第二章 噂の執事と仮面の男

1


 この街で戦争が起きた。

 街の人はその事を覚えているのだろう。だからこの事は禁句になった。

 今のこの街は平和を築いている。

 商店街は活気に満ち溢れている。夕方なのに人が多く歩いていた。

「静、冒険って……何処に行くつもりなの?」

 僕は時森旅介。時森家で執事をしている。初日で、少々疲れ気味である。

「そうだね、街のシンボルである時計塔は最後にして、教会にお祈りしに行こう」

「教会?」

「そう、商店街を抜けた所に、大きな広場があるから。その広場の中に教会があるの。まずは、此処からだよ!」

「はは、そうなのかな?」

 教会って、冒険をする場所なのかと言いたい。

「旅介、早く、早く!」

「はい、今、行くから」

 僕は坂道を下り、商店街に入るのだった。


 夕方になると、時森家に新しい執事が入った事が街中に噂になっていた。


 とある道場で竹刀を振っている少女が居た。

 背が高く髪が長く色白で、銀色と紫色が混合した髪が竹刀を振る度靡いた。

「はっ、はっ、はーっ!」

「相変わらず、熱心だね~」

 道場に一人の小さき少女が入って来た。

「飛鳥、聞いた?」

 小さき少女が問い掛けた。

 その少女は背が低く赤い髪が肩まである。制服を着ていた。静と同じ制服だった。ピンク色のブレザーと黒のスカートを穿く姿だ。

 しかも、ニコヤカに問い掛けていた。ちなみに、竹刀を振っている少女は胴着を着ていた。

「何を……だ?」

「噂だよ。静ちゃんの所に新しい執事が入ったって。見に行かない」

「そんな事か。どうでも良い事に、興味を持つな……お前は」

 胴着を着た少女は竹刀を床に付け小さき少女に目を向けた。

「えー! 良いじゃない。私達の幼馴染みなんだよ、見に行こうよ。失礼のないようにちゃんとするからさ。ひょっとしたら……あの計画の手助けになるかもよ」

「お前なぁ、軽々とそれを口にするな。誰かに聞かれたらどうする。……はぁ~」

 胴着の少女は溜息を吐き、竹刀を肩に載せ道場の出口へと向かう。

 この道場は朝霧家の道場でとても広い。だから、大きな声も小さい声も外に漏れやすい。つまりは、反響しやすい。

 幸い此処は、私達と見回りの警備員が来るだけの道場だ。

「飛鳥、何処に行くのさ?」

「更衣室だ。着替えて来るから、外で待っていろ!」

「うん、分かった。なるべく、早くね」

 胴着の少女は無言で出口に向かい、小さき少女はワクワクしながら道場の外へと出た。


 更衣室は道場の玄関。つまりは出入口の右側にある。男女別に別れている。


 胴着を着た少女は制服に着替える。汗を拭き。

 そして、思い詰めていた。

「縁は、変わらないな。私はあんなのにはなれない。平気な顔をして、呑気で居る。そして、へらへらと笑う。私には出来ない。はぁ……計画か」

 私達の目的を忘れていなければ良いけど。縁は変な所で抜けているからな。

「はぁ~前途多難だ」

 そう呟きながら着替えを済ませ、更衣室を出た。


 外に出ると、小さき少女が両手を頭の後ろに組んで待っていた。

「飛鳥、早いね」

「縁が、早くしろと言ったからだろう。全く、面白がるなよ。もう、子供じゃないんだぞ!」

「あはは。ばれてた。飛鳥は厳しいね。まぁ……行こうか」

「あぁ、少しは。緊張感を、だな……」

 縁は歩き出して、振り返る。

「そう言えば、飛鳥。静ちゃんの様子が変わった事に気付いた?」

 突然と話を変える縁。

 本当に呆れる。


 私は朝霧飛鳥。朝霧家の時期当主である。この街を守る義務を仰せつかっている。

 そして、この呑気なのは……日下部縁。日下部家の時期当主。だが、本人はやる気はない。そんな風に見える。

「飛鳥、どっ、したの?」

「なんでもない。静の件なら、とっくに気付いている。それがなんだ!」

「別に、深い意味はないよ。私は、静ちゃんに何かが始まるのに期待しているのだが~」

