第7章

第250話 君は今


執務室でいつもの様に仕事をしていると、大きな音でノックがされたと思ったら、返事を待たずに勢いよく扉を開けてエリアスが入ってきた。



「よう!ディルク!相変わらずしけたツラしてんなぁ!」


「エリアス……ノックの返事位待ったらどうだ?」



エリアスはソファーにドカッと座って、背もたれに体を寄っ掛からせて、頭を上にして寛いだ状態になる。



「悪ぃな!ついやっちまうんだ。まぁ、気にすんなよ!」


「俺にそんな口をきくのは、今ではエリアス位だ。」


「なんだ?俺にも敬う様な態度を取れってか?」


「いや……そのままがいいな。急に態度を変えられると、その方が気持ち悪い。」


「だろ?……で、今日呼び出したのは何なんだよ?」


「エリアスがオルギアン帝国のSランク冒険者となってから、もう2年になるだろう?規約では、2年間はSランク冒険者でいて貰わなくてはいけなかったが、エリアスが契約を更新しないのであれば、またAランク冒険者に戻る事ができる。どうする?」


「そっか……あれからもう2年経つんだな……」


「……そうだな……」


「ったく……今どこにいんだよ……」


「そう言えば報告がまだだったな。ラザスの村はどうだった?」


「俺がすぐに報告しねぇって事で、成果が無かったのは分かんだろ?……何の目撃情報もなかったぜ。」


「そうか……」


「そっちはどうだ?諜報員からは何か情報は無かったのかよ?」


「こちらも相変わらずだ。全く情報は無いな。」


「まぁ、ディルクの顔見てたら、聞かなくても分かってたけどな。疲れてそうだな。ちゃんと休めてんのか?」


「まぁ、な。相変わらずやる事が多くてな。それでも、皇帝になりたての頃よりは時間に余裕はあるがな。」



扉がノックされて、ミーシャがお茶とお菓子を持ってやって来た。



「エリアスさん、こんにちは!」


「ミーシャ!相変わらず元気そうだな!」


「はい!私はいつでも元気です!今日のお菓子は私が作ったんです!食べてみて下さい!」


「そうなのか!?じゃあ、遠慮なく頂くとするぜ!」



エリアスがミーシャの作ったケーキを手で掴んで口に入れた。



「あ、エリアス……そんなに一度に口に入れたら……」


「う……っぐ………」


「あれ?」


「エリアス、無理をするな!」


「い、や……大丈…夫……だ……」


「あの……ダメでしたか……?」



お茶をグビグビ飲みながら、少し目が潤んだエリアスが引きつるように笑いながら言う。



「お茶が旨く飲めるケーキだった……ちょっとビックリしたけどな……」


「そうなんですね!良かったっ!」



嬉しそうにミーシャが去って行った。



「しかし……なんでこんな味になるんだ?不思議だな……」


「そう言いながら、全部食べてるじゃないか。凄いな。尊敬する。」


「んな事で尊敬されてもな。不味かろうが、気持ち込めて作ったモンを無下にできっかよ。ゾランも大変だな。」


「ハハ……そうだな。」



また扉がノックされて、次はゾランがやって来た。



「あ、エリアスさん、おかえりなさいませ!」


「よう!ゾラン!今ミーシャの作ったケーキを食べたところだぜ。すっげぇ才能の持ち主だな。ミーシャは!」


「あ、ハハ、そうですね……私も毎回途方に暮れているんです……」


「上達して貰うしかねぇよなぁ。もうすぐ結婚すんだろ?」


「そうなんですよねー……シェフ直伝とか言って作ってるんですよ。でもなぜそうなるんでしょう?不思議です……」


「アシュレイは料理が上手だったぜ?」


「それはレクスも言っていたな。俺は食べた事が無かったが……」


「そうだったな!残念だなぁ?」


「ちょっと、エリアスさんっ!そんな嬉しそうにっ!ところで、どうだったんです?アシュリーさんは?!」


「なかなか手掛かりが掴めねぇな。」


