第247話 ミーシャの事情 6


今日は嫌な事ばかりあった日だった。


ゾラン様がリディ様に辞めさせられそうになっていて、それをリディ様に確認しに行ったけれど、涙が出て上手く言葉に出来なくて、結局リディ様がどう思われているか分からずに、コルネールさんにつまみ出されてしまった……


その後ゾラン様から辞めないと聞いて、やっと気持ちが落ち着いたと思ったところで、ゾラン様に縁談が持ち上がっていると聞いて、また私は落ち込んでしまった……


ゾラン様は素敵だし、優しいし、カッコいいし、優しいし、仕事が出来るし、リディ様に信頼されているし、優しいし、素敵だから、女性が放っておかないのも仕方がない事で……


だから、いつかはこうなる事は分かっていたんだけど、いざそう言う事を聞くと平常心ではいられなかった……


仕事をしつつも、考えることはゾラン様の事ばかりで、お茶を溢したり、お皿を割ったり、色んな所で色んな失敗をして、私は更に落ち込む事になってしまった。


そんな私に、追い討ちをかけるように聞いた事は、明日ゾラン様がデートをすると言うことだった。

休憩室でそれを聞いて、泣きそうになっていたところで、ダミアが声をかけてきた。



「ミーシャ、どうしたんだ?今日は調子が悪そうだな。」


「ダミア……ゾラン様がデートに行っちゃうー!」


「そうなのか?ゾランさんは今まで浮いた話が一つもなったからな。それが不思議な位だったんじゃないか?」


「分かってるっ!ゾラン様は素敵だし、カッコいいし、優しいし、何でも出来るし、素敵だし、リディ様に信頼されてるし、優しいし、完璧だし、もう、言うことない人なんだから、女の人の一人や二人いても仕方がないのは分かってるっ!けどぉーーっ!!」


「あ、あぁ、そうだよな……」


「ミーシャ、リドディルク様のお茶の時間でしょ!そんなところで油売ってないで、早く支度しなさいっ!」



不意にメイド頭のマドリーネさんに怒られてしまった……



「はい……すみません……マドリーネさん……」


「大丈夫かミーシャ?僕が代わりに行こうか?」


「良い……仕事はちゃんとしたいから……ありがとうダミア……」


「どうした?ミーシャ?」


「リディ様っ!どうしたんですか?こんなところにまでっ!」


「いや、いつもの時間になってもミーシャがなかなか来ないからな。気になって来てみた。」


「申し訳ありませんっ!すぐにお茶をお持ちしますのでっ!」


「……泣いていたのか?」


「……それは……」


「そうか。ゾランの事を聞いたか。」


「……はい……」


「すまなかったな、ミーシャ。デートに行かせるのは、俺が決めた事だ。ゾランが乗り気で誘った訳じゃないぞ?」


「でもっ!アンジェリカ様は、とてもお綺麗な方だと聞いていますっ!そんな方と一緒にデートなんかしちゃったらっ!ゾラン様は……っ!」


「気になるか?」


「……はい……」


「では、明日様子を見てきたらどうだ?」


「えっ?」


「明日は休みにするから、そんなに気になるなら、様子を見に行って来ればいい。あ、ダミア、それに付き合ってやって貰えるか?」


「え?!僕がですか?!……それは構いませんが……」


「どこに行くかは、事前に聞いておく。こんな調子では、明日も仕事にはならないだろうしな。」


「……分かりました。明日、追跡に行ってきますっ!」


「ダミア、ミーシャの事を頼む。分かっているとは思うが……」


「はい。心得ております。」


「任せたぞ。」



私を見て微笑んで、頭をゆっくり撫でてからリディ様は執務室に戻って行かれた。

そうして下さったから、気持ちが少し軽くなった。

リディ様はいつもそうやって、私にまで気をかけて下さる。

本当にお優しい方だ。


そんな事があったので、明日は急遽休みとなって、ゾラン様達の様子を見させて頂く事にした。


翌日、ゾラン様が出てから、私達もリディ様が用意して下さった馬車に乗って帝都へ行く。

ゾラン様は先にアンジェリカ様を迎えに行くから、私達の方が先に帝都に着いた。

馬車を預かってくれる所辺りで待ち伏せしながら、でも見つかる訳にはいかないので隠れて、ドキドキしながらゾラン様達が来るのを待っていた。


少し待ったところで、ゾラン様達の乗る馬車がやって来た。


馬車から出てきたアンジェリカ様は、とても可憐で美しく洗練されていて、ゾラン様と並んで歩く姿がとてもお似合いで、ゾラン様の腕に腕を絡ませていた。

その仕草がとても自然で、ゾラン様も微笑みながら楽しそうに街を歩く。



「ミーシャ、はぐれない様に手を繋ごう。」


「あ、うん……」



ダミアにそう言われるまで、私にはゾラン様しか見えてなかった。

前に来た時は、知らない人が近くに来ただけで怖くって、動けなくなっていたのに、今はゾラン様以外目に入らない。

もしかしたら、私はこれを機に人への恐怖症が克服できるかも知れない……


ダミアと手を繋いで、ゾラン様達と少し距離をおいて歩く。

お二人はとても楽しそうで、本当にお似合いのカップルって感じだった。

アンジェリカ様はどんな事にも嬉しそうにして笑い、離れて見ているこちらにもその感情がよく分かる位、表情豊かなとても可愛らしい女性だった。

その様子を、ゾラン様は同じように微笑んで見ている……


ゾラン様が予約をしたお店には入れなかったけど、店から出てくるお二人を見ているだけで、中でどんなに楽しい会話がされていたのか分かってしまう……



「ダミア……帰ろ……」


「もう良いのか?まだディナーのお店から出て来られそうにないが……」


「……もