第四章 幼馴染み
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その頃、静は。
「なんで、こうなるのかな? ねぇ~縁ちゃん」
不機嫌気味の声でもう一人の少女に視線を向けた。
「いやーはっははは! だって……私、追われているんだよ~」
ニコニコしながら静に言う少女。
赤い髪の女の子。
制服は静と同じでその少女の制服は所々ボロボロになっていた。
まるで潜入捜査をし、挙げ句に見付かり逃げて来たみたいだった。
すると、騒がしい足音が複数聞こえた。
私達は一体……誰に追われているのかな。
「あぁ~歴史あるクリスティア大聖堂に大人数で乗り込むとは罰当たりだね。静ちゃん、静かにしてね。気付かれるから」
「はは……」
人の事言えないよ。
「ちっ! 此処にも居ないな。おい、他の所はどうだ」
「駄目です! どうやらこの辺には居ないようです」
「くっ、じゃ他の場所に行くぞ!」
「はっ!」
クリスティア大聖堂に入った兵士が会話をしていたが、居ないと分かって教会を出て行った。
「行ったようだね……」
「そうだね……」
教壇の中に隠れてやり過ごしていた。
流石にこんな所に居るなんて兵士には思いはしないだろうと、縁が言ったのだ。
「縁ちゃん、楽しんでない。つうか……早く事情を話してよ」
「ははっ! 焦りは禁物だよ。業火の炎で焼かれても知らないよ」
「…………? はぁ~」
何を言っているのかが分からないよ。縁ちゃん。
クリスティア大聖堂、神に祈りを捧げる場所である。
私は今、此処に居る。
一時間前の事。
静が物貨屋を出た後、街が騒がしかった。
「どうしたのかな? すいません」
静は歩いている人に話を訊く。
「はい」
「何かあったんですか?」
「あ、静ちゃんか。君も離れた方が良い。街に式森家の兵士が来ているんだ。何をされるか分からないから」
「えっ? 式森家の兵が……?」
どうしてだろう。掟や規律を管理する一族が何故、この街に。
「なんでなんですか?」
「知らない。俺も、こうやって離れているんだ。厄介な事には関わりたくはないからね。静ちゃんも余り関わりにはならない方が良いよ。それじゃ」
男は手を振り行ってしまった。
「あっ、行ってしまった。この先なのに……」
遠回りになるよ。
「静ちゃん!」
「ひっ!」
突如、心臓をドキッとさせるような声がした。
恋の始まりではなく、驚きの方である。
静は声がした方向を向く。
「……うっ!」
静は叫ぼうとした時、声の主に口を塞がれ空いた手で静の手を掴み、人が居ない所に移動する。その者は全身フードに包まれていた。
静は助けてとは言えない状況である。
「……」
フードの者は何も言う事もなく、路地裏を通っていた。
そして、到着すると、人が居ないのを確認すると溜息を吐く。口を塞いでいる手を取った。
静は息を荒くする。
「はぁ、はぁ……一体……なんなの?」
「ごめんね、静ちゃん~」
フードを取りながら言う。
聞き覚えのある声と思った静であった。
「えっ? まさか……」
フードを捨てた。
「此処で騒がれると気付かれるから。折角逃げ延びたのに……はぁ~参ったよ、はは」
赤い髪の少女は疲れているのか肩を竦めていた。
そして、警戒する。
表の方では兵士達が「捜し出せ! まだ、この辺りに居る筈だ!」と大きな声がした。そして、何人かの兵が雄叫びを上げた。
「ゆっ、ゆゆ、縁ちゃん! どうしたの、制服がボロボロだよ! それに、街が異常だよ」
学園の校章は剥がれていて、スカートの丈が短く、ブレザーには刃物で傷付けられたようになっていた。そして、頬や手や足にも擦り傷があった。
赤い髪の少女は腕を頭の後ろに組みながら笑った。
「いやっははは、失敗だよ。それより此処もいつ見付かるか分からないなぁ~どうしようかな。この場を一刻も早く離れた方がいっかな。良し、あれだ! 静ちゃん、あれ出して!」
赤い髪の少女は焦りもなく、慌てもせず、ニッコリと笑い手を出した。
「あれって?」
「あれだよ。空間を繋ぐアイテム」
アイテムって、私の発明品をそんな風に呼んでいるの。
「マーキングの事」
「そうそう、マーキ・キング!」
赤い髪の少女は早く早くと急かすのだった。
少女の名前は日下部縁。日下部家の娘であり、時期当主でもある。その一族は朝霧家の補佐をして街を守っている。
「縁ちゃん、この間あげた、マーキングはどうしたの?」
「いや、ねぇ~どうやら逃げるのに夢中で落としたみたい。参ったよ。ごめんね、静ちゃんの大事な物を無くしてしまい」
「ううん、良いよ。しかし、何があったの。なんか、式森家の兵士が街中に来て居るし。こんなのは初めてだよね」
「……そうだね。幸か不幸か、敵のしっぽが見えて来ているよ。早く、此処を離れようよ。マーキ・キングを」
「はい、はい」
静は白衣のポケットからペンを取り出した。
「それ、それだよ! 貸して」
縁は手を出し、静は渋っていた。渡すか、渡さないかを。
「どうしたの、静ちゃん……」
「だって、事情も分からないのに、渡す訳にはいかないよ。ちゃんと話して貰わないと……渡せないよ」
言いながら、ペンを後ろに隠した。
「静ちゃん、今は言い争っている場合じゃないよ。早く貸してよ。事情は、此処を離れられたら話すから。ねぇ~お願い、貸してよ」
と必死に懇願した。
静は「はぁ、仕方がないな~」と後ろに回していた手を前に出しペンを見せた。
「約束してね。事情を話すって!」
「うん、するする」
「渡すのは良いけど、此処に
「大丈夫、大丈夫。静ちゃんに貰ったマーキ・キングで
「そう……予め。何処に印を付けたの?」
「それは、着いてからのお楽しみだよ。だが決して、悪戯に使った訳じゃないから。安心して。さて、印、印っと!」
縁はペンを受け取り、パカッとフタを取り、印を書いた。
☆のマークを描き出した。
「リンクしたよ!」
描き出したら光り出した。
「うん……」
静は呆けていた。
「静ちゃん、早く!」
光りの中に飛び込み、その向こうがなんなのかは、今の私には分かる由はなかった。
そして、今に至る。
「まさか。クリスティア大聖堂とは思わなかったよ。縁ちゃん……いつの間に描いていたの?」
「てへっ、念の為に逃げ込む場所を決めて、印を付けて置いたの。良かった、流石、静ちゃんだよ」
なんで、褒められているのか分からないよ。
クリスティア大聖堂、神に祈る場所。時森家の街にある教会である。
中には長い椅子がずらーって並んであって、それも幾つもある。
何より凄いのは百メートルの高さの銅像であった。
この街を見守ってくれる神様。
そして、この世界を創ったと言われる神様である。
中は広く、天井が高く、歴史がありそうにと思われる程である。
勿論、広いおかげで隠れる所もあるのだが、此処もいつまでも居られない。
教壇の中に隠れてどれぐらいが経ったのかな。
「しかしこの中は広いね、意外と」
「当たり前だよ。教会の教壇だよ。普通のとは違うから。そろそろ話してよ」
「うん、そうだね~」
縁はニコニコしながら教壇の中から出た。
「ぐ~っ。はー!」
背伸びをして息を吐いた。
「縁ちゃん。何をしているの?」
「何って、背伸びだけど。昨日から逃げる為に走ってたから、疲れちゃって。それに眠たいから背伸びして、眠気を取ろうと」
走ってたって、何処を。
「さてと、兵士がまた来るかもしれないし、話をしようか」
「うん」
「と言っても、何処から話したものか。昨日の夜からね」
顎に手を当て、考え呟いた。
「はぁ~飛鳥になんて言えば良いのやら……ねぇ~」
「縁ちゃん?」
「静ちゃん、言うけど。全部は話せないよ。それだけは分かって貰えるかな」
「……うん、話せない事情があるなら聞かない。話せる事だけを聞かせて」
縁は涙目になりながら静の手を握り締めた。
「ありがとう」
「もう、縁ちゃん。照れるよ」
静は顔を赤くする。
「静ちゃんには本当は全部話したいけど……言えなくてごめんね。どれもこれも確証もないからね。でも、今言う事は本当の事だから、心して聞いてね。そして、信じてくれると嬉しい」
「うん」
縁は咳払いをし、話を始める。
「静ちゃん、学校の噂を知っている?」
「噂?」
静は唸りながら首を傾げる。
