第249話 ミーシャの事情 8


泣きながら休憩室へ戻る。


もう何度目だろうか。


こんな風に自分の気持ちを制御できなくて、思ったまんまの態度をとってしまって……


自分自身に嫌気が差す。


涙を拭いながら歩いていると、リディ様が向こうからやって来た。


慌てて笑顔を作って、何でもない振りをする。



「どうしたミーシャ、ゾランと喧嘩でもしたか?」


「……なんでいつもリディ様には分かってしまうんですか……」


「俺は感情が読めるからな。」


「本当か冗談か分からないです……」


「本当だぞ?今も、ミーシャの悲しい気持ちが届いたから、ここまでやって来たんだ。」


「またそんな事を……」


「思っても なかった事を、つい言ってしまったか……?」


「……はい……」



リディ様にそう言うと、また私を包み込む様に抱き締めてくれる……

そうされると、また勝手に涙が出てきた……


すると、耳元でリディ様が呟いた。



「そのまま何も言わずにじっとしていろ。」



そう言われたので、言われた通りに黙ってじっとしていると、リディ様が私の顎を手で上げて、それから顔をすぐ近くまで寄せてきて、私の唇に唇を合わせようとしてきた……!


驚いたけれど、リディ様が何も言わずにじっとしていろって言ったので、言われたままに固まった様に動かずにしていた。

リディ様は唇を合わせる事なく、ギリギリの所で止めていた。


何なんだろうって思っていたら、後ろで何かが落ちる音がした。

その音に驚いて振り返ると、そこにはゾラン様が、持っていた書類を床に落として立ち尽くしていたんだ。


ビックリしてリディ様から離れようとしたら、リディ様が私を後ろから抱き締めた。



「リドディルク様っ!ミーシャとなにを……っ!」


「あぁ、見てしまったか?アシュリーとなかなか会えないのでな。ミーシャに代わりになって貰っていたところだ。」


「なんて事をするんですっ!ミーシャにそんな事っ!」


「ミーシャはもう成人しているぞ?俺もいつまでもアシュリーだけを待っているのは寂しいのでな。ミーシャを側室にでも据えようかと考えている。」


「なっ!なんでそんな事をっ!リドディルク様っ!ご自分が何を言っているのか分かっているんですか?!」


「当然だ。ミーシャもこんなに綺麗に成長した。俺の側室にするのに、何か問題でもあるのか?」


「でもっ!まだミーシャは身体も小さくて……っ!まだ呆気なさが残る少女ですっ!他にも女性はいっぱいいるじゃないですか!何故ミーシャなんですか!」


「では聞くが、何故ミーシャじゃダメなんだ?」


「ダ、ダメとか……そうではありませんが……!」


「なら何も問題はないだろう?」


「リドディルク様が良くてもっ!ミーシャの気持ちも考えて下さい!ミーシャはダミアと、その、付き合っているみたいですしっ!」


「そうなのか?ミーシャ?」


「いえ……私はダミアと付き合ってません。落ち込んだ私を励ましてくれて抱き寄せられていた所を、ゾラン様が見て誤解されたんです……」


「なら何も問題はないな。それで構わないか?ミーシャ。」


「リディ様が……そう仰るのなら……」


「ちょっ……!待って!ミーシャ!そんな簡単に答えを出しても良いのか!?」


「私を救って下さったリディ様が私を求めていらっしゃるなら……私はそれに応じます。」


「いや、そうじゃないだろ!ミーシャの気持ちはどうなんだ!?リドディルク様を好きなのか?!」


「私は……私が好きなのは……」


「ゾラン、合意の上だ。何も問題はあるまい?それとも、止める理由が他にあるのか?」


「そ、それは……」


「なければこれでこの話は終わりだ。今から少し休憩する。カルレスにそう言っておけ。」



そう言うと、リディ様が私を抱き上げた。

いわゆる、お姫様抱っこだ!



「きゃっ……リディ様っ!」


「大人しくしていろ。悪いようにはしない。」



耳元でまた、囁く様に言われた。

しかしその状態を見れば、リディ様が私の頬にキスをしている様に見える……

リディ様のその態度に、何をされたいのかが分からなくてドキドキするけれど、私は言われた通りに大人しくしていることにした。



「リドディルク様っ!」



言うなり、ゾラン様がリディ様から私を奪うように抱き寄せてきた。



「何をしている?ゾラン。」


「リドディルク様こそ、何をしようとしていたんですか!ミーシャを……ミーシャを良いように扱わないで下さいっ!」


「お前は誰にそんな事を言っているのか、分かっているのか!」


「分かっています!私の尊敬する主君に申し上げておりますっ!でもっ!ミーシャを傷付ける事は、誰であろうと許せないんですっ!」


「さっきお前もミーシャを傷付けたんではないか?!ミーシャの気持ちも考えずに、体の良い言葉で自分の気持ちを誤魔化して、ミーシャを傷つけたのはゾランだろう?!」


「それは……っ!……そうです……私はミーシャが離れて行くのを寂しく感じながら、でもミーシャが幸せになれればそれで良いと思ってっ!自分の気持ちでミーシャを縛り付けてはいけないと思って……っ!」


