Trttss-3、かな、たぶん

大橋博倖

帝國の末塵

「あぁ ダメ・・・」

エリは半泣きでうめいた。

珍しく、年相応の少女の貌が覗いている。

「少し、替わってみない?」

いつもであればハナで嗤うか或いは激怒で返すであろうリックの台詞に、その時ばかりは素直に応じた。

「押してダメなら引いてみな、ってね」

なけなしの憎まれ口も力ない。

自機に戻った彼女を尻目に、こんどはリックが降機。

最後のツメのミッション。こればかりはメタルに篭っていられない。


玄室、である。

広大な空間に、相応しく安置されたその重厚なチェストは、人間独りを納めるサイズではないがしかし棺と呼ぶべきか。


ここをしくじると今までの総てが”ぱぁ”になる。


場合によれば命さえ。


エリが普段、傲岸不遜にリックに対するのも故無きことではない。

彼女の優秀さはパーティの全員が認めることで、いつもそれを間近にしているリックにも依存はない。有体に言って、その全員が彼女のスキル一つで喰わせて貰っているというのがとどのつまりである。


どれだけの情報を積み上げても

マネジメントを完遂しても


結局、無事に「お宝」を頂けないことには、何の意味もない。


リックは一つツバを呑み、深呼吸し。


脱力。


「~えーと、エリお嬢様」

「あによ!」

「私は何をすれば宜しいのでしょうか」

「肩の上についてるのはタダの飾りなの?!」

「どうやらそのようで」


エリは自機、「ネヴュランサス」の中でハネ起き、したたかに打ち付けた額に叫び、外力以外のことには責任が持てないといい始めた相棒を黙らせ、飛び降りる。


リックが肩をすくめ大げさにため息をつくその前で最後の扉が音もなく開いて行く。


エリは目を見開き、そして。


旧に復した。


「おーっほっほっほ!やっぱワタシってば天才!!」


ぱちぱちと気のない拍手を贈るリックに蹴りも入れず勝ち誇る様は、しかしそれでも少しは追い詰められていたのだろうか。


が。


「・・・メタルが一機」

この世の不幸を一身に背負ったような声音のエリの申告に一同はパワーダイブの如く盛り下がった。

「他には何かないのか?メモリとか或いは・・・」

実父でありコントローラであるコマンダーからの呼びかけにも

「メタルが一機、以上」

相棒に通信の強制終了をさせるエリに

「でも、”旧い”よ」

リックの懸命のフォローにも

「”旧い”だけでしょ?!ヘタしたら経験値ゼロの産地直送品よ!」

そう、”旧い”こと自体に価値はないのだ。


メタルメイト、あるいは単にメタルと呼称される機械生命体。

人類が彼らと”盟約”を締結して、既に永い。その起源はもう”神話”の彼方に朧だ。


宇宙で戦争が、人同士の争いがあった。

そこへ、メタル達が現れた。

戦争は収まったが、人は滅びかけていた。メタルは強大で、圧倒的だった。


しかし、奇跡が起こった。


”救星主”が現れ、メタル達を斬り従えた。


朋を愛せよ、特にこの新しき隣人を。仲佳き事は美しき哉、と残して彼は去っていった。

メタルと人は”盟約”を交わし、教えに従った。

メタルは一転、その能力を以って人に善く仕え、人は宇宙に広く雄飛した。


そして、幾星霜。

今も人とメタルは共にあり、栄えている。


銀河連合の母胎となった地球連邦が地球・月及び近隣諸島とそれ以外の島嶼戦力に分裂し紛争を戦っていたことまでは史実であるらしい。


”鉄血戦争”については怪しい。


”救星主”の件についてはいわずもがな。


唯一確かなことはメタルとの関係を契機に人類の宇宙進出が級数的に前進したことで、それだけでも十分なのだった。


少し間があって、引き揚げの指示が出た。

二人と二機がキャンプに戻ると、司令部、つまりエリの両親とその叔父、はまだ会議中。

因みに、先に出たようにエリの父グラントがコマンダー、母ソーニャがサブ、叔父マイケルがチーフアナリスト。

二人はスタッフ、ということになる。

最もこれは当然便宜上で、全員が何でもやる。

とりあえず今の二人の直近の業務は、今夜の食事の用意だった。


人類の宇宙進出が進捗するにつれ、数々の”遺跡”が発見される様になった。

それらは何れも高度なもので、その一部は現代の人類の技術を遥かに超越していた。

”先史時代”、恒星間文明が存在していたことを窺わせるに十分なもので、現在その確度はかなり高まっている。

自身、来歴を喪っているメタル達も、”彼ら”の手に由るものかはともかく、幾つかの関係は確認されている。


遺跡の発掘、調査、スピンオフによる社会貢献。「広域調査機構」はそれを推進する中核的な組織である。

パーティはその広調からの業務委託である現場調査を主な生活の糧としていた。


トントントン

「ねえリック」

トントントン

「ん」

「さっきはその・・・ありがと ね」

トントト だん

「!!!」

「あーばか何やってんの?!」

指まで一緒に刻んでしまったらしい。痛覚と代謝を少しいじれば無問題なようだが。


リックに母の記憶はない。不在がちだった父のそれも希薄だった。

なのでその日、父が行方不明になったと知らされてもそのこと自体への衝撃は少なかった。

が、この先どうなるのか。幼いなりの不安はあった。事実、そのままであれば彼は法に従い当該施設に身柄を預けられることとなっただろう。


おじさんと一緒に来るかい。と凶報を携えて彼を訪れたその男は言った。

男には見覚えがあった。父とよく親しげに話していた記憶がある。

そのときの彼には、差し出された手をはねつける勇気もその理由も無かった。

こうして、彼は「ジェミニ・プランニング」の一員として迎えられた。

そしてほどなく、彼の父もまたここで活動していたこと、のみならずむしろ中心的役割を果たしていたことを知った。


学位を持ちながら全く著述をせずもっぱら”フィールドワーク”と称して飛び回っていたこと。

「ジェミニ・プランニング」をその手足としていたこと。


”調査”は大別して二通りある。単に広調の下働きとして動くか、勝手に掘ってその成果を査定して貰うか。

元々、儲けが出るような仕事ではない。惑星開発の予備調査等の余技として大手建設業者が片手間に請け負うのが基本である。特に後者はリスキーだ。自己責任で発掘調査を行い何も出なければ丸損だし例え成果があっても作業に不手際があると査定に響く。