「やっぱり知らないか~それもそうか……静ちゃんは授業が終わると直ぐに帰るからね。えっとね、学校で行方不明者が続出している事。その噂は、学園では七不思議にされているぐらいだよ~」
「あぁ、その噂なら知っているよ。年に何人かの生徒が居なくなっているって事でしょう。どうしてかなって、思う時があったから」
「そうか、知っていたんだ。まぁ、良いけど……その噂の解明と解決をする為に動いている。勿論、掟としても、動く事になった」
縁は真剣に事の内容を話した。
「まぁ、要は学校からの依頼と言う事で、調査をしていたの」
「依頼? 掟じゃないの?」
「どっちも同じだから。でっ、昨日の夜に行方不明者だった五人の男を見付けたんだ。悪意に呑み込まれた状態で、一人の男の人が暴行されていたのを見付け、飛鳥が悪意を浄化した。行方不明者の五人は無事に家に帰した」
「えっ、その話って、りょ、旅介の事だよ! ねぇ、縁ちゃん、旅介は……無事なの」
静は縁の肩を掴み、揺らす。
「……し、ししし、静ちゃん! おっ、おち、落ち着いて。わっ。わた、私の話はまだ、終わってないから。まずは、肩を揺らさないで……」
縁はヘロヘロになりながら言って、静は肩から手を離した。
「ふう~クラクラした。静ちゃん、大丈夫だよ。殴られた男の人は飛鳥の家に居る。今は飛鳥が面倒見ているよ」
「……そう、なの。良かった」
飛鳥ちゃんの家に居ると聞いていたけど。本当に良かった。
「うっ、頭がクラクラする。それにしても、あの男の人が、静ちゃんの知り合いとはね、でっ、誰なのかな?」
頭を左右に振りながら、問い掛ける。
「うん、とね。名前は旅介。時森家で執事をしているの。執事になってから三日目かな。それに……」
静は旅介の事を説明した。
記憶がない事も、執事になった経緯を。
「へぇ~そんな事があったんだ。だからか~」
縁は納得したかのように静に詰め寄る。
「どうしたの、縁ちゃん?」
「此処最近の静ちゃんが元気に振る舞っていたのは、その執事君のおかげだねーと、思っただけ」
ニコヤカに言う縁。
「そっ、そそ、そんなんじゃないよ……記憶がないのが可哀想だったから、助ける事にしたの。其れだけなの」
「はい、はい。分かったから、そんなに声を上げると気付かれるよ。兵士に」
縁は今の状況を確認するように言った。
「はは、そう言う事なら、あの件も解決させようかな~」
「なんの話?」
「いやいや、こっちの話だから。はは!」
縁は笑って誤魔化す。
「あの男の子の件が分かったから、話の続きをするよ。良いかな、静ちゃん」
「うん、良いよ」
そして、話を再開する。
「その後、執事君を飛鳥の家に連れて行った後、私は調査を続けた。勿論、行方不明者を捜しにね。中には神隠し、って言っている人も居たから、そうかもと思い始めたよ」
「神隠し?」
静はそれを聞いて、首を傾げた。
聞き慣れない言葉だからであろう。
「神隠しとは、人が忽然と消えると言う事」
「いや、説明しなくても分かるよ」
「はは、だって首を傾げるから。分からないと思って」
ニコヤカに言った。
「はぁ、縁ちゃん、良いから続けて」
「はい、えっと。何処からだっけ」
「神隠しの所だよ」
「そうそう。飛鳥と別れた後の事。念入りに調べ、分かった。式森家が絡んでいると。そして、式森家の領地に潜入した」
それを聞いた静は。
「危ないよ、そんなの! なんで、そんな事をしたの!」
「声がでかいよ。静ちゃん、声を抑えて、声を。はぁ、調査だよ……調査。だが深入りし過ぎてしまって、案の定見付かってしまい、この騒ぎに」
縁は逃げて街に戻り、静と出会い、この状況になったと言った。
「そう、これが全てなのね……ふう~」
静は考え込む。
「これは掟破りって、レベルじゃないよ! ましてや追われている罪人じゃない! どうするのこれから」
「どうするって……飛鳥に相談し、対策を練るしかないよ……」
渋々と答える。
「……あのね、静ちゃん。そんなに、深刻にならなくても良いよ。兵士には顔は見られてないから安心! はっははは」
静は呆れて、肩を竦めた。
しかし、街に住んでいる静はそんな事が頻繁に起きている事は気付いていなかったらしい。