「悪趣味だぞ! 止めろ」

 飛鳥は怒鳴るように言った。縁は「こわ~い」と両手を頭の後ろに組んだまま笑っていた。

 飛鳥は肩を竦めた。

「冗談だよ。本気にしないでよ……はは」

「はぁ。街が騒がしいな。悪意が出現したらしいな。急ぐぞ」

「おう!」

 二人は駆け出した。


 時森家の領地の中にある一族、朝霧家は剣術の教えを生業なりわいとしている。

 その二人は朝霧家で剣術を学び、波動を受け継いだ者である。

 だが、波動を使うのは禁忌になっているが……二人は悪意の浄化で波動を使う許可を得ている。領主様から。

 波動がなんなのかは未だに分からない。時森家の領主だった、龍之介様が波動の研究をしていたが、十年前の戦争で死んだと聞いた。

「全く、多難だ。縁、平和だからと言って、今は戦地だ。笑ってはいられないぞ」

「あはは、走りながらの説教ですか。凄いね」

 縁は笑い、飛鳥は再び溜息を吐いた。

「うん? なんだ!」

「どうした、縁」

「悪意だよ。物凄い、悪意だ。恐らく……誰かが魔動を発動したんだよ」

 飛鳥と縁は何かを感じ、急ぐようにスピードを上げた。

「危険だな」

 それが戦争を予知する物だとは、二人にとっては知る由もなかった。


 その頃、静の兄である成治は歴史の教えをやっている塾に来ていた。

 其処では、龍之介の弟子が講師をしている

 成治は不機嫌にも資料を纏めていた。

「ったく、執事だと! ふざけやがって、彼奴は神森家の者に決まっている」


「何が、決まっているのですか?」


「はっ!」


 ふと、背後に声がした。

 振り向くと、眼鏡を掛けた優しそうな人が立っていた。

「……せっ、先生、居たのですか?」

「居たと言うより、さっき来たばかりだよ。ごめんごめん、驚かすつもりはなかったんだよ……でっ、何が決まっているのかな?」

 先生は白衣を着て、一歩、一歩と成治に近付く。

 微笑みながら、問い掛けて来た。

 此処は神聖塾。教育者になる為に通っている。

 勿論、歴史、規律、掟の教えもやっている。

「成治君、どうしたね」

「いえ、なんでもないです」

「そうかい、はっははは。珍しく独り言を言っているから、気になってね。神森家の名前が出ていたけど?」

「すみません……昔の事を思い出して、つい、言ってしまっただけですから。本当に気にしないで下さい」

 やはり、聞かれていたのか。

「あぁ。分かった」

 先生は優しげに微笑みながら呟いた。

 先生の名前は神楽先生。宗教や教育者で、科学者でもある。

 俺の父親である、時森龍之介の教え子でもある。今は父の後を継いで、波動についての研究をしている。

「先生、波動の事、何か解りました?」

 成治は唐突な事を訊いた。神楽は爽やかな笑みを浮かべた。

 そして、眼鏡を持ち上げて。

「そんな直ぐに、解る筈ないよ。龍之介先生にも辿り着けなかった案件だからね。参ったよ、ははっ! しかし私は、諦めはしない。必ずや解明して見せるさ」

 神楽は窓の外を見る。

 街が夕暮れ時で、人々が商売の為にお祭り騒ぎになる時間だ。

「今日も平和だな。成治君も、そう思わないか?」

「……そう、ですね」

 きっ、気まずい。

 なんで笑って居られるのだろう。戦争での被害が父である龍之介だからか。笑って……許せるのかよ。今の現実を。神森家を。そして、自分を。

「成治君?」

「はい……」

「大丈夫か、顔色が悪いけど。やっぱり、何かあったかい?」

「いえ、大丈夫です。……先生は、おやっ……父さんの事、どんな風に思っていましたか?」

 俺は、先生の今の心境を訊いてみた。いや、訊かずには居られないのだ。

 こんな時でも平然と笑っている先生が、一体何を思っているのかを。

 先生は愕然と俺を見ていた。俺……なんか変な事を言ったか。

「先生?」

「はっ! 何……すまない。余りにも衝撃的だったから、つい気が緩んだ」

