『ロケット嫌いな妻に捧げる傾向と対策、その一事例について』
大橋博倖
第1話
妻の「ロケットキライ大キライ!!」にも困ったものだ。
いや、確かに私はあの時、
妻の御両親の臨終に立ち会えなかった。
その言い訳はしない。
そして私自身、望んで前線に在ったのだから。
老夫妻は、永年の夢を実現した。
銀婚式を経て、憧れであった月周遊旅行へ
嬉々として旅立っていった。
初めての遠足に喜ぶロー・クラスの生徒もかくやのはしゃぎようだった。
「わたしは初めから反対だったのよ!!」
と妻は言ったが、私は初耳だった。
スペース・エンジニアとしての私の収入は、
「親孝行の役に立つ」
と、彼女は私に言い切った、はずだ。
それでも私は彼女を迎え入れた。
私にとっては、彼女はベスト・ワンだったのだ。
「ホントは、あ、貴方なんて好みじゃないのよ!?」
といいながら私の自家発射台にむしゃぶりついて来る彼女。
まさか、こんな絶世の美女で、しかもリアルツンデレが、
私の妻になるなんて。
しかし、”あの事故”が総てを打ち砕いたのだ。
それから、一人息子が生まれ、
私はそのまま現在の職を全うし、そして退職した。
中途就業であったにも関わらず、退職金は十分なものだった。
或る日、息子が息を切らせながら学校から帰ってきた。
「パパ!!」
「あ~頼むから”親父”かせめて”父”あるいは……」
しかし興奮しきった息子の耳には届かない。
「パパ!!ホントに英雄だったんだね!!」
「あなた!!」
絶妙のランデヴーだ。さすがは親子か。
そう、息子にだけは、真相を打ち明けておいたのだ。
当然、我がオペレーションの基、
大量のプロペラントの供給をうけつつ尚、定常加速にある、
我が愚息の将来の第一志望は「船乗り」
次席が「宇宙技師」
「学校の先生が今日、人類を救った英雄の一人だって、
パパの名前を授業で言ってたんだ!」
「でも、ケスラー・シンドロームって何なの?」
何かが派手に壊れる音がした。
あぁ・・・彼女の事故処理は粗雑なので
結局は私が始末を付けるハメになるのだが……。
……そう。
彼女の父母が乗り込んだスペース・プレーンは、
全くの、人類が想定すらしていなかった、
「攻撃」
を受け、
大破、スタンピードを起こし、そして……。
「亜光速」
光速の約65%まで加速された「流星雨」。
気象観測所は最後までこれに気付かず、
偶然、メンテナンスを兼ねた軌道軍による、
スカイ・スイープがこれを探知したときは、
もう総てが、
「人類」にとっては手遅れだったのだ。
「攻撃」から推定された、
「攻撃目標座標」を間逆にした方面、
それを更に絞り込んだ幾つかのポイントに向け、
官民共同による、
全力でのディープ・サーチが計画準備実施され、
辛うじて”それ”は発見された。
完全に地球を直撃するコースだった。
その瞬間から我々は、
「索敵行動」から「迎撃作戦」へと、
総てのリソースを振り向ける必要があった。
当時、事態を受け対策本部に出向していた私も、
引き続き、民間部門宇宙資源の統括指揮を、
続行するしかなかった。
いや、志願が受理されたのだが。
完全なデスマーチだった。
過労で倒れた私はそのまま入院し、
ベッドの上から指揮を続けたが、
体内臓器の30%が常時異常の状態に陥ると、
遂にドクターストップが発令され、
止む無く、最前線から退くことになった。
そのまま手術が行われ、
身体の過半が人工臓器に置き換えられた。
料理に関してはかなり凝り性な、
妻の、手作りラーメンの絶妙なスープを味わう機会も、失われた。
スペースプレーンはもちろん、シャトル、港湾設備、整備施設、関連工場。
総てが不足しており、必要量を確保する必要があった。
予算不足でグズついていた軌道エレベータが、
あっという間に立ち上げられる程には、急迫した状況だった。
人類滅亡の危機を向かえ、
皮肉にも、宇宙産業は大盛況だった。
その後、軍事予算が増強され、
少なくとも、当時の規模の100倍の、
「攻撃」に、
地球、月圏は抗甚し得るとの公式発表だが、
喜ぶべきか、未だ実戦の機会がなく、
さて、どれほどのものやら。
「ごめんなさい、わたし・・・」
「ん?」
「な、何でもないわよっ!!」
めでたく、喪われた日常が戻ってきた。
人類を救った英雄の一人としては、
ささやかな報酬かもしれないが、
私にとっては万金とも替えようが無い幸せだ。
今回のVIPはもちろん我が一粒種。
何か買ってやろうか?
そうだ、これを機会にミニ・ロケットを買ってやろう。
今度の日曜日、海岸まで家族そろって、
ロケット・ローンチを愉しもうではないか。
今度こそ、妻も反対はするまい。
そう、ケスラーシンドロームなどととんでもない。
もちろん地球・月圏にとり、地球軌道がデブリに占有されるのは破滅的事態だ。
そしてそれは、
花よりも海よりも、
夜空に輝くミルキーウェイを愛する妻にとっても絶望的事態に他ならないのだ。
あのとき、私は地球を守ったのか。
両親を失った妻をこれ以上悲しませたくなかったのか。
まあ、もうどちらでもよいか。
それにしても。
いくら門前の小僧とはいえ、
スジモノにしか通用しない単語にきっちりリアクションが取れるとは。
全く、妻のツンデレも筋金入りだ。
残った自身の右腕で、
力任せに抱き寄せたくなるほどには。
『ロケット嫌いな妻に捧げる傾向と対策、その一事例について』 大橋博倖 @Engu
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