しかしこの”自主調査”・・・所謂「トレジャーハント」のロマン・・・ロストテクノロジー/マテリアルを掘り当てて一攫千金のギャラクシードリームは、今なお少なくない人々を魅了し続けていた。


否、今の時代、誰でも一生”働かずに”暮らすことは不可能ではない。事実その様な人生を選択するものも一定数存在する、が。


”働かない”ことと”遊んで暮らす”ことの差違は理解出来ると思う。


ゲームとして、現在の”人類”が無産活動者足り得るかという二択であれば、答えは是となろうがメタルとの関係は微妙になるだろう。

「盟約」は無償の奉仕、無制限の服従など意味しておらず、保障もしていない。そこに主従の関係は存在しない。

その理念はあくまで共栄、互恵にある。その結果としての公約数内での最大利益の実現。


何が楽しいのか?と当然、リックも一度ならず訊いたことがある。

自分自身の主人たることは容易ではありません、貴方方もそうでしょう、私達もそうです、と澄ました顔で随分と人がましいことをいう。

”奴隷の幸福”?と突っ込んでみる。こんな相手をしていれば自ずと要らん知恵も付くというもの。

自由の煉獄を経た後では現在の適度な負荷が心地よいのです。と「ペイルホーン」は苦笑しつつ応える。貴方は良きパートナですよ、リック。


まあ、そういうものであるらしい。


メタルとの関係により、”人類”は間違いなく良化している。


とどのつまり、個々に応分の、生物としての食、文明としての力(エネルギー)が保障されれば種族というものは維持発展が約束される。

メタルが持つ過剰なまでの”能力”は、人類永年の悲願をいとも簡単に解決してしまった。

加えて、その圧倒的な力により「君臨せずとも統治」という理想の政治/安全保障も与えている。

過去、騒乱の事例が皆無ではないが、そのいずれも早期に覆滅収拾されている。

メタルの支持を喪った側に、”勝機”などカケラも存在しないからだ。

自然、ここ最近の人類圏は随分と平安な時間を刻んでいる。

いささか退屈でもありながらしかし怠惰や退廃とは無縁にあるのは、これも目の前のメタルの存在による。

現在獲得されている豊饒と太平が与えられえたものでありかつ約束されたものではない、底上げされた、補助輪付きのものであることを識者達はよく理解しているからだ。

例えば、メタルの正体が見た目通りの存在でなく、実体は高次元にあるものが目の前にその”影”として像を結んでいるのではないか、というようなことも近年漸く辿り着いたそれも未だ仮説の段階に過ぎない。


この世はというか人間の認識には世界は三軸に時間を加えた四次元だが、メタルの実体はその上、五ないし六次元にその本体を持つ、らしい。

故に彼らは、空間を自在に操り、我々には不可能な物理法則の壁を易々と越えて見せるが、曰く、「紙にラクガキするようなもの」である、らしい。

目で眼球が見られない様に、我々が自身の細胞活動の総てを理解してはいない、故に他者に説明不可能である様に、メタル達も自身の情報開示に積極的かつ献身的ですらあるがまあそういうことである。

メタル達は超者の余裕をもって今を存分に愉しんでいるらしい。

或いはこれは彼らのゲームであるのかもしれないが、そうであるにせよ否そうであるなら尚現在の人類は好プレイヤーたらんと全能を傾けメタルに対している。


盟約とはつまりそのような緊張を孕んだものなのだ。



2.


会議は紛糾しているようで、データルームへの出入りを挟みつつなお継続中。

先に喰ってていいぞというふだんの”指令”すら忘却されるほどの密度であるらしい。

まあオウンリスクの自主調査には常に”赤字”の危機が存在し、せめてトントンで廻すべく大人たちが毎度知恵を絞って右往左往してる様は理解も共感も出来るが生理的要求もまた同等以上の厳正さを以って顕在し・・・。


