第四話 ドキドキ

「紅葉っ!」

 箕輪が叫んだ。

 私が振り向いた瞬間、倒れていたはずの梶山が私に向かって突進してきた。手にはナイフが握られている。


「死ねコラァ!」

 まずい、不意を突かれた。やられる、そう覚悟した時――

「ぐはっ!」

 梶山が叫び声を上げ、真横に吹き飛んだ。


 私は一瞬何が起きたのか分からなかったが、目の前にさっき教室で私の前に座っていたオールバックの男が立っていた。どうやら彼が梶山を蹴り飛ばしたっぽい。


 私はあっけにとられていたが

「紅葉っ、大丈夫!?」

 という箕輪の声で我に返った。

「えがったぁ、紅葉が生きてて……」

 箕輪がぽろぽろと涙をこぼした。私はそっと箕輪を抱きしめた。

「もう大丈夫だよ、箕輪」

 私は箕輪にほほ笑んだ。

「うん……」


 箕輪を落ち着かせ、私はふうっと息をついた。そして梶山を蹴り飛ばした男に向き直り顔を見つめた。やっぱ顔はイケメンである。


「ありがとう」

 私は頭を下げてお礼を言った。

 すると男は一瞬私の目を見つめたが、すぐ目線を落とした。そして、梶山に驚いて落としてしまった私のハンカチを拾い上げると、無言でそれを渡してきた。

「あ、ありがとう」

 私がまたお礼を言うと、男は背を向けて体育館を出て行った。私はその姿をずっと見つめていた。


 なぜか、胸がドキドキしている。さすがにナイフは怖かった……からだと思う。

 ふいに箕輪が私の顔を覗き込んできた。

「紅葉……顔が赤いよ?」


**


「ちょっと、何があったの!!」

 男が体育館を出て行くのと入れ違いにサキ先生が飛び込んできた。

 頬が紅潮しワイシャツのボタンが胸の辺りまで外れているが、一体どこに行っていたのだろう。


「何!? この状況は何なの!?」

 ヤンキーが床に転がり、箕輪は泣いている。それを他の生徒や先生が遠巻きに見ているという光景だ。サキ先生が状況を飲み込めないのもしょうがない。


「沢尻さん、大丈夫!? こいつらに何かされたの!?」

「はい、大丈夫です。借宿さんが私を守ってくれたので……」

「借宿さんが? ってあなた、手に血がついてるじゃない!」

 サキ先生に言われて初めて気付いたが、さっきバックブローでヤンキーの鼻を殴った時についたのだろう。どうやらケガをしているとサキ先生に誤解されたようだ。


「とりあえず保健室に行きましょう。他の先生方、見てないで倒れてる子たちも保健室に運んで下さい!」

 サキ先生が一喝すると、今まで固まっていた先生方もアワアワしながら動き出した。



「なるほど、そうだったのね……」

 あれからサキ先生に色々と事のいきさつを聞かれたが、最終的に正当防衛ということで、私はおとがめ無しで済んだ。


「しかしその身体であのヤンキー達を撃退しちゃうとはね。借宿さんは格闘技の経験者なのかしら?」

「い、いえ。たぶん沢尻さんを守るのに必死だったんだと思います」

 まさか剛腕ファイターの魂が宿っているとは言えない。


「でも借宿さん、女の子なんだから無茶は駄目よ。そんな綺麗な顔してるのに傷がついたら大変だからね」

「はい、すいませんでした」

 サキ先生は最後まで私を気遣ってくれた。

「それにしてもここのヤンキー達は……最近ますます手に負えなくなってきたわね……」

 サキ先生はため息をつきながら職員室に戻っていった。


 それから私と箕輪は教室に戻ることにした。箕輪もすっかり落ち着いたようで、時折笑顔も見せるようになっていた。


**


 私達が教室に戻ると


ざわっ


 と教室がざわついた。やはりさっきの揉め事で有名人になってしまった。ヤンキー達は私を遠巻きに見ているが、メンチ切りしてくる奴はいない。あんまり良い気分ではないが、これで少なくともクラス内では箕輪に危害が及ぶことは無いだろう。


「やっぱみんな紅葉に一目置いてるんだっぺなぁ。すげーよ」

「私は箕輪を守っただけだよ。それ以外で喧嘩したりすることはねーから」

「紅葉は正義の味方なんだべなぁ」

 箕輪がうなずきながらしゃべっていた時――

「紅葉の姉ご!!」

 と、凄い勢いで一人の女ヤンキーが駆け寄って来た。ミニスカにルーズソックスに茶髪に濃いめのメイク……まさに九十年代のコギャルだ。


「自分、同じクラスの帝塚山 泉てづかやま いずみっちゅうもんですが、さっきの紅葉さんの喧嘩、最高でした! ぜひともウチを舎弟にしてくんなはれ!」

 マシンガンのような早口トークでまくしたてられ、私はあぜんとしてしまった。


「紅葉の姉ご! お願いします! ウチを舎弟に!」

「ち、ちっと待って下さい。私は舎弟なんて作る気も無いし、それにその姉ごって呼ばれ方も……」

「あああ! す、すんませんでした紅葉さん! で、では弟子にはして頂けないでしょうか!」

「いや、同い年なんだから舎弟も弟子も無いですってば。敬語も使う必要ねーし」

「そんな! 紅葉さんにタメ口なんて使えませんわ! 何とぞウチを弟子にしてやって下さい!」

 駄目だ、この子には何を言っても通じない。


「それにウチ、昔から情報収集が得意なんですわ。せやから紅葉さんがこの学校でのし上がっていく為のお力添えも出来ると思いまっせ」

「のし上がるって……別にそんなつもりねーし、さっきの喧嘩も友達を守る為に仕方なくやっただけだから」

「ホンマでっか? 友を守る為に立ち上がった美少女……くー、たまらんわ! ますます惚れましたでぇ!」

 火に油を注いでしまった。


「紅葉……こんだけお願いしてんだから弟子にしてあげたらどうだっぺ?」

 箕輪が慈愛に満ちた目でコギャル女をみつめながら言った。

「そんなこと言われてもなぁ……」

「ありがとうございます、お友達さん! ちゅーかお友達さんもべっぴんさんでんな!」

「箕輪です。よろしく」

 箕輪は完全に弟子入りを推奨しているようだ。弱ったな、箕輪に言われると断りづらい。


「紅葉さん、今後も箕輪さんをお守りするならこの学校の情勢を把握しとかなあきまへんで」

「情勢って……そんなに複雑なの?」

「はい、それはもう……色々調べてみましたが、ホンマに恐ろしいとこですわホコミナは」

 大げさだなと思ったが、少し興味もある。

「とりあえず学校終わったら詳しくお話ししますんで! どうぞ、これから宜しくお願いします紅葉さん!」


 こうして私は関西弁を話すコギャル女の弟子が出来てしまった。まあ箕輪が喜んでるみたいだからいいか。

 ただ、この学校の複雑な情勢というのが気になる……

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