 神楽は白衣のポケットから煙草を取り出し、窓の方へと歩き出した。

 恐らく、空気の出し入れをする為に窓を開けるのだろう。

 窓を開け、煙草を取り、口に咥え火を点ける。

「ふ~う。成治君、君が何を思って、それを口にしたのかは敢えて詮索はしない。だが、本心で、訊いたのか問いたい」

 神楽は窓の外に目を向けて、背後に居る成治に尋問みたいに訊き返す。

 成治は頬に汗が流れ出し、一瞬先生に恐れを感じていた。

「成治君、どうしたのかね?」

 神楽は振り向きながら言い、窓の下に座るスペースがあり其処に座る。

「……先生、すいません。今言った事は忘れて下さい」

 ふと気が付くと、先生は眼鏡越しに冷たい視線を向けていた。まるで見透かされているようだ。

 煙草の煙は上がっていて、殆ど吸っていないのか、全然短くなっていない。

「先生、吸い殻が床に落ちますよ」

「えっ、おっと!」

 先生は自持ちの灰皿で吸い殻を落とした。

「すまない、煙草は余り、好きになれなくてね……」

「じゃ、なんで吸っているのですか?」

「なんで……かな。人は皆、何かを欲しているのかなーと思ったからかな……? まぁ良いじゃないか、ははっ」

 先生は煙草の火を灰皿で消し、仕舞った。

 そして、成治に近付き、目と目が合う。

「成治君、覚悟なしで言葉を発してはならない。きっと、後悔するよ。この、私のようにね」

 先生は優しげに言っているようで、言葉に説得力があった。怖く、後悔と無念が伝わって来る。

「分かりました、肝に銘じて置きます」

 俺は素直に言うしかなかった。

 先生は俺より大人だ。人の気持ちは誰よりも分かっているのだろう。

「成治君、さっきの質問、覚悟を決めたらもう一度訊きに来ると良い」

 先生は再び優しげに笑った。

 俺はなんて言えば良いのだろう。

 俺はまだ、怯えているのか。父さんの事を恨み、憎み、そして殺してやりたいと思っていた事に。罪悪感を感じているのか。くそっ!

「成治君」

「はい……」

 俺は力のない返事を返した。駄目だな、先生に見透かされているようだ。

「少し休憩にしようか。珈琲でも持って来るよ」

 先生はそう言って教室を出た。

 「はぁ~」と心で溜息を吐いて、椅子に座った。

 そう俺は、親父の事は好きじゃない。どっちかと言うと、嫌いだ。

 俺は、家族の事を考えず研究に没頭していた親父が許せなかった。あの頃は、悪魔でも宿ったのではないかと思った。


 先生が戻るのに、十分も掛からなかった。

「待たせたね、はいっ」

 先生は珈琲入りのコップを手渡した。

「ありがとう……ございます」

「これでも、飲んで落ち着くと良い」

 先生は俺が使っている机に自分の珈琲入りのコップを置き、そして椅子を俺が使っている机の前に置き座った。

「そう言えば! 聞いたよ」

「何を……ですか?」

 成治はぶっきらぼうに言った。

 神楽は怒りもせずに話を続ける。

「時森家に新しい執事が入ったって。本当なの?」

「…………」 

 成治はビクっと固まったようだ。

 俺は神森神介に似ている、奴を思い出す。彼奴も嫌いだ。

「えぇ……親父が勝手に執事に任命して、俺は気に入らないが。やはり、街では執事の事が伝わっているのですか」

 成治はコップを置き、溜息を吐く。神楽はニコヤカに珈琲を飲む。

「ふう、あぁ、赤い髪の女の子が走りながら叫んでいるのを見てね。あれには驚いたよ、ははっ」

「そうですか」

 赤い髪と言えば、日下部家の特有体質だな。

「『大変だ、大変だ』と言っていてね。私が声を掛けてね、話を聞いたんだよ」

 神楽は語り出した。

 危な過ぎだ、それ。

「先生は……この街は平和だと思いますか?」

 話題を変えないと犯罪チックな事を聞かされる。

「なんだ……急に。まぁ、平和だから、こうやって住めている。なんの不祥もなくね」

 先生は自信満々に笑顔で言った。


 俺は先生が羨ましいですよ。悩みがないようで。

 

