第四章 幼馴染み

5


 旅介と飛鳥が大広場に着く前、静と縁は食べ物を買いに商店街に行こうとしていた。

「静ちゃん、本当に大丈夫なの?」

 クリスティア大聖堂を出てから、周りを気にする縁は怯えながら静にしがみ付きながら静に言う。

「もう……縁ちゃん。しがみ付かないでよ、歩き難いよ」

 縁は怯えながら静の腕に抱き付いている状態で歩いている。

 勿論、兵士達が侵入者について聞き込みをしている中、静は爽やかに答えてやり過ごしていた。

 しかし、この兵士達はやけに焦っていた。

 色んな店の人に聞き込むのは尋常ではない。と思っている間、駄菓子が置いてある店に辿り着いた。

 この店も一軒家で、物貨屋と大して変わらない。

 店の名前は「一文着」。

 この街には変わった名前の店が多い。一体誰が決めているのかは誰にも分からない。

「御免下さい」

 静は辺りを警戒しながら挨拶をした。

 だが、店内は静か過ぎる程だった。

「……返事ないね。寝ているのかな?」

 静は疑問に思い、敷戸を開けた。

「あっ!」

 静は驚きの声を上げた。

「どうしたの……」

 縁も覗き込む。

 店内は荒らされていた。菓子類は床に散乱し、棚や柱などが壊されていた。

 そして、二人は尋常ではない光景と共に邪悪な気配に気付いた。

「どうやら、中に、誰か居るみたいだね。静ちゃん、離れていて。私が部屋を見るから」

 縁は店に入り、散乱しているお菓子を踏まないように進んだ。そして、目の前にある襖(ふすま)に手を掛け、開けた。

「っ! 少し開けただけで……こんなにも……」

 周りに漂う、邪悪な気。それは『悪意』と呼ばれるもの。

「昨日と今日で、こんなにも大きい悪意に遭遇するのは……気分が良いとは言えない。一体、誰の悪意なんだろう?」

 縁はお腹を押さえながら、襖を全開にした。

「うっ……!!!」

「やれやれ、まさか開けるとはな。とんだ好奇心だぜっ! ある意味、あっぱれだよ」

 兵士なのかは分からないぐらいな大男が、この店の店長であろうおばあさんの口を塞ぎながら呟いた。

「むーっ!」

 おばあさんは何かを言おうとしているが、大男が口を塞いでいて何も分からない。

 だが縁は、おばあさんの言っている事が薄々分かっていた。

「『逃げなさい』、……か。これは……思ったより、強敵かもね、ははっ!」

「何、ごちゃごちゃ、言ってやがる!」

 大男は、おばあさんの口を塞いでいた手を離し、その手で火の玉を放った。


「うわっ!」


 かろうじて避けた。だが……

「静ちゃん!」


「えっ!」


 きゃーと叫び、しゃがみ込んだ。

 その火の玉は、そのまま敷戸を燃やすかのように爆発した。

「ふう、良かった。どんな炎でも燃えないように出来てて。流石、私だね」

 ゆっくりと立ち上がり、現状を見る。

「酷い! なんで……こんな事に」

 さっきので、一部の物が焼けてしまい、灰になってしまった。

「逃げなさい、二人共!」

 おばあさんが叫び、二人は驚きの表情を浮かべた。

「逃げろって、言われても……朝霧家の門弟として見過ごす事は出来ないよ、おばあちゃん。どうやら……」

