イキル。 ~special episode~

seras

『七夕の願い』

「たなばた?」


珠依がご機嫌な様子で僕に話しかけてくる。


「そう! 七夕! 今日は7月7日でしょ? もしかしてイキルお兄ちゃん七夕知らない?」

「ん……ごめん……知らないや……」


確か、小さい頃、そんなような言葉を聞いた事があるような気がする。だけど、僕はそれを知らない。お母さんは教えてくれなかった。


「織姫と彦星っていう人がいるんだけどね、2人は夫婦で神様に離されちゃってるの……でも年に1度この7月7日だけ会う事が出来るんだよ!」

「どうして離されちゃったの……?」

「2人は愛し過ぎて仕事を怠けるようになっちゃったの。 だから怒った神様が2人を離したんだよ。 だけどそれで悲しくてもっと仕事しなくなっちゃって、それなら年に1度だけ会わせてあげるからちゃんと真面目に働きなさい! ってそういう話だよ!」

「ふぅん……可哀想」


 なんだか切ない話だ。愛し合う2人……か。


「それでね! 短冊に願い事を書いて笹に付けるの! そしたらお星様がお願いをきいてくれる日でもあるんだよ!」


 珠依の手には短冊とペンが握られていた。珠依はそれを僕に差し出してきた。


「イキルお兄ちゃんも願い事しよ!」

「願い事……」


 戸惑う僕を置いて珠依はぱたぱたと軽い足取りで部屋を出ていってしまった。僕はぼんやりと渡された何も書かれていない短冊を見つめる。


「……願い事なんて、僕には……」


 今で十分幸せなんだ。これ以上望むなんて僕には勿体無い。何も思い付かなくてぼんやり窓の外を眺めていると、突然目の前にぽつんと何かが落ちてきた。


「……雨?」


 みるみるうちに空は灰色の雲に覆われ、大きな雨粒が窓を濡らしていく。


「これじゃあ星が見えない……」


 僕は階段を下り、縁側をそっと覗いてみた。そこには悲しそうに空を見つめる珠依がいた。


「……珠依? もう少し家の中に入ってないと風邪ひいちゃ……」

「雨……降っちゃったね……これじゃ織姫様と彦星様会えないね……お願い事も、きいてもらえない……」


 珠依の手の中には短冊があった。短冊に書かれたそれは少し歪で、だけど一生懸命さが伝わる字だった。


『いきるおにいちゃんのおねがいがかないますように』


 そう書かれていた。


『……珠依。 大丈夫、きっと晴れるよ」


 僕はそっと珠依の頭を撫で、部屋へ戻った。それから窓の外の暗い空を見上げる。


「……神様、どうか、どうかお願いします。 僕は……優しい珠依の為にちゃんとお願い事をしたい。 だから、晴れさせて下さいお願いします……」


 何分、何時間経っただろうか。ずっと祈り続けていたらいつの間にか寝てしまっていたようだ。


「イキルお兄ちゃん!」


 せわしない足音と声に意識を引き戻され、そっと瞼を開ける。


「雨! 止んだよ! 見て!」


 慌てて窓を開ける。一瞬だけ涼しい風が吹き抜ける。空いっぱいに溢れんばかりの星が瞬いていた。


「……晴れた」

「えへへ! 私、笹に短冊吊るしてくる! イキルお兄ちゃんも早く来て!」


 珠依はそれだけ言うと嬉しそうに駆けていった。僕は机の上の短冊に目をやる。


「僕の……願いは……」


 僕の望む事は……

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