「終わらないね」

「そうね・・・」

「・・・料理、冷めちゃったね」

「そうね・・・」

「・・・おなか、空いたね」

「・・・」

「・・・」

お預けを食ったイヌそのものの惨めさを存分に味わっているところへ

「何だ?未だ喰って無かったのか?」

叔父のノンキな声に二人はようやく救われた。ような気がした。

「お前らも何のかんのでチャンと”社員”してるよなぁ。立派リッパ」

期待に顔を輝かせて待つ二人の”現況”には気づかず再び会議室へ入ってしまった。


「ええぇぇぇ?!?!」

そりゃないぜセニョール。


二人が仲良くそのままテーブルに力尽きて突っ伏して更に約1時間経過の後、夕食の席上でいつもの様にその日の決定事項の公示がなされた。

夢中で栄養補給をしつつ二人が成果充分と見做し今回は撤収、のフレーズだけでも意識に留められたのは、この状況では賞賛に値する社員としての自覚によるものであろう。

だから翌朝の「このまま待機」の指示変更へも素直に疑問を呈することが出来たのだ。

「なんで?」

”暮令朝改”にいぶかしむ娘の言葉に

「いや、”本部”の指示でね」

と父の言葉も要領を得ない。彼自身納得が出来ていない様子だ。


不意にその矛先が同僚に向く。

「何不景気な顔してんのよ」

「あ、いや」

リックも要領を得ない。

「イヤな感じが、ね」

「何ソレ」

「感じはカンジ、だよ」


それはそうだ。


いい予感というものは、大抵無根拠な希望的観測に過ぎないが、

言語化不能な無意識の知恵が弾いたイヤな予感というのは不幸にも大抵正しく、当たるものだ。


今回も過去の数多の事例をまた補強することとして結果作用した。


<脅威接近>

やっぱり「ペイルホーン」はデキる、と誇る余裕は無かった。

「キョウイ?って??」

<”同族”ですが、いや、これは?!>

ペイルホーンは絶句する。これは。

有無を言わせずコクーン内に強制搭乗させられる。

「え、え?ええ?!」

<戦闘準備>

「せ、せんとうぅう!?!って?!!」

その直後、既にキャンプは爆散している。



誰かが啼いている。音声がそれを伝える。

あの日、自分も確かに啼いていた。そのことを想い出す。


記憶はウソをつく。

衝撃が無かったワケがない。父の盟友にしてその日告死鳥の役を担って現れた男の前で、かつてリックも泣き崩れていた。

確かに母の記憶はない。しかしそれを補償するかの如くに、


父は、優しかった。


同時に剛く、またおおらかでもあった。

可能な限りの、人としての情、学者故の滲み出る智を以って、十全にリックに相対し、接してくれた。

単位時間、絶対量としては、親としては或いは失格であったのかもしれないが、リックには伝わっていた。不足を感じたことは無かった。


戦闘、”初の実戦”、いや普通は生涯無縁なものだが。


周囲の地物を根こそぎ破壊し惑星の質量へ計測可能な規模で影響を与えた戦闘はしかし短時間かつ一方的なものであった。

突如襲来した”敵”はそれこそ”的”でしかなく、全力発揮した「ペイルホーン」と「ネビュランサス」のペアは苦もなくこれを駆逐し、退けてみせた。

しかし、”日常”に弛緩し、油断していたことは事実で、故に奇襲を許し・・・損害を生じてしまった。


もはや取り返しの付かない「損害」を。


<「ジェミニプランニング」をコールする通信があります。繋ぎますか>

そうインフォメーションする「ペイルホーン」にもどこか気後れの響きがある。

盟約は公であり、同時に「メタル」とそのパートナたる「メタルライダー」との個の関係でもある。

メタルはメタルライダーの保護を第一に掲げる。

同時にメタルは、公と自らに反しない範囲において、メタルライダーの利益に協力する。メタルライダーの親族の保護も当然、包含されている。

彼らは、パートナ達の目前でむざむざと。

恥辱でもある。しかし。


「こちらジェミニプランニング、リック・スウェインです」

「広調東部支部所属、第二調査班のフラッサーだが、代表のグラント氏をお願いしたい」

「・・・居ません」

「居ない?取り込み中か」

「行方不明です」

「ゆくえふめい?」

「”逸れメタル”と遭遇しました。現在、役員は全員行方不明です」


広調の職員と会話を重ねながら、リックも意識を事態へと摺り合わせることが出来た。


現在、人類と盟約にあるメタルは宇宙に拡散遍在するその一部であるらしい。

盟約と無縁の、謂わば”野生のメタル”は、”逸れメタル”とも俗称されている。

トレハン仲間では有名なハナシで、リックもウワサには聞いていた。

「軍」には常時交戦状態にある部隊も存在する、とも。


静寂が戻った。生じていた。


断続的に漏れ伝えられていた音声情報が途絶していた。


あの日、それ以降も、あたかも姉のように振る舞い率先して彼を受け入れ、接し続けてきてくれた彼女が、

実年齢では一つ年下であることも、彼は思い出していた。


そう、もちろんそうだとも。

知らず、リックの手は硬く握り締められている。



纏まらんな。

小さくごちると一瞬の躊躇も無く現在のファイルを破棄する。


もう一度。


過去10年の推移、去年、そして今期最新のそれを照合。

結果を更に、あるデータと。


民間では”伝承”扱いされている所謂「鉄血戦争」だが、その情報は実は今現在も公開されており、所定の手続きを踏めば誰もが触れることが出来る。

手続きは煩雑だが複雑では無く、資格も特に求められるものはない。

が、開示されている情報は逆に余りにも精度が高く、一般の人間にはまず理解不能な暗号と記号の羅列となっている。

交信内容は勿論、各日時での全天捜査と得られたデータ、光学観測の推計と実測の誤差から質量測的どーたらなどとぶつけられても情報の海でもがくだけだ。

そこから、人類が黎明で体験した歴史のダイナミズム、宇宙進出初期の段階で地上の大戦争の戦後処理の誤りを引き金に内紛を招き、最中に太陽系外から未知の勢力による圧迫を受け、なすすべもなく宇宙空間から順次放逐され次第に後退していく戦慄すべき阿鼻叫喚の様を読み解くには、データを意味あるインフォメーションに加工するスキルとインフラが必須でまあそういうことだ。

人類を護る、その周辺ノウハウに頭を捻るつまり職業軍人、それも作戦本部三課の人間くらいにしか実は意味を持たない。


両者は酷似、相似している。


解は、冷厳に「第二次鉄血戦争」の可能性を示している。


真か。


モデルに、手順に錯覚錯誤はないのか。


宜しい。全く不愉快だがまあ宜しい。

問題は、だ。


既出の通り作為は介されているが原則過去は公開されている。

一方、現在は堅く閉ざされている。”星伝説”に紛う程完璧に厳重に。


「対話、融和、粘り強い交渉・・・」

低い嗤いが漏れる。性質の悪い冗談以下だ。

否、今こそそれが必要な時なのであろう、我々身内、言葉が通じる同士で、こそ。


現在確立した直接民主制は恐らく保たない、だろう。

職掌逸脱を自覚し更に先へ。

英雄待望、か。それも十分以上の悪夢だが。


人類を媒介としてメタル相撃全面衝突の環境が生じた場合。

彼らは、盟約は。


我々はどう遇されるのか。


焦慮は止め処ないが何れにせよ、一介の課長補佐、少佐風情には分の過ぎた課題ではある。

結局仕上がったレポートは、「太陽系戦争に見る難民対策と現代想定環境への援用」及び参考資料として未知メタル群の最新動態解析を提出。


それが、現在彼が有する職務権限内での限界だった。



だから、2戦目はわりと平静にこなせた。

<不明体を検知>

インフォメーションに対し、

「迎撃を許可。詳細は委任」

淀みなくコマンド。

受命、の答礼と同時にペイルホーンは宙に身を躍らせ、そのまま中空に不可視の回廊が存在する如く翔け昇る。

エリからの何事かの喚きをオートでカットオフ、見掛けの最短距離でなく空間の綻びを拾って姿を明滅させつつ機動する様は傍から見ると瞬間移動そのもの。

大気圏、重力圏を脱し超光速巡航。一息で最初の目標への距離を消す。

暗色の巨大なメタルを捕捉。そのまま近接戦闘、格闘、で撃砕。

目標の位置情報、戦闘であれば未来位置情報。

繰り出した右腕は槍状に変形しつつ伸張、インパクトの瞬間の終端最終速度は光速の数倍に到達、物質として結晶するほど強固に形成されたその情報系のエントロピーを飽和させ叩き潰す。