 縁は含みの笑いをし、手を合わせた。

「縁ちゃん……まさか!?」

「今ので、人払いの結界が張られた。だから、朝霧家の門弟として、彼奴を倒す!」

 縁はそう言い、真剣な表情で大男と対峙する。

「くっくくく、お前みたいなチビに何が出来る! 潰れろ!」

 大男は縁に向かって、拳を振り下ろした。

 そして。


「波動は我にあり!」


 突然と周りが光り出し、その光りが縁を包み込むように上に伸びた。

「……くっ、なんだ、この光りは!」

 大男は眩しさで目を覆う。

「縁ちゃん!」

 静は、必死で名前を呼ぶ。

 眩しい光りがやがて消え、縁は平然と立っていた。

「久し振りの解放感。さて、始めますか、浄化活動を」

 縁はニヤケながら、いつの間に持っていた刀の刃を上にし肩に載せた。

 自信満々に堂々としていた。

「くっ! なんだ、何も変わってねーじゃねぇーか。くっくくく、脅かせやがってよ」

 大男は縁に向かって、突っ込んだ。

 そして……


「あ~やれやれ。そんな、大振りじゃ」


 しゅんと軽く避ける。

 大男は、そのまま壁に激突した。

「…………! あはは、やれやれだね~」

「縁ちゃん」

「静ちゃんは、おばあちゃんを頼む。私はやらなくちゃいけないから。おばあちゃん、後で、お金を払うから。チョコボール、貰うね」

 縁は床に散らばっている菓子の箱を取り開けた。

 それは、チョコボールの箱だった。その中から二個を口に放り込んだ。

「む~甘い。これで元気が出た! さぁ、行くよ!」

 縁は刀を手に持ち、駆けた。

「おばあちゃん、大丈夫?」

「あぁ……大丈夫じゃよ。しかし……あの娘は大丈夫なのかい?」

「……うん、大丈夫。縁ちゃんなら、なんとかしてくれるよ」

 笑顔で応えるが、ちょっと不安げである。

「あの、静ちゃん達は……なんなの?」

「おばあちゃん、それは後でね、悪意を浄化するから」

 静はおばあちゃんに手を掲げた。

 そして、静も同じように周りが光り出した。

 おばあちゃんの身体から出ていた、悪意が浄化され、静は安堵した。


 縁は、大男と戦闘していた。

「くっそー! ちょこまかと逃げやがって!」

 大男は無数の火の玉を縁に向けて放した。

「ははっ、当たらない~当たらない。なら」

 縁は素早い動きで、大男の懐に潜り込む。

「ちょっと、痛いかもよ。朝霧流・疾風絶!」

 と言い、大男の腹に風圧の衝撃をぶつけ、そのまま上へと吹き飛んだ。


「ぐっふ!」


「ほう~飛んだ。さて、と。このまま一気に終わらせないと。長引けば、厄介な事だからね。どうしようか」

 縁は刀を構えた。


「ぐっ、おおおぉぉぉ!」

 

 大男の雄叫びが上からし、それを笑うかのように縁が言った。

「猿も木から落ちる、って事かな。行くよ。朝霧流・風力浄化!」

 刀を振り下ろし、風圧が大男の方に向けて放たれた。まるで、光の風が光線のようになって。


「……がっ、ぐっあああぁぁぁ!」

 

 一振りで悪意のオーラが消えた。つまりは。


「ふう、浄化完了!」

 