静は毎日のように父親を捜す為の発明をしているからである。
刻々と深刻になる静。
「静ちゃん」
「何?」
静はふと思い出したかのように人差し指を立てた。
「どうして……マーキングの印を飛鳥ちゃんの家の道場に描かなかったの? そうすれば教会に入って、足止めにはならなかったよ」
「ぐっ!」
痛い所を突くね~と頬を掻く。
そして、覚悟を決めたかのように言う。
「昨日、あんな事があるって思わなかったんだよ。だから描く事も、暇もなかった。それに、私は……」
突如、言い終えると間が開いた。
「私は? 次は何?」
「実は、昨日の夜から何も……食べてなくて……静ちゃん、何か食べる物持ってない? 直ぐに食べられる奴とかさ」
縁は必死にお腹を押さえ、静を涙目で見る。
「……いや、そんな急に言われても。お姉さんの店から急いで来たからね。何も持ってないよ」
「そう、ぐ~何か食べたいよ~」
縁はお腹を押さえ、悶え始めた。
端から見ると、お腹が痛くて、トイレに行きたがっている風に見える。
そう言えば。
「縁ちゃん、いつものは。確か、チョコ菓子を持っていたよね。あれは……どうしたの?」
「うん~そんな事を訊くんですか~」
突然と泣き出す縁。一体何があったのかは分からない。
うつ伏せの状態で床をドンドンと叩く。
「縁ちゃん、本当にどうしたの? 大丈夫……じゃ、ないよね。はは、面白がりの縁ちゃんでさえ、こうなるんだから。あっ、そうだ!」
何かを思い付いたかのように掌に拳を載せた。
「一端外へ出よう。商店街に行けば、食べ物があるよ。どうだろう」
可愛く首を傾げて、縁に問い掛けた。
「えっ、嫌だよ! 静ちゃん、この格好を見て気付かないの!? 一発でばれるよ、私が式森家の領地に潜入したって。それに顔を見られてないとしても、髪の色で分かっちゃうよ」
ボロボロの制服に指を差し、涙目で断固拒否をする。
「大丈夫だよ! 潜入したのは真夜中なんでしょう。だったら暗かったから、色なんて分からないと思うよ。それに……」
「それに……何?」
「この格好で行くとは言ってないよ。ちょっと、罰当たりかもしれないけど、緊急事態だし、神様も大目に見て貰えるよ」
そう言って、パタパタと走り出した。
一体何をするつもりなのと思いつつ縁は正座したまま呆然としていた。
教会の中には大抵な物が置いてあるとは言えない。
あるのは掃除道具入れのロッカー、ロウソク、聖書の本。それらは武器としては使えない。
勿論、こんな事は罰当たりな所業だと分かっている。
縁が何故、掟を破ってまで式森家の領地に潜入したのか。
「まぁ、約束だしね。これ以上は訊けないよね」
静は教会の中にある、倉庫に向かっている。
「私には……話してくれないのかな。幼馴染みなのに、一体何が起きているのだろう。旅介、今頃、どうしているのかな」
歩く事十分、下に下りる階段があり、下りて行く。
「あったー」
大聖堂の中に倉庫があり、静は目的物を見付けたかのように叫んだ。
倉庫内では使わないシスター服や布などが保管されていて静は色んな布を一枚手にしていた。
布以外にも変装道具などがあって、静はシスター服と布を手にし、縁の下へ急ぐ。
「お待たせ!」
笑顔で返すと縁は嫌そうな表情をした。嫌そうと言うより「嫌な予感が的中」と言っている表情をしていた。
「さて、少し時間を貰って良いかな。縁ちゃん、直ぐに作るから」
と言って、床に座り作業に入った。
そして、三十分後。
「出来た! はい、縁ちゃん」
「……はやっ、もう出来たの」
縁は驚きの表情をしていた。
沢山の布から服を作り出した。
ピンクの布でブレザーを作り、白の布でワイシャツを作り、黒の布でスカートを作り出した。学校の制服を意図も簡単に再現した。
「静、ちゃん……どうやって……作り出したの?」
「えっへん! 私を誰だと思っているの、縁ちゃん。そう、発明家、だよ。服ぐらい手軽に出来るよ。さぁ……どれにしようかな」
目の色が変わる静。
手付きをいやらしく動かす。
「静ちゃん……手付きが変だよ。何をする気なの?」
「お・き・が・え、だよー!」
静は縁に飛び付き、大聖堂の中は混乱に生じた。