純粋エネルギーとして解放され爆散する様はまるで超新星。


まず、一つ。


瞬間、少なくとも人間には知覚不能な時間消費で砲撃モードへ。

連続砲撃。吐き出された一群の煌く巨塊が敵の射線を呑み込み虚空を薙ぎ払う。

惹き起されている現象は見掛けの間逆で、半径数十キロに及ぶその一発ずつがミニ・ビッグバンであり、引き裂かれた空間は滾り泡立ち白濁する。

光球が幾つか。たまやかぎや。


なるほど、メタルのホームグラウンドは宇宙にあるようだ。


圧倒的、隔絶を感じるメタルの身体能力も、太陽風等の破滅的な乱流が荒れ狂う高真空を泳ぎ渡り単身恒星間を飛翔する為の、むしろ当然ある意味最小限のスペックであることが理解出来る。


標準的な往還機でもそこらの地上否大気圏内のヴィークルと比べれば破格の性能を誇る。

ましてや所詮、一尺五寸の糞袋に過ぎない炭素ユニットなど論外、比較対象として無意味不適格というものなのだろう。



少ししてネヴュランサスが追いつき、参戦。

ペイルホーンは素直にフォワードを譲り、バックスへ。トバし過ぎだったのは明白で、センシング/管制に専念。

更にあたふたと駆けつけた軍警のワーカが残敵掃討に加わる。それを云えばこの一戦が”第一波”の残敵掃討なのだろうが。


ワーカというのはメタルを真似てというか指導の下人類がこねあげた泥人形である。

力場を封じ込めて形成されたボディを持ち、全環境適応メンテナンスフリーを始め一見メタルに遜色ない能力を持つが、如何様にも動力を汲みだせる重力井戸の底などではそれこそ永久機関のノリで使い倒せるのだが最も活躍を期待される宇宙空間ではイグニッションに必要な反物質の供給を最寄のメタルに頼る、そうでなければ呆気なくコスト割れを起こすのはご愛嬌。


引継ぎも現場検証も終了し、二人と2機は広調の引き揚げに同行することに。現地で今後の処遇が決定されるのだろう。


まさか二人が経営を引き継げるワケもなくその資格もない。


幸いにもジェミニプランニングは既出の通り健全経営で、会社整理をしても幾ばくかの資産は残るハズではある。子供二人を養育するに過不足ないくらいには。


「確か、お母さんの方の、お爺ちゃんとお婆ちゃんがまだいた、と思う。もう何年も会ってないけど」

「そう」

「お母さんとは何か余りそのアレだったみたいだけど、孫はフツーに可愛かったみたいで。たぶん・・・」

「ぼくは、今度こそ独り、だな」


「リックもおいでよ」

「え??」

「わたし、頼んであげるから。ね?」

「いやその」

「いや?なの?」

「ここで決められるモノなのかな」

「泣き落としでも何でもするわよ!」

「え?え?」

「アタシの言う事が聞けないっていうの?!」

「はぁ」


宇宙生活者の子弟の勉学はフツーに通信教育が標準である。

形態は幾つかあり、一般のスクールと大差ないネットリンクによるヴァーチャル学級も存在するがエリはこれには馴染めなかった。

クラスメートが相応にガキ過ぎて、というのが本人の弁だが場合により営業支援すらこなす日常にあってはまあむべなるかな。


学生か。


それもいいかもな、とぼんやりと想う。



そうはならなかった。



到着したのは広調の支部があるほどに栄えていて広調の支部があるほどに田舎なとある星系の第二惑星。


そして今日も質問尋問カウンセリングのヒアリングフルコースで一日を終えたところ。


もそもそ寝床に潜りこみ程なく寝入るとペイルホーンが現れた。


「や、こんばんは・・・アレ??」

「こうしてお会いするのは、お久しぶりですね」


妙に改まった調子で云う。


「もう一度、謝罪しておきたかったのです」

「あー」


なんとまあ。


メタルの至誠、忠勇、その天晴れなることや随一。


「その・・・ボクがいうのもなんだけど。ペイルホーンは頑張った、ベストを尽くしたと思うよ。そのときも、その後も。今も」

彼の父親を護れなかった。

その自責を背負い、軍の最前線に身を投じるほどに、だ。

2度目の戦闘で、疑念は確信に変わっていた。


「有難うございます」

「うん、許す♪」


だからさ、云い掛けたリックを遮り続ける。


貴方は、貴方方は、自身が思うほど矮小な存在ではありません。

私共などより遥かに強靭で、秀でているのです。


矜持を。しかし謙虚に。


剛く、生きて下さい。


吾が朋よ。


何かそれって・・・と思いつつ目覚めると。


コクーンの中。

しかし違和感が。

ペイルホーンでもネヴュランサスでもない。


ここは???。


<初めまして。いや二度目でしたか。リック・スウェイン様>

あ????

<私はタイタランス。盟約に従い、貴方に忠誠を誓う>

え?!?!?

当たり前だが盟約の掛け持ちなど有り得ない。

「ちょ、ちょっとおおお!?!?!」

<宜しく頼む。ネヴュランサスも>

<身命を賭して>

<御武運を>

「まて、まった!!ちょっとまってよおおお!!!」


衝撃。

意識が暗転。



さて。


地上でメタルが戯れるとどうなるかは既に示した。

なぜそうなるかも御理解戴けたことかと。


では問題。


人里でメタルがアレするとどんなナニなことになるでしょーか?



うーちいっとのみすぎちったかなげろれろ


ん?


あれえ??


あははあ傾いてるのはおれっちそれとも



はぁ?!ビルが倒壊したぁ!?