 大男の黒いオーラがなくなり、身体が戻りながら、地面に叩き付けられるように落ちた。

「ぐっ、がはっ!」

「うわっ、あれ……身体が小さくなっている」

 大男は元々普通の体型の男で、兵士だと思ったが、一般の住民だった。

 どうやら、悪意の影響で巨大化していたみたいだね。

「まあ、ともあれ、終了だよ」

 つうか、飛鳥は一体何をやっているのかな。人払いの結界と言っても、波動を使える者なら、その悪意を感知出来る筈なのに。

「まあ良いや、静ちゃん、どう……こっちは!?」

 縁は大声で呼ぶ。

「…………」

 返事がなかった。

 縁は店へと、駆けた。


「静ちゃん!」


「縁ちゃん、シーっ。静かにして。今、おばあちゃんを寝かしたから、起きちゃうから」

 静は寝てしまっているおばあちゃんを布団に寝かし、毛布を掛けて、散らかっている物を片付けていた。

「静ちゃん……おばあちゃんの具合は大丈夫なの? 相当、悪意の影響を受けていたみたいだけど。悪意に呑み込まれてはないよね」

「うん、それは大丈夫だよ。おばあちゃんの悪意は、私が浄化しておいたよ。……縁ちゃんも手伝ってよ」

「そうだね。そんな事より、浄化……出来たの?」

「縁ちゃん、それ、どう言う意味なのかな。私だって、波動の修行をしていたから、出来るよ」

 静は頬を膨らませて、そっぽ向いた。

 縁はあははと笑い、片付けに入る。

「良かったよ、私。まだ、波動を覚えていた事に」

「もう……からかわないで。あの時の事を思い出させないでよ」

「ごめん、ごめん~もう言わないよ。早く片付けをしよう」

 静ちゃんにとっては、思い出したくはない過去だからね。気を付けないと。

「所で、巨大の人は、どうしたの?」

「うん~道路でのびているよ。もう巨大じゃない。もう元に戻っているよ。安心して良いよ。しかし、悪意って、色々あるんだね~」

 縁はそう呟きながら、お菓子を集めては箱に入れる。

「ねぇ……切りがないから、飛鳥達を捜そうよ。そして、これを手伝わせようよ~」

「悪いよ、それは」

「悪くないよ。私達は、悪意の浄化でヘトヘトなのに、ちっとも、助けに来ない飛鳥にやらせるべきだよ!」

 怒りながら拳を握る。

「はぁ~縁ちゃんは、変わらないな。はは……」

 静は怒る気にもならない程に肩を竦めた。

「もう人払いの結界は解かれているね。さあ、行っくよ! 静ちゃん」

「……でも、おばあちゃんを一人にして置く訳には……」

「大丈夫、だよ。道端にのびている人に任せれば良いのさ! はは、もう悪意はないんだし、人は襲わない」

 気楽に言う縁は、その道端にのびている人を指差した。

 どうも噛み合わないな。

「……縁ちゃんが大丈夫って言うなら行くよ。私も旅介に会いたいから。怪我の具合も心配だし」

「旅介? まあ良いや、さあ行こう」

 縁はニヤっと笑い、道路にのびている人を起こし、おばあちゃんの事を頼み、そして大広場に向かうのだった。


「しかし、人払いの結界の中は、時間までもが止まっているからね。時間の感覚がどうにもね……」

 人払いの結界には、波動を覚醒した者しか入る事が出来ない。普通の人は干渉さえも出来ない。その場で遭遇した人以外。

 結界内は時間の進みも止まってしまう。

 結界にも色々あるが、結界は皆同じような空間である。

「縁ちゃん……もう平気なの?」

「ん……何が?」

「だから……体だよ。お腹減っていたんじゃないの? それは、もう良いの?」

「うん、さっきチョコを食べたからね。後でお代を払わないといけないね。それと静ちゃん、心配性だよ。急ごうか。喋っていたら、日が暮れるよ」

「うん……」

 二人は早走りするように歩いた。

 すると……


「ちょっと、待ちなさい!」


 突然と呼び止められた。

 端から見ると、やましい事をし、尋問されて困るような表情をして歩いている風に兵士には見えたのだろう。

「縁ちゃん!」

「……ちょっと、良いかな? 訊きたい事があるのだが」


「おい! あっちの店が大変な事になっているぞ!」


 二人が歩いて来た店の辺りを聞き込みしていた兵士が大声を上げた。

「何事だ!」

 二人に尋問した兵士が怒鳴った。

「行くよ、静ちゃん」

「えっ!」

 縁は静の手を取って、走り出した。

「おい!」

 兵士は物音で振り返ると、二人は走り出していた。後数メートルで大広場に着く。

 そして、兵士は叫んだ。


「待てや、ゴラーっ!!」


 そして、今の現状に至る。

「はぁ……はは、浄化作業をしたばっかりで、逃げる体力が……」

「ゆ、ゆゆ、縁ちゃん……はぁはぁ、折角の作戦が……台無しだよ。どうして逃げなくちゃいけないの……!?」

 静は走りながら疑問をぶつける。

「仕方ないじゃん! あの場で、店の事を訊かれるとまずいんだから……静ちゃんなら分かるでしょう」

 決してふざけて言っているのではないと付けだして、必死で大広場を走り抜ける。

 そして……


「相変わらず、面白い事をしていますわね。縁ちゃん……は」


「!」

 