神様の前なのに罰当たりな行動を取る静だった。
数分後、着替えが終わった。
「じゃじゃーん! 完成だよ! うん、ピッタリだよ!」
「もう……静ちゃん~自分で出来るのに」
ぶつぶつと文句を言う縁はシスター服ではなく、新しい制服に着替えた。
「そのシスター服はなんだったの」と言う突っ込みをしたくても出来ない状況である。
「どうしたの。さぁ、行くよ」
「はは、まぁ良いか。新しくしたし、これで目立ちはしないだろうから良いか。はぁ~お腹減ったよ~」
と言って、縁は静の後を追うのだった。
その頃、旅介と飛鳥は大広場通りを歩いていた。
朝霧家の家を出た後、商店街に向かう為に大広場を目指していた。
飛鳥の家はまるでお座敷みたいだった。朝霧家には、道場があるらしく、凄いと思った。
「大丈夫か?」
歩いている途中で飛鳥が心配そうに問い掛けた。
「……何が?」
色々と驚いている状況で唖然としていて、少し間を開けて返事した。
「何がって、随分と歩いたから、怪我の具合とか聞いているんだが……ずっと辺りを見ていたのか?」
「うん、ごめん。こんな遠くまで来た事なかったし、今は記憶がないから、驚いてばっかりだよ。そして、凄い街だね。遺跡があって、歴史が長そうだ」
ははと笑う旅介。
「笑い事じゃないと思うが……本当に痛くはないのか?」
包帯だらけの格好で「うおー!」とか声を出して痛くない訳がない。
「うー……ごめん。少し痛いけど、こんな事で飛鳥さんに迷惑は掛けられないから」
「そう言うのは良い! それに『さん』付けは止めろ。私の事は飛鳥と呼べ。良いな、次『さん』付けで呼べば……どうなるか分かるな」
飛鳥は拳を鳴らす。
「はい、分かります、分かります! いや、分かった! 飛鳥、殴るのだけは止めて……痛いのは嫌です!」
「ふん、分かれば良い。さっさと行くぞ」
「うん」
僕達は歩き出した。
周りを見るとやたら騒がしかった。
そして、歩いている一人の兵士が此方に向かって来た。
甲冑には式の家紋が刻まれていた。
「……可笑しい?」
「え? 何が、街のパトロールじゃ」
式の家紋を刻んでいるって事は、式森家の兵士であろう。しかし、甲冑を身に着け、いかにも街を守っているぞって感じだな。
大広場通りには兵士が人々に話をしている所である。一体何があったのだろう。
その飛鳥が難しい顔をしていると言うか、疑いの目を兵士に向けている。
「時森家の領地にか。少しは頭を使え。と言いたいが、傷に障るか。これは失言だ。……私が説明する」
結局言いたい事を言った気がすると言いたい。
「お取り込み中、すいません。顔を拝見させて貰いますか」
説明に入る前に、先程の兵士が声を掛けて来た。
「……んっ!?」
「……はい?」
二人は同時に言い、警戒する。飛鳥は既に身構えていた。
「おいおい、そんなに怖い顔をするなよ。別に怪しいもんじゃないから。俺は式森家の兵士で、ちょっとした確認がしたいだけだよ」
兵士である男は軽い口調で言った。
飛鳥はそれでも構えを解かなかった。
「でっ、なんだ。確認って言うのは?」
「うわっ、おっかないね。まるで男口調だよ。ねぇ、君が彼氏なの? 若いね~でも……俺としちゃ、好みはおしとやかの方が良いな。若いのに、老婆みたいだな」
何故か話を変える兵士。
それを見た飛鳥は不機嫌そうに拳を鳴らした。
「おい! 兵士、聞き捨てならん事を言ったな。それを復唱してみろ」
「えっ?」
兵士の男は訳も分からず、返事を返した。
飛鳥の怖い視線を背けながら、旅介を見る。
「ねぇ、何を怒っているの?」
「はは……それは……」
僕は兵士に歩み寄り、そして耳許で。
「多分……『男口調だよ』と『老婆みたいだな』と言ったからだよ。女の人に対しては失礼極まりないよ。さぁ、謝った方が良いよ」
「えっ、その事! だって、普通に思ったから、言っただけだよ」
普通に思うなよ、其処は。
しかし、飛鳥は本気の目をしているし、これは本気で殴られるぞ。
「おい、本気で殴られるぞ!」
「まじで、そんな……強いのか……この人。……分かった、人権侵害で訴えられたくはないからね。ごっほん!」