もしもし!!失礼ですがIDと氏名をもう一度・・・あれ、切れてる


「敵性メタルぅ?何を寝惚けておるのかねきみぃ」

寝惚けてるのは御前だ、を飲下し、

「事実です。全ての情報が」

閃光。

轟音。

再び街区一つが消し飛ぶ。

知事も屋外の只ならぬ気配に漸く気付く。

「わ、判った!とにかく直ぐに・・・」

「はい、今この場で」

「この場って」

「可能です。メモライザを御参照願います」

該当項目を通達。

知事は震える手で操作を行う。


対処マニュアルの中身は要約すると三行


1.非常事態宣言

2.管区の軍に対処要請

3.事態収束後は自然災害対処に準拠


「敵性メタル警報発令、敵性メタル警報発令。全機出撃せよ。これは演習ではない。繰り返すこれは演習ではない」

「敵性メタルだぁ?!冗談だろ俺たちに何が出来るってんだ!?」

「取り合えず出撃。偵察だ。センシングに徹しろ。」

「第一命令、生還」

「第二命令、情報収集」

「第三命令、触接の維持。ヤヴァそうになったら避けろ逃げろ。まあ間に合わんだろうが。死なない程度に気合いれてけよし行って来い」

「最寄の艦隊を呼び出せ。FTL?許可するそうだ平文でいい急げ!!」


何が起こったのか起こっているのか誰も理解出来なかった。

逃げ惑う暇も泣き喚く余裕も与えられることなく、ただ灼かれ、刻まれ、その他の構造物と共に吹き散らされて行くのみ。


10は直ぐ。

20は当然。

50は、何とか。

・・・気がつけば、100。


戦いは数だぜ兄貴と昔の偉い人が云ったとか云わなかったとか。

至言だが、これが適応されない局面もある。

1機のホンチョは10機のターキーに優る。

彼の分力を我の全力で討つ。


しかしやはり戦いは数である。

正直どうにも。

それでも、しかし。


被害極限。


市はあっさり放棄。

区も、あかんだめ。


牽制誘引からとにかく持久に転換。

自分が倒れたら、ほぼ間違いなくこの惑星一つ壊滅する。


大陸、うん今いるここ。


トレードオフ。コストについては無視の方向で。


何か、こう、引っ掛かるんだよね。


その疑問に答えが出ることは無かった。

今は。


そして彼は盟約に殉じるのであった。



喉の奥の小骨、言葉にならない違和感。

「これは、違う」

敢えて、発声してみる。

「何がですか、課長」

それが判れば苦労はせん。

瑣末な、しかし本質を感じる。

違うのだ、明らかに。


何が。


「うがー」

「ちゅ、中佐?!」

「いや、失礼。・・・今日はあがる」

「それがいいかと」

ワイズマン御乱心、課員はざわめく。


データを読み込む程に違和感はより強くなる。

気のせい、と云われてしまえば、しかしそれまでなのだが。今はそんなものに拘泥している余裕は確かにないのだ。

疲労していることも事実だ。公職にあるものほぼ全員がだが。


死者、行方不明者:現時点で2億5千万

推定被害総額:1京740兆


銀河に激震が奔った。掛け値なし、空前絶後である。


『未曾有の大惨事』

『テラフォーミングシステムのエラー、気象災害、スカイフック倒壊、ジェネレータ群暴走。因果関係は現在尚調査中』

『マクロテクノロジーへの過信、だが心配のし過ぎではないか』

『軍の不手際で被害拡大か。今後の対応が問われる』


一読、賛嘆の念を禁じ得ない。

完璧だ、一分の隙もない。

高級官僚と将官が集まり知恵を尽くしつつも方途に絶望していたものを紙切れ一枚で見事鎮静せしめてみせた。ペンは剣よりも強しとはこのことか。

極めれば、芸、その域匠に通ず。

流石は捏造の殿堂、「サンライズ・ジャーナル」と、日頃の煮え湯を忘れ思わず頭を垂れるしかない。


そう、多くの頸を晒して稼いだ貴重な時間だ。

一分一秒とて無駄には出来ない。


一先ず、彼は自身の決着を付けた。



-なんか1機のメタルが暴走した結果らしいぞ-


-陰謀論キタコレ-


-釣り乙-


-ソースキボン-


-え、これマジ!!111-


-見えないので再うpキボン-


上手の手から水が漏れる。

「通チャンネル」は銀河最大の匿名ネットコミュニティである。

そのユーザ、”ちゃねらー”の一人がバイト先で入手した文書が流出した。

結果、大規模な”祭り”が発生したがその実誰も信じてはいなかった、が。


『発端はメタル発狂か』

『沈黙を守る法務院』

『問い直される盟約の定義』


報道機関が一斉に追認する思わぬ事態に発展、世情は騒然。


”法務院”は盟約を司るメタルの代表部であり、人類との公式フロントでもある。

メタルは個にして全、というか元来共感統一されていたものが情報格差の蓄積の放置により個別化したのである、らしい。

ここにも盟約は深く関わっており、逸脱する者は”制裁”により”排除”されるとされている。


盟約は機能しなかったのか。イミナイジャン。


当初人災とされた惨事が昨今”大自然の脅威”と同列視されるメタルに投げられ、世論は振り上げた拳を気不味い思いで力なく降ろすより他無くなった。

メタルに公然と対峙出来るのは子供と職業家くらいしかいない。


「生かされてある」


しこりは残ったが事態は完全に沈静化を見た。



「りっく~」


反応ナシ。


ハンスト突入3日目。あるいは単に食欲がないのか。


まあ人間一月くらいなら食べなくても死なないというし。


子どもだ。新聞記事なんていちいち真に受けててどうすんのよ。


老夫婦は二人を快く受け入れてくれた。

”ワーカ”に搭乗して突然押しかけた理由も、リックについても深く詮索せず、佳き大人の包容力を以って。

落ち着くと、エリは”山へ芝刈り”を提案し、受け入れられた。