 走っている最中、お嬢様風の声がした。

「全くですわ、兵士がウロウロとしていて、なんなのかなーって思いましたら、縁ちゃん……が絡んでいたなんて、早く言って欲しかったですわ」

 何処から声がしてるんだろう。

「この声って……まさか」

 静は心当たりがあるかのように呟いた。

「はは……まさかね。彼女が現れるなんて……」


「朝霧流・天時雨」


 言い終えると、空から雨が降った。

「何だ……雨か?」

 突如、兵士の頭上から水の雫が降り注いだ。そして……

「うわっ! 強くなったぞ!」

 二人の兵士の頭上に大雨のように降り注いだ。

「ぐっわ! 息が……」

 兵士は水の中に閉じ込められた。

「あらら、派手にやっているね~」


「さあ、流れなさい!」


 言い終わると、水が破裂し、そのまま流されて行ってしまった。

「……水の波動だ。そう言う事は」

「はぁ、そうだね~友夜ちゃんだね」

 ふと、パチパチと手を叩く音がした。

「もう、縁ちゃん。面白い事をやっているんなら、わたくしにも教えて下さいまし」

 と言い終わると、自前の扇子を出し、開いた。

「友夜ちゃん!」

 黒く長い髪が風で靡き、二人に近付く。制服を着ている。勿論、静と縁と同じ。

 そして、扇子を閉じた。

「嫌だな……面白いって……心外だよ」


「そう……だな」


「えっ……いたっ!」


 縁の頭上に拳が落ちた。

「はあーっ!」

 静が叫び、縁は頭を押さえて蹲る。「騒ぎを大きくするなって、いつもいつも言っているだろう! お前は」と言う飛鳥。

「……うっ、いたい……」


「飛鳥、待って……くれよ……」


「旅介!」


 大広場で静と行動していた縁と、旅介と行動していた飛鳥。この四人が合流した。

「うっ! 静、勢いだけは止めてくれ……僕は、怪我をしているんだから……」

「うん、分かっているよ。今から治すから」

 静は手を合わせて呪文を唱えた。「波動は我にあり」と。

 静の周りが光り、下から天に昇るように伸びた。

「うわっ! 眩しい」

 そして光りが消え、静は笑顔で「さて、治すよ」と言った。

「ふっふふふ、仲、良いね~」

 縁は頭を摩りながら、静と旅介を見て呟いた。

 静は治癒の波動使いで、怪我を治す事が出来る。

「ふう。終わったよ。旅介……もう無茶しないで」

「あぁ……ごめん」

「あの……終わりました」

 ふと黒い髪の少女が近付いて、言った。

 長い髪が腰まであり、カチューシャを着けていて可愛いらしい。そして、制服を着ていた。それも、静達と同じだ。

「あの……誰でしょうか?」

「あらら、新しい人ですわね。初めまして、私は友夜と申します。以後お見知り置き下さいませ、ですわ」

「はい、こちらこそ。僕は、時森旅介です。時森家で執事をしている者です」

 そう答えると、一人の少女が叫び出した。


「えー! 君が、あの噂の執事なんだ!」


「こんな所で、大声で叫ぶ奴があるか!」 

 飛鳥は縁に拳骨をした。

「いたっ!」

 縁はまたもや頭を押さえ、蹲る。

「はぁ~すまない。煩い奴で。縁、早く自己紹介しろ」

「……うえっ、拳骨して置いて、それなの。いてて、全く、結界が張られているからって、本気なんだから」

 縁は頭を押さえながら立ち上がった。

「はは、面白い人、ですね」


「がーん! 面白い……この私が。面白い事を企画する私がー!」


 縁は頭を抱えた。

「はっははは! 縁ちゃん、そんな事思っちゃ駄目だよ」

 静は笑い出し、言った。

 とても、可愛い。

「はぁ、もう良い。えっと、私は日下部家の日下部縁。静ちゃんとは幼馴染みだよ」

「えっ! そう言えば……」

 飛鳥と縁と言う名前、静に聞いた事があったような。


「ふっふふふ、また面白い事が始まりそうですわ」

 友夜はニッコリと笑い、呟いた。

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