兵士の男は咳払いをした。
「すいませんでした! 貴女様は気品で凛々しい御方です。是非とも、友達になって下さい!」
と告白的に言った。
その飛鳥の反応は。
「なっ、ななっ、何を言っているのだ、お前は!」
顔を赤くしながら怒鳴る飛鳥。
当然の反応だろう。
よもや式森家の領土を守る若い兵士が任務を忘れ、女性をナンパすると言うのが、前代未聞である。
「ひっ! 怖いよ……謝ったのに、なんで、怒鳴られなければいけないんだよ」
「まぁまぁ、飛鳥……落ち着いてよ。僕達の目的を忘れたの。早く、静を見付け出さないと」
と言い終わると、腕と胴に痛みを感じ、身悶える。
「大丈夫か! だから言ったのだ! 無理に動くなと」
「……ぐー!」
「大丈夫かい。結構つらそうだけど、どうしたんだい?」
兵士は心配そうに訊いた。
「まさか……例の掟破りは……君なのかい?」
意外な言葉で驚いた。飛鳥は「なんの話だ」と訊き返した。
「掟……やぶり?」
少しずつ痛みが引いて、頭を上げる。
「そうなんだよ。昨日と言うより、今日の夜中に不法侵入した者が居たらしく、式森家の兵士達に、その者を捜すように命じられたんだ。状況によると、その者は怪我をしていると言う報告があった」
兵士の男は軽い口調で答えた。
「でっ、それが君なのかいと、問い掛けたと言う訳。でっ、どうなんだ?」
「……」
一体なんの話だ。夜中に不法侵入? その者は怪我をしている。確かに僕には記憶がないし、怪我をしているが、つまりは……僕が疑われているって事。
「それは、違うぞ」
答えたのは飛鳥だ。
「ほう、それは何故です?」
「旅介の怪我は、この街で負ったもの。今日の夜中なら……怪我をした旅介を私の家に運んで、療養させていた。だから夜中に侵入なんて出来ない」
飛鳥は昨日の事を事細かく説明した。
兵士の男は「ふん~」と唸っては納得するように頷いた。
「これが正しければ、侵入なんて到底無理だな。その包帯の量は尋常ではない。ましてや、走って、この街まで逃げられる筈はない。彼女もそう思ったんだろう」
兵士の男は真面目に考えて言った。
「……彼女! ……ふん~良い言葉だ」
「飛鳥……さん」
旅介は疑問に思いながら、兵士に訊いた。
「……おい、今のはどう言う意味だ」
「はっははは、意味なんてないよ。彼女を大切にしろよ。さて、用は済んだから、俺は行くから。また、
「あぁ……はい」
兵士は手を上げて、ハイタッチの構えをした。
「俺は式森家、兵士のタツヤだ。なんかお前とは気が合いそうなんで、名前を言っとく」
「ははっ、はい。僕は旅介です」
二人はハイタッチをし、タツヤは「じゃーな」と言い、去って行った。
なんか変な感じだ。兵士と友達になるのが。
「飛鳥……さん」
「うん……良いな~」
またふんわりとした表情で空を見上げていた。まだ夢心地の状態である。
「はぁ~……飛鳥」
「!」
ビクッとし、我に返る。
「私は……一体」
まるで、自分が自分ではなかったように言っているようだった。
「旅介か。すまない、ボーッとしてしまい。さぁ、行くぞ。静を捜さなくちゃいけないからな」
顔を赤くしながら歩き出す。
「どうしたのかな?」
旅介は、飛鳥が何故赤くなったり、動揺したりしたのかが分からないでいた。
そして、大広場に着いた。
すると、中では騒ぎになっていた。
「待てや、ゴラーっ!!」
大広場は街の中心街の公園である。騒ぎ立てる人が居ても可笑しくはない。
歴史が刻まれている遺跡石の祭壇があって、それに
中心街の公園でも物売りの店もあって、楽しく過ごせるような公園だ。
飛鳥は呆れるように溜息を吐いた。
「しっ、静!」
僕達が見た光景は、静と赤い髪の少女と一緒に兵士に追われていた。その兵士はさっき会ったタツヤと言う人と同じ兵士のようだ。
一体、何が起こっているんだ。
「飛鳥、どうする?」
「はぁ、全くせわしない奴だ。旅介はじっとしていろ」
飛鳥はそう言い、駆け出した。
「飛鳥……くっ!」
飛鳥はまたもや苛々していた。
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