彼らが権利を持つその山林は人手不足によりもう長いこと放置されていたが、メタル2機の協力を得れば管理は容易い。

1週間に1本、”銘木”を見つければそれだけで4人食うには余るだけの仕事となる。


新聞社ぜんぶぶっこわしてぼくも死ぬと半狂乱のリックをはたき倒しお約束の

「そんなことしても彼は喜ばないわよ!」

決め付けると収まったがしかし2階の納戸に篭城してしまった。


もちろん、エリもペイルホーンを信じていた。

恐らく、何か”大人の事情”があるのだろう。


それが何かは見当もつかないが。



そして最後に、本当は大規模な”逸れメタル”の襲撃を受けたらしい、というウワサが巷間に流布された。

口伝は瞬く間に浸透し、関係諸機関がこれを公認することは無かったが何時の間にか”公然の事実”とされていた。

更に、実は敵性メタルとの”衝突”は日常的に発生していること。

乏しい軍事資源を遣り繰りして凌いでいること。

メタルに対抗出来るのはメタルで、軍に資源を集中することが最適であること。


等。


スッパ抜かれたりリークされたり評論家の口を通したり。


陰謀?。いやそれにしては。

でも暴れメタルもいやだなあ。

でも”戦争”はもっと・・・。


極めつけに当初、事故原因とされた各プロダクトを商うメーカが続々倒産或いはM&A、市場からその名を消すことに。


錯綜する情報の中、真実はもう”藪の中”としか思えない。


「そうか!判ったぞ!!」

グナイゼクトは机を叩きながら突然立ち上がった。

課員は全員もう慣れて、誰も反応しない。

そのまま座りなおすと突然どこかと猛然と通信を行いそれが済むと行き先も告げず出て行ってしまった。


「んーと、これは」

「あー真銀連ねえ。うんメタル排撃強硬派最右翼だな。」

「ふんふん。でも前はナシ、と」

「規模もなあ・・・」

「ん?」

「どした」

「うん、これも入れといて」

「うぃ」

「さて次は、と・・・」


そろそろ3時間行方不明?。さすがに課員が焦れてきた頃課長は疲れ果てた様子で戻る。

机の上にはその不在で「未決」が山積したが、グナイゼクトは何時もの如くそれを僅か数分で片付ける。

目くら判ではない。不備に対しては厳しい指弾のメールが飛び、或いは改善の示唆、優れた成果には賞賛も惜しまない。

基本的には文句なし優秀な人間。であればそことだけ付き合えばよい。課員の了解事項であった。



皆が寝鎮まったのを見計らい、彼はそっと寝床を離れた。


ぬきあし。


さしあし。


しのびあし。


途中、一度深々と頭を下げる。


そのまま屋外へ。

そして。


「で?。今度は法務院にカチ込むことに決めたってワケ?」


ぎゃふん。


リックは思わず天を仰ぐ。

「えー、あー」

そーと背後を見やると・・・


初めて見るかつてない憤怒を貼り付けたエリが腕組みして仁王立ち。

本能に根ざす深いところから発せられるレッドアラートに従い、何か言い掛けようとしたその言葉が喉の奥で凍り付きそのまま割れ落ちた。


と。一転。


記憶に間違いが無ければこれも初めて見る、まるで美少女キャラの様な、いや実際こうすると美少女以外のなにものでもないのだが、見るものを芯まで煮崩すような微笑みを浮かべ。


「それは、いいの♪でもね」


エリは歩み寄り、そのままリックを抱きすくめる。


心臓がハネ廻る感触。ナニナニナニ???。


「何で独りで行こうとしたのよ!!!!!」


一息に締め上げた。


「!!!」

「ワタシのこと、キライなの?!」

「い、いや」

苦しいのは胸だろうか息だろうか。

「だったら!なんで!!」

「でもあぶな・・・」

「で?!」

「で、って・・・」


「あなたが路半ばで倒れて!残されたわたしはどうすればいいの?!待って焦がれて灼きつくされて独り寂しく塵に還れ・・・あ。えー、もしもし??」



これも御約束だが唯一のオーディエンスは既に退席している様であった。


乾坤一擲の熱演が だ い な し である。責任者出て来い。



「ちーっす」

「ちーっす」

「んで、どうよ」

「まあ待てそれがな。・・・御前、マジでこっちにこね?」

「いやまあそれはそれで」

「んー、で、だ・・・」

「ふんふん・・・」

「・・・」

「・・・なるなる」

「だあ、な」

「んー。そかー」

「で、どーするよ」

「どーしよーかねぇw」


今日も課長は朝から行方不明だが最早課員の誰一人それを気にしていなかった。

問題ない、業務が流れている限り全く無問題。

物理的に着座していようがいまいが、彼のデスクはほぼリアルタイムに稼動応答していることに誰かが気付いたとき以来である。

課長元気で留守が佳い。三課は今日も平和であった。



-◆9tvQk257iA:すみません、初カキコです。法務院について調べているのですが所在地を御存知の方、教えて頂けないでしょうか? <(__)>-


-過去ログ1000回嫁や-


-いや法務院は無かったとオモワレ-


-マジレスだが、君の心の中に在る-


-遅レスだが法務院は無いな-


-太陽系だね。月まで逝ってみそ。悪いがソースはない-


-やっぱ月かね-



法務院に限らず、現代の役所は原則”ブラック・ボックス”である。

黎明、役所というものは無数に存在する窓口の中、申請者が”正解”を求めて右往左往するシステムであった、らしい。そんなものがまともに機能していたとは到底信じられないが歴史が示す事実である。

現在、役所の窓口はご存知の通り常に一つである。しかも99%自宅からでも用は足りる。揺り篭から墓場まで、住民が求めるサービスは申請に応じ各担当職員がフレキシブルにこなし、提供する。ユーザにとっては実にシンプルな構造となった。

