お父さんのPCクエスト-導かれし者たちへ-

恩間裕良

第1話 プロローグ


「ね、考えてくれた? あのこと」


昨日の今日で出くわすなりそれかと思いながらも、明日から大学生になって最初の夏休みが始まることに少し高揚感があったかもしれない。


「だから俺、テレビゲームやらないんで。考えようがないんで」


素通りするつもりが、つい反射的に答えてしまった。


「だから大丈夫だって! ゲームなんて、遊んでなくたって作れるんだから」


その分野はよく知らないけどさすがにそんなわけないだろうと言い返したかったが、また構内で“同人ゲーム”がどうで“インディーゲーム”がこうだの説明が始まるのだけは御免だった。


「じゃ、用事あるんで……」


ただ眺めているぶんには可愛い、廊下の真ん中で立ちはだかる女子大生の笑顔がみるみるやさぐれていく(それでも十分可愛いが)。


「私が絵を描く! ええと……オオタ君が話を考える! あと、誰かがそれをゲームにする! そこに何の問題もありゃしないでしょうが」


「櫻田(オウタ)、です」


それを捨て台詞に彼女の脇をすり抜けるつもりが、後方に振った手首をつかまれた。一瞬ドキッとしたが、その行為が色恋沙汰とは無関係であることは重々承知だ。


「櫻田君、絶対いいお話作れると思うんだけど。みんなが感動する、300万本くらい売れるRPGのシナリオとか」


「サークルには俺よりゲームに詳しそうなヤツ、いっぱいいるじゃないですか」


「私が欲しいのは、スマホゲームのガチャの確率がどうみたいな知識じゃなくて、こないだの文集で櫻田君が書いたみたいな世界観?」


「セカイカン、ですか。間に合わせで提出したあんな短文のどこに──」


「わかる人間にはわかるんだよ」


まずい、菊池先輩と会話することがちょっと楽しくなってきている。これに流された先に待っているのは、徒労感だけだ。


「わかりました。じゃ、何か思いついたら言いますんで。明日から夏休みだから、しばらくお会いすることはないと思いますけど」


いい加減な約束をして、話を切り上げることにした。


「だったらLINE交換しておいた方がいいね。……櫻田君のスマホ、古くない?」


思っていたのとは少し違った展開になったが、これでこの場は解放されそうだ。


「じゃ、これで」


「ちゃんと送ってね。えっと……」


「まだ何か?」


「最近、お父さんが亡くなったって聞いたから。あまり気を落とさないでね」


「……ありがとうございます」


菊池先輩。都内の外れにある四年制大学の文芸サークルに所属する2年生。いつからかは知らないが「ゲームを自作したい」と言い出し、サークルではちょっと浮いた存在になっている。


気さくな性格で、見た目も悪くない。下心丸出しで接近する男子学生もいるが、彼女のテレビゲームへの謎のこだわりと、それを語る時の“圧”の強さに耐え切れず、すごすごと引き下がるさまを、入学してからの数か月間のうちに何度も横目にしてきた。


今回俺に声をかけたのも、おおかた奴隷のように扱えそうな1年生部員のあてが、いよいよ尽きたからに違いない。親父のことも、慌てて身辺調査して仕入れたネタなんだろう。


「さて」


大学の門を出て、まだじりじりと照りつける陽を何となく見上げる。


四十九日の法要も滞りなく済んだ夏休み期間、俺はあることを実行に移そうとしていた。

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