「ゾランの気持ちとは何なんだ!」


「ミーシャの事が好きって事です!」


「え?」


「……え?」


「……だそうだ。ミーシャ。」



すると周りから拍手と喝采の声が鳴り響いた。

気付くと周りには、メイド達や料理人達、執事達と使用人達が集まってきていて、私達のやり取りを遠巻きに何事かと見ていたのだ。



「え……?え、なんですか…?あれ?」


「ゾラン様……っ!」



嬉しくて、また涙が溢れてきた。

ゾラン様は、なんでこうなった?みたいな顔をして唖然とされていた。



「全く……世話の焼ける。しかし、こんな三文芝居に騙されるとはな……安心しろ、ゾラン。ミーシャには何もしていない。俺はアシュリー一筋だ。」


「え?あの、リドディルク様?今のは…?」


「ゾラン。自分の気持ちに気付かない振りは、いい加減止めなくてはな。今後の事は二人で話し合え。ミーシャを安心させてやるんだぞ?」


「え……あ…はい……」


「さぁ、皆!持ち場に戻って仕事をしてくれ!」



リディ様がそう言うと、蜘蛛の子を散らすように皆、仕事に戻って行った。

残された私は、ただ、どうして良いか分からずに、その場に立ち尽くしていると、ゾラン様が私の手を取り、ゾラン様の自室へと連れて行った。


部屋に入ると、ゾラン様が大きくため息をついた。



「あ、あの、ゾラン様……その、なんだか……すみません……」


「ミーシャがなんで謝るの?」


「ですが……」


「僕がミーシャを傷付けてたんだね…ごめん…」


「いえっ!ゾラン様こそ、謝らないで下さい!」


「さっき……リドディルク様とミーシャが……その……キスをしていると思った時……僕は平常ではいられなかったんだ……その時初めて気付いた。僕は……ミーシャが好きなんだ。」


「ゾラン様……っ!」


「ごめん、いきなりこんな事、困るよな。気にしなくて良い。」


「気にしますっ!すっごい気にしますっ!私も……っ!」


「ミーシャ……?」


「……いえ……その……なんでもありません……」


「え?今何を言おうとして、何を思いつめたんだ?何を考えてる?」


「何も……」


「ミーシャ。僕には何でも言って欲しい。何を考えて、何を思っているのか。それがどんな事でも、僕は受け止めたい。」


「でも……」


「一人で考えないで……一緒に考えれば良いんじゃないかな?ミーシャがそんな気はなくて、僕を嫌いならどうしようもない事だけど……」


「嫌いなんて!そんな事には絶対にならないですっ!さっきはつい言ってしまったんですが……ゾラン様を本当に嫌いだと思った事は、一度もありません!私は……ゾラン様が好きです!」


「そう……か……良かった……やった……!」



ゾラン様はそう言いながら、私を抱き締めた。



「ゾラン様……」


「良かった……ありがとう、ミーシャ……」


「でも……」


「何を気にしてる?」


「私は……その……私の身体は……汚れています……」


「ミーシャ…!」


「村の男達に……私は弄ばれて……」


「汚れてなんかないっ!そんな事、関係ないっ!」


「そのせいで……私は……子供を産むことが出来ない身体になりました……そんな私が……ゾラン様となんて……っ!」


「もういい……!もう言わなくていい……そんな辛い事……自分の口から言う必要はない……」


「だって……」


「全部……知ってた……でも、僕にはそんな事、何の問題にもならなかった。そんな事……どうでも良かったんだ……」


「ゾラン様……」


「僕は気にしない。だからミーシャも、その事を気にしないで欲しい。それは難しい事かも知れないけど、僕が気にしていない事を分かって欲しい。」


「……ありがとうございます……」


「あ、ミーシャ、泣かないで!ごめんっ!」


「なんでゾラン様が謝るんですか……嬉しくて泣いてるのに……っ!」


「あ、そうか。……そうか……」



ゾラン様が私を強く抱き締めて、耳元で囁く様に聞いてきた。



「口づけしても……良い?」


「……女の子にそんな事は……聞いちゃいけないんですよ……」


「そうだね……分かった……」



ゾラン様が私を見て、頬に手をあてて、ゆっくり顔が近づいてきて……


ゾラン様の唇が私の唇に触れた……


優しい優しい……


それは触れるだけのキスだった……


でもそれは


今までの二人の関係を違うものにする


とても大きな出来事で


今までの嫌なこととか


辛かった思い出とか


全てがこの日の為にあったんだとしたら


その全部を私は受け入れる事ができる


そう思えるくらい


私は今一番幸せな女の子だと感じたんだ……


それからしばらく


私達はお互いの気持ちを確認するように


ただずっと抱き合っていた


私が私であることを


初めて良かったって思えたこの日の事を


私は一生忘れる事はできないだろう……








  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る