「そうなんですね……」


「ゾラン、報告があるんだろう?」


「あ、はい、失礼しました。アクシタス国との条約内容に許可を頂きました。これで晴れてアクシタス国はオルギアン帝国の属国となります!」


「そうか。では、条約を結ぶ日取りを決めてくれ。それは……」


「レンナルト皇子とヴェストベリ公爵の結審が終了したので、後は判決を言い渡すのみとなりますが、その日の後に条約を結ぶ日を設定致します。」


「相変わらずだな、ゾラン。それから……」


「聖女様の事ですね?それは後程ジルドに報告させます。」


「分かった。」


「では失礼致します。エリアスさん、また時間がある時に剣の稽古をつけて下さいね!」


「あぁ、分かったぜ!」


「やっと一段落つきそうだな……」


「大変そうだな。俺には真似できねぇ。」


「俺だって嫌だ!エリアスみたいに自由にアシュリーを探しに行きたいんだぞ?!」


「分かってるよ。アシュレイを探す事を、オルギアンからの依頼にしてくれてるから、自由に探しに行きながら、金に苦労しなくて済んでる。これはディルクのお陰だからな。感謝してる。」


「珍しいな。エリアスからそんな言葉が出てくるとは。」


「ディルクの苦労が分かってきたからかな。結果が出せねぇのはすまねぇってしか言えねぇけどな。」


「いや……俺もエリアスには感謝している。アシュリーを……アシュリーの事を思って探しに行けるのは、エリアスしかいないからな……そうしてくれているから、俺はここで仕事をしていられる。エリアスがいなかったら、俺はこの国を放り出していたのかも知れない。」


「ディルクならやりかねねぇな!けど、見つかったとしても、俺はディルクに遠慮しねぇぜ?」


「分かっている。どうするかはアシュリーが決める事だ。負ける気はしないがな。」


「相変わらずムカつくなぁ!まぁ、事実負けてたけどな!ハハハっ!」


「エリアスのそう言うところは嫌いじゃないぞ?で、どうする?まだオルギアン帝国のSランク冒険者でいてくれるか?」


「そうだな……ちょっと考えさせてくんねぇかな……」


「もちろんだ。猶予は一ヶ月はある。ゆっくり考えてくれ。」


「そうさせて貰うぜ。明日からまた旅に出る。次はシアレパス国に行ってみるぜ。」


「……頼んだ。」



エリアスは微笑みながら、俺用に置いてあった軽食のサンドイッチを取って口に入れてから、手をヒラヒラさせて出て行った。


あれから……


アシュリーがラリサ王妃に忘却魔法で記憶を消されて、空間の歪みに消えて行ってから、2年の月日が経とうとしていた。


エリアスはいつまでも帰って来ないアシュリーを求めて俺の所に抗議に来て、その時に事の経緯を知った。


それからは、エリアスはアシュリーを探す旅を続けている。


エリアスが最初にした事は、空間移動が出来る様になる練習だった。

エリアスも銀髪の血をひく者であった為、その能力は素晴らしく、ある程度の魔法は教えただけで簡単に使えるようになっていった。

けれど、空間移動の魔法はなかなか思うようにいかなかったらしく、何度も何度も練習しては、魔力を使い果たして倒れていた。


今では自由に使いこなせる様になっている。


エリアスはここにいる皆とも仲良くやっていけてるし、憎まれ口を言い合う事もあるが、俺にも気遣いを自然にしてきたりする。


エリアスはいい奴だ……


アシュリーが心惹かれるのも、分からなくはない。


アシュリーを抱き締める度に……


エリアスへの心の揺らぎを感じずにはいられなかった……


それでも、俺を受け入れてくれたアシュリー


手の中にいる、と思ったら、いつもすぐにどこかに行ってしまう


またこの腕で抱き締める事は出来るんだろうか……


アシュリー


今 君はどこにいる……?








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