 成治は立ち上がり、窓の方へと歩き出した。そして、もう一度息を吐く。

「なんだい、成治君。疲れているのかい。溜息が多いよ、何かあったのかい?」

「いえ、んっ?」

 成治は何かに気付き、外を見た。

 街道に黒い影が覆っていた。

「先生、黒い影が。まさか、悪意か!」

「悪意?」

 成治は「嫌な予感がする」と言って教室を出て行き、神楽は眼鏡を持ち上げて言った。

「なんなのだ、あんなに急いで。全く、変わらないな。十年前にも同じ事があったな……」

 結局、成治は珈琲を一口も飲んでいないのであった。

「先生は淋しいぞ。心から、ゆっくりと喋る友が出来ると思ったのだが……」

 神楽は空を見上げて、珈琲を飲んだ。

「そろそろだな……。道標の一つが動き出すのは」

 神楽は不敵な笑みを浮かべたのだった。


 成治は塾を出た後、黒い影を追っていた。

 黒い影は「悪意」と呼ばれている。それは、人に宿る悪の権化だ。

「はぁ~また起きるのか。……戦争」

 成治は念の為に刀を出していた。

 このまま彼奴も斬り捨てたい。

 十年前の戦争は俺にはどんな事が起きたのか分からないが、どうでも良い。

 俺は親父を許さない。これは、今でも変わらない。


「はぁ、畜生がー! 俺を馬鹿にするなよ!」

 成治はひたすら走った。


 【過去への咆哮】

 十年前、戦争が起きる前の話。

 時森成治、十四歳の頃だった。

 その頃の街は騒がしい日が続く中であった。成治は真面目な人とは裏腹で、不良みたいに黒い制服で、シャツを外に出すような格好だった。

「ただいま」

 不機嫌な声で屋敷に入った。

 ズボンのポケットに手を突っ込んで、螺旋階段を上がる。

「ちっ、舞い上がりやがって」

 成治は二階に到達し、妹の部屋をノックした。

 その頃の静は白衣を着ていなかった。普通の四歳児であった。

「は~い」

 幼い声がした。

 成治は頬を赤らめていた。

 全く、可愛いらしい声だ。

「入るぞ」

 返事を聞かずドアを開けた。すると、金色の髪がキラキラと輝いて、白いワンピースを着こなせていた静は床に座って成治を見ていた。

「静、父さんは……?」

 何を言っているんだ、俺は……

「帰って……居ないよ……」

 静は首を傾げながら言った。無邪気な笑みで成治を見ていた。

「そうかよ、ったく! 静をほったらかしかよ!」

 成治は怖い表情でドアを殴る。

「……おにいさま! ドアがこわれるよ」

 静は泣きそうな表情をし、成治は狂犬な目で静を見る。

「静、御兄ちゃんが守ってやる」

 俺は家族を見捨てない。家族より、研究の事が大事だと! ふざけるな。

「……にいさま、こわい……」

「ごめん、静……」

 成治は優しい表情で静を見た。

「おにいさま、どうしたの?」

「余り薄着じゃ……風邪引くぞ。上になんか羽織れよ」

 そう言って部屋を出て行く。ドアを閉める時「ごめんね」と静が成治に言った。

「謝るな、じゃ……出掛けて来る」

 俺は静かにドアを閉めた。


 それから俺は屋敷を出て、先生に会いに行く所だ。騒がしい人の声を無視するように歩く。

 煩いな、人が目障りだ。


「成治君、珍しいね」


 ふと、背後に声がした。そして、振り向くと白衣を着た青年がニッコリと微笑んでいた。

「どうも、先生。なんです、そのなりは」

 その人は白衣を着ている神楽先生だ。

「はっははは、私は研究者だ。白衣を着ていても、可笑しくないだろう」

 神楽は胸を張って笑った。

 何で能天気なんだ。この人が父さんの弟子だとは思えんのだが。

「立ち話は疲れる、近くの喫茶店に行こうではないか」

「はぁ……」

 俺は先生に付いて行く。まさか塾に行く前に会えるとは。

 これは偶然なのか。

「成治君、どうしたのかね。行かないのか?」

「すいません、行きます」

 そして、俺は喫茶店に移動した。


 俺は今、喫茶店に居る。居ると言うより、連れて来られたと言った方が良いだろう。先程に「何か注文は」と聞かれた。

「じゃ、ロイヤルミルクティーで」

