われてます。そして顔以上にゴツいんがパワーです。ベテルギウスはホコミナいちの怪力として恐れられてます」

「確かに二メートルもあれば力もつえーんだっぺがな」

「まあ物理的にそうなんすけどね。ただベテルギウスの怪力は想像の斜め上を行っとりまして、化物じみた逸話が何個もあります」

「例えば……?」

「私が聞いたんは二トントラックを一人でひっくり返したとか他校の空手部員を空手チョップ一撃で全員瞬殺したとか、人間離れしたような話ですわ」

「本当に化物だっぺな……」

「人間離れした怪力が獣と呼ばれる理由っちゅうことですわ。以上この三人が今起きとるホコミナ抗争の中心人物になります。人呼んで『オリオン三巨星』と言われとります」

「オリオン三巨星……」

「冬の大星座オリオンの中でも特に明るい星がリゲル、ベラトリックス、ベテルギウスの三つなんですわ。最初聞いた時は何をカッコつけとんねんと思いましたが、こいつらの恐ろしい話を聞いとるうちに納得のネーミングやなと思うようになりましたわ……」


 確かにどいつもこいつも危険なのばかりだ。今日の事でだいぶ目立ってしまったので、今後こいつらと絡む可能性もある。とにかく箕輪に危害が及ばないよう細心の注意を払わないといけないな……


「この三人が睨み合っとるせいで校内は緊張状態が続いとります。配下のヤンキーも揉め事を起こさんようにしとるみたいですが、一度事が起きれば潰し合いになるんは確実です。三人はそれぞれ敵対する相手が潰し合いするのを狙っとるんですわ」

「なるほど。確かにそうなれば勝った方も弱ってるから叩くのは簡単だもんね。楽にテッペンを取れるってわけだべな」

「いえ、実は……これで終わりではないんです」

「え?」

 私は泉の顔を見つめた。

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