蛇口を捻れば水が出る。その構造を利用者が理解する必要は基本的には無く、無論、求めに応じ常にディスクローズ可能でもある。


数少ない例外の一つが、”メタルライダー資格申請”。


ゲノムを始め、申請者は個人情報を完全に丸裸にされた上、各種身体能力まで精査される。

説明は一切ない。

その上で、許可が降りるのをただ、待つ。

それは明日かもしれないし、一生縁が無いのかもしれない。


メタルは極々少数が、現在も”生まれて”くるらしい。


メタル生誕の地は、勿論極秘である。


資格審査も行っているとされる法務院もまた、その実態は深い謎の底に在る。


「月、ねえ」

「月だねえ」

「太陽系、よね」

「そうだね」

「・・・太陽系って遠いよね」

「・・・太陽系は遠いね」


溜息をつき、思わず顔を見合わせる。

顔が赤らむのが判るが、視線が切れない。

互いにそのまま寄り合い、そして。



お世話になりました。

二人は揃えて声を張る。

気を付けて、何時でも帰っておいで。


このまま太陽系まで跳んでいくことは不可能ではないがさすがにそれはちょっと。

が、ローカル便に乗り、

1.重力井戸を這い上がり

2.のたくさラグランジュまで内宇宙航行に付き合い

3.ゲートを抉じ開ける莫大な経費を支払い

4.着いた先で前後入れ替え以下同文


は、更に余りにもアレ過ぎる。


当然の帰結として、キリのいいとこまで独行し、メタルが運行補助する高速長距離便に接続しようということに決まった。


未体験の長旅ではあるが、所詮、ただの長距離移動。現地でどうなるかともかく”月”までは別に何の障害もないだろう。


もちろん、フツーならそう考える。



「軍警察だ!抵抗する者は・・・にょれ」


ひゅるりら~


寂しい風が吹き過ぎる。

もぬけのカラどころか塵一つ落ちてないんでやんの。


がちょーん・・・orz 突入班は力なくその場に崩折れた。


直前まで触接を維持していたハズの観測班は同じ街区のダストボックスで発見される。

こちらも、撤収の鮮やかさと同様見事な手並みだった。蘇生はもちろん、如何なるマイニング/リサーチも受け付けない程徹底的な処置がなされている。


が、本部以外の各支部事務所は全く無抵抗のまま奇襲制圧を受けていた。切捨てられたのは明らかで、当然、さしたる成果もない。


しかし、敵も”プロ”の力は見誤っていたようだ。

塵屑のようなデータが推計モデルに流し込まれることでインフォメーションとしての実態を現す。


摘発直後からの、財界人、高級官僚、軍上層での事故死、病死、失脚。

世間一般ではそれらの連関を伏したままに。


任意団体、「真銀河連盟」はこうして消滅。少なくとも表面上は。


メタル排撃を謳いつつ、目指していたのはメタルの隷属と使役、か。

つまり盟約を破棄させた上で改めて人間に無条件で服属しろ、と。


「・・・有能な人材に因果を含めてただ働きを強制するようなもん、かな」


何というか、理解に苦しむ。共感したくないとグナイゼクトは思う。

”生かされてある”か。そうだろうとも。

メタル達が変心し、その気になれば我々は一夜どころかこの瞬間にたちどころに滅亡するだろう。そんなことは子どもにでも判る理屈だ。


それを、彼らは盟約を以って自戒し、融和を示してくれている。

我々もそれに胡坐を掻いてはいない。対等のプレーヤたるべく日夜努力を続けている。

加えて敵性メタルの脅威も顕在している。


そしてここに至り、法務院は我々人類の敵を共に敵とする旨の意思表明をしつつある。いうなれば攻守同盟の締結。これは極秘だが。


何を好き好んで。二正面は最も基本的な愚策。


足るを知らざるは不幸の始まり。

と、説法しても仕方がない。


道理は文官に任せる。

彼は軍人である。


使命は護民。

目的は安寧。

醜の御盾、汚れ仕事。


”物騒な軍人など、居なくなればいい”人々が太平楽にぼやくこの桃源郷を護り支えるのが、職務である。


「外患誘致、か」


度し難いのは、彼等が敵性メタルに内通している、或いは利用しているフシが見受けられること。

盟約、つまりメタルに対抗するには当然、メタルをぶつけるしかない。

もちろんそうだが、しかし。



純粋な怒りを覚える。


と、ちょうどそこへ。


「課長、かちょう!!。いちだいじですよ!!!」


珍しく課員が肉声で呼び掛けて来た。


「あ、何だ」

グナイゼクトは間の抜けた声で応じる。


いつの間にか昼休みの時間。


課員が部屋の一角に群がっている。

ビジュ・ネットのモニタの前。


誰かがボリュームを上げた。


「・・・つまり、盟約と称し、我々人類を愚弄し・・・」


「何だと!!」


駆け付けた彼に課員が席を譲る。



「人類の真の栄光の為に!!我々真銀河連盟は法務院に対し宣戦を布告する!!」

「敵は盟約、法務院にある!!」

「人類相撃は相互の不幸である!!しかし法務院に組するもの、その唾棄すべき走狗はこれを完全に覆滅する!!」

「賢明なる判断と決断を期待している。以上」



真銀河連盟の武力蜂起と先制奇襲攻撃に対し、銀河連合政府と軍部は完全に後手に廻った。

作戦戦術的にもそうだが、法制と規約が追い討ちを掛けた。


厳正な文民統制により、何事にも市民投票による議決、それも過半ないし3/4の同意を得なければ行動不可能なのである。


まず軍の作戦中枢であり宇宙軍の母港でもある「オリオン・ステーション」が壊滅した。

MBH、反物質弾による飽和攻撃にも耐え、勤務する生産職メタルの支援により単独で半永久的に作戦行動可能とされた一大軍事拠点は、僅か数秒で宇宙の塵と消えた。攻撃型メタル数百機の奇襲、続く強襲を受けてはどうにもならなかった。

対敵性メタルパトロール任務によりオンステージにあった各艦隊が次に標的とされた。

ある意味、寧ろこちらの損害の方がより深刻であるといえる。実戦経験豊富な熟練ライダーとメタルの大部分を緒戦で喪失したのである。


無論、軍も一方的に叩かれたワケではない。


緊急避難的「正当防衛」により、可能であれば敢然と反撃し、相討ち以上の損害を真銀連に対し与えていた。特に開戦直後のオリオンステーションを巡る攻防では、拠点の防衛には失敗したものの反撃により敵戦力を全滅に追い込んでいる。

或いは軍にフリーハンドが与えられていたなら、追討により事態は早期の終息をみたかもしれない。アマチュアがプロに勝てるのはフィクションの世界だけなのだ。ましてや真銀連はアマチュア以前のただの過激派思想集団、テロリストに過ぎない。

もちろん、そうはならなかった。世情は未曾有の混乱に達し、議会の開催すらままならない状態だった。


そう、"戦争"なのだ。


余りにも太平が過ぎた。「戦争はイヤだ。やりたい同士で勝手にやってくれ」などという意見が当然のように提出され、賛成多数で可決されるような”惨状”にあった。

初回の敢闘もマイナス効果として作用してしまった。「残虐だ」というのである。「軍は本職なので不公平。格差是正の為にも先制攻撃禁止」「作戦行動は市民投票の決議を得る事」等などはらほろひれはれ。



騒擾は続き、終わりは見えない。



「あんああああイヤンなっちゃったあんあああ驚いたっと」

「なんだソレ」

「古の吟遊詩人の詩。タイトルは”絶望”いや”倦怠”だったか」

さすがに大いにヘコまされた。ほぼ総てが裏目った。求めに応じての意見分析情報提供。いや責任はないんだけどさ。


敵性メタルの圧迫。


法務院との調整、内部不安の排除。並行して、総力戦への整備及び移行。


作三の職務は作戦戦術に纏わる軍事について各種研究及びその為の各種情報取り扱い。いうなれば軍務に特化したシンクタンクである。或る意味、軍の作戦行動の総てに責任があるともいえ、しかし実際の判断と決断は各級指揮官のものでありであればその総てで局外にあるともいえる。