「それだけかい~食べ物は?」

 食べ物って……

「俺は良いです、先生だけ頼んで下さい」

「そうかい。すいません!」

 神楽は店員を呼んだ。

 俺はカフェテラスを見た。

 随分と賑やかだ。

 先生はサンドイッチと珈琲を頼んだ。

 そして、先生は微笑みながら俺を見た。

「なんですか、ニヤニヤして」

「いや、はっははは! 成治君の考えている事が手に取るように分かると思ってね」

 なっ、何! 俺の考えている事だと。先生は何を言っているのだ。

「はっはは、変な冗談を」

「私に話があるのだろう」

「だから……なんですか。意味分からないですって……!」

 先生はお冷やを一口飲んで、目の色を変えて凝視する。

「なんでもないように見えると思っているのかな。私の勘違いかな」

 神楽は成治を凝視する。それが逆に怖い雰囲気になっていた。

「お待たせしました。サンドイッチと珈琲、ロイヤルミルクティーです」

 店員が注文した物を持って来た。

 そして店員は去って行き、神楽はサンドイッチを口に運んだ。

「うん、美味しい。成治君も遠慮せずに頼んでくれて良いんだよ。ご飯はちゃんと食べた方が良いよ」

 優しげに言った。

 美味しそうに食べるのだと思った。

「……先生。さっきの事は冗談ですか」

「さっきの事?」

 神楽は呆れた顔でサンドイッチを咥えたまま、成治を見た。

「うっ、ごっ、ほっ!」

 神楽はそのまま吐き出した。

 急いで食べるからだ。そんなに好きなのか……

 神楽は咳き込みをし、ペーパーで口を押さえて「ごめん、ごめん」と手を縦に振った。

「何をやっているんですか。はぁー」

 成治はロイヤルミルクティーを飲んだ。神楽はナフキンでテーブルを拭く。

「さっきの事とは、あれか……」

「はい?」

「話があるのだろう」

「くっ、どっちなんだ!」

 俺は先生にはぐらかされていると思い、テーブルを叩く。

「成治君、落ち着き給え。皆が見ている」

 店内に居る人が俺の方を注目している。

「すいません、気にせずに仕事して下さい」

 成治がその場を治めた。

「はぁ……なんか、もうどうでも良いと思って来た」

「ははっ、まぁまぁ。そう言うな。話って言うのは、龍之介先生についての事かな」

 やはり見透かされているようだな。父さんの所に行こうとしていると。

「女の子かな」

 先生が今、何かを言ったような……

「あの……今、なんと言いました?」

 成治は神楽に問い掛けた。

「何って、龍之介先生に好きな人を紹介するのだろう。その件についての相談を私にするのだろう」


「はーっ!」


 その言葉に絶叫した成治。

「……ちっ!」

 どう勘違いしたら、その間の抜けた質問が出て来るのだ。

「違います!」

「そうかい、はっははは!」

 先生は笑って誤魔化す。

 そして、珈琲を飲む。

「先生、俺行きます」

 もう付き合い切れねぇー。

 成治は立ち上がって、店の出口へと向かう。神楽は「待ってくれ」と呼び止める。

「なんですか?」

「私が悪かった。話は真面目に聞くから、行かないでくれ」

 神楽は成治に言った。

 成治は溜息を吐き、ポケットに手を突っ込んで「先生には分からねぇーよ!」と叫んだ。

 神楽はゆっくりと歩み寄る。

「まぁまぁ。落ち着け! 本当に悪かったって、席に戻ってくれ、すいません。ミルクティーのおかわりを」

 神楽は追加の注文をし、成治の両肩を掴み見据えた。

「ちっ、分かったよ!」

 成治は不機嫌に席に戻る。

 そして、話が再開された。

「家族の事、だよね」

 先生は的を射た答えを出した。

「あぁ、そうだよ」

 そして、話をした。全てを。


 先生は研究で忙しくしている父さんの事に一切口を出す気はないが、問い詰めるかは君次第だと言った。

「先生……」

「まぁ、自分が言うべき事はハッキリさせた方が良いよ。なんせ、家族だからね」

 神楽は珈琲を飲む。

 成治は無言で立ち上がる。

「先生は、少なくとも反対はしないと言う認識で良いんですよね」

 成治は背を向けた状態で問い掛けた。神楽は「ああ、自分で決めなさい」と心優しい言葉を言った。

 そして、俺は頷き、店を出た。


 俺は父さんの研究所に向かっている。

 研究所は商店街を抜けた大広場にある。大広場は時の街の中間にある大きな公園みたいな場所である。

 商店街を抜けて、広い遺跡の建物がズラリと囲っている。その中心には遺跡石と言う石板がある。

 これには歴史が刻まれている。

 此処は人も多く出入りしている。

「本当に……何をやっているのだか」

 俺は父さんの研究所に着いた。そして思いをぶつけてやる。

 俺は研究所のドアを開けた。

 階段を上がると、銀色の看板が壁に付けてあった。それには「研究中」と書いてある。

 成治はドアのノブに手を掛ける。そして、入る。

 研究室は八畳ぐらいある部屋であった。

 中はビーカーや薬品、紙束があちこちに置いてある。

 其処に居たのは白衣を身に纏って、眼鏡を掛けた者だった。


「まだ、研究中だ。入るな!」


 その者は怒鳴るように言った。

 何やら忙しそうにし、成治は不機嫌に「父さん」と言った。

 その声に振り向いた。

「成治、珍しいじゃねぇーか」

「あぁ……話があってな」

 この人が当時の領主であった、時森龍之介。俺の父親である。

 髪は銀髪で誰にでも優しそうな人だ。背は170くらいある。

「ほう~お前が話とはな……何かのまいぶれか」

 龍之介は腕を組んで言った。

「さっきも言ったが、忙しいのだ。後にしてくれ」

 龍之介は研究に戻ろうとする。

 成治は舌打ちをした。


「いい加減にしろよ!」


「……えっ!」


 その声に驚き、手を止めた。

「成治……どうした」

 成治は龍之介に近付き、龍之介の胸倉を掴み壁に押し付けた。

 その拍子で机にあった物が床に散らばった。

「何をする……」

 成治は狂犬のような目で睨んで、無言でいた。

 そして……

「くっ! いい加減に止めろよ! 下らない研究を」

「無茶を言うな。こっ、これは……大事な事なんだ。この街にとってもな」

 龍之介は目を瞑って言った。成治は掴んでいた手に力を込めた。そして、持ち上げるようにして。

「苦しいぞ、離しなさい……」

「家族の事より、研究が大事って事か!」

 ふざけた事だな。畜生が……

 やはり、駄目だ。

「あんたは、俺達の父さんじゃねぇー!」

 成治は右手を拳に変えて、龍之介を殴った。

「がっ! かはっ!」

 龍之介は壁に激突し、床に這い蹲った。

 成治は息を切らし近付く。

「あんたは、静がどんな思いで待っていると思っているか、分かっているだろう! ふざけるなよ!」

「ってーな! 何しやがる」

 龍之介はふらふらしながら立ち上がる。成治は見下すように凝視する。

「まさか……成治に殴られるとはな。俺も鈍くなったかな……」

 龍之介は殴られた拍子で飛ばされた眼鏡を拾う。

「少しは、家族の事も考えやがれ!」

 成治は龍之介に咆哮を浴びせ、研究室を出て行く。怒りを表すようにドアを強く閉めた。

「家族の事を……考えやがれ……か……」

 龍之介は壁に寄り掛かり思い詰めていた。

「家族じゃ……ないんだがな……」

 龍之介は不敵な笑みを浮かべ、殴られた所を押さえた。


 成治は階段を下りていた。不機嫌にポケットに手を突っ込んで。

「くそったれ、嫌いだ! キライだ……大っきれーだー!」

 父さんなんてどうでも良い。俺が守ってやる。

 静を。

 空を見上げて思った。


 そして、その数日後に戦争が起きるとは夢にも思わなかった。あれが、父さんとの最後の会話になるとは。


 だから、俺が今度こそ守って見せる。ふざけた野郎からな。

 現在の成治は塾を出て、黒い影を追っていた。

 俺のあの時の決心は今でも変わらない。

 刀の刃を上に向け肩に付けて走っていた。

「はぁ……畜生がー、俺を馬鹿にするなよな」

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