”第二次鉄血戦争”は最早不可避。


最悪想定では今、この瞬間でもおかしくない。軍と各省庁は合意の下、敵性メタルとの大規模軍事衝突への対処を極秘の内に進めていた。

陰謀ではない。社会不安を慮り、またあらゆる方策、準備万端最善を尽くした上で、市民総会決議の審判に諮られる予定となっていたのである。


そこへ、今回の降って沸いたような騒動。しかもその最中。


『軍と官僚の暴走』

『極秘戦争計画』

『文民統制の理念は何処へ。猛省を求める』


最悪のタイミングでスッパ抜かれた。


極めつけは先の”災害”で人々に植えつけられた法務院と盟約への拭い去りがたい不信感。


グナイゼクトもこの一点には猛反対した。

盟約こそが来る戦いでも根幹を成す存在であり、同時に戦力でもある。何に換えても最優先で護らなければならない、と。


法務院とメタルは強大だが、人とメタルを繋ぐ盟約は存外脆く儚い。それは、相互の無条件の信頼関係。差し出された手を素直に受け取れる度量と謙虚さ。


しかし、では、といって有効な代案を提示出来なかった。結果は既に見た通り。


当時の状況と情報が錯綜していたのは、一面、事実でもあった。


事件に対し、法務院が無関心であったこと。

盟約メタルが1機、符合する時系列で行方不明にあったこと。

敵性メタルの活性化の確認と更なる対処推進。

各職の引責と対応人事。

あれやこれや。


暫くして、もしかしてアレは、いやあれこそが盟約の尊守だったのでは、と誰かが言い、慌てて再確認、事実認定がなされたがもう後の祭りであった。皮肉にも情報作戦の大戦果により、既に世論は事件に対し、理知的な”傾向と対策”モードから情動的な”追悼”モードに切り替わっていたからだ。


-常設・英雄メタルの真実を語り継ぐスレ-


それこそ”ちゃねらー”達が燃料投下に喜んだくらいである。


今回、連盟の無法を糾弾する声に交じり、少なくない声望も集まりつつある。

幾つかの企業を始め、各種団体には連盟支持を公式に発表するものも出始めている。


部隊の士気も問題で、テロリスト討伐ではなく次第に内戦の様相を呈する状況に厭戦の気配が滲む。


同胞に矛先は向けられない向けたくない。古の軍隊は平気で同族殺しをしていたというがそんな先祖返りは御免蒙る。


実際、除隊申請が不気味な増加傾向を見せている。一戦も交えず投降してしまう例も。

社会正義に燃えての新規入隊と法規的な原隊復帰もあるので現在は何とか廻っているが。



「雨降って、地、固まる、か?」

確かに、無事、事態が終息すれば。人類は真の脅威に今度こそ一枚岩となって立ち向かえるだろう。


が、豪雨は衰える兆候すらなく、地は泥濘と化し洪水は辺り一面を水没させ、地滑りすら起こりそうな山鳴りまでが聞こえて来ている。



「あんああああイヤンなっちゃったあんあああ驚いたっと」

「あによソレ」

「古の呪術師の詩。厄払いの効果があるんだって」


一夜明けたら戦争が始まっていた。


正確には出立から約一週間ほど経過しているが。

移動中はコクーンの中仮死状態で夢も見ずに爆睡していたので感覚的には”一夜明けたら”。


当局は慎重に”戦争””内戦””内乱”等の言い回しを避けているが、各報道機関は押し並べて不安定化工作のお先棒を担ぐが如く戦争センソウと連呼している。傍から見ていると実に楽しげだが実際楽しいのだろう。売上とか。


通商破壊戦での攻め手有利とか無制限戦など宣言していない心外である我々は匪賊ではないとか喚いてみてもどう見てもテロリストです本当に有難うございましたな連盟とかは正直どうでもいいが。



「全便欠航」



困った。


全くいいメイワクでしかない。

どっか他所で勝手に存分にやってくれとマジでむかつくことしきり。


と。


<御探ししていました>


「?!」

「・・・」


<法務院までの御案内、承ります>


(珍道中が本筋だというのがここまできて判ったんですが今回は割愛で)


「聞こえた?!」

「・・・うん、聞こえた」


<我々はセイバーナイツ。かつて”救星主”に御仕えした近習共です>



所謂一つの「どこでもドア」、超空間回廊を通って取り敢えず到着。


どうぞ、奥へ。



「えーと、はじめまして」

「・・・」


<<ようこそ、と云いたいが>>


<<また昨今は随分と騒がしいことだ>>


<<望んで得られる以上の豊穣に満たされ、尚、この狂騒を望むか。度し難い。全くもって救い難いな、人類という種は。そうは思わんかね?>>


それはまあその通りだね、とリック。


「でも、それも含めての”盟約”なんでしょ。違うの?」


<<それは、まあ。うむ。その通りだ>>


制覇せよ、光輝の海を、か・・・


声は呟く。それでこそ、か。これで佳い、のだろうな。と。


「じょうだんじゃないよ!!いいワケないじゃないか!!」


<<そうだな。誰かが鎮めねば>>



どっちなんだよ。



<<もう、判っているだろうか>>


「先史文明、先行人類の?」


<<精確には帝國軍人の、将官だ>>


「ワタシは?ねね」


<<その妻、だな>>


エリ、小さくガッツポーズ。


「・・・筋書き通りってコト??」


<<・・・心外だ。そうではない。それでは意味がないのだ>>


「まあいいさ。やるよ。とにかく今は」




決戦。


連盟本拠への攻囲。


連盟はもちろん全力、連合も根こそぎ動員。


お互い、勝っても負けても大損害。


連合の攻撃開始直前、2機のメタルが乱入。


敵味方問わず進路上の戦力を”無力化”させ、連盟本拠深部へ向け突き進む。


最深部で”緊急回線”を開放。


戦場の全戦力を”原隊”の最上級者として指揮下に置く。


現有戦力の全てを失った連盟は今度こそ降伏、消滅。しかし首謀者は行方不明。



「何となくだけど、判った」

「何が?」

「次にやること」

「まだあるの?」

「うん」


「まだもう少し、つきあってくれる?いや、ついてきて欲しいんだけど」

「しょうがないなぁ」


超光速巡航に突入する2機のメタルが発する光の粒子が天の輝きを一瞬倍する。


静寂が戻り、そして新たな伝説が残った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Trttss-3、かな、たぶん 大橋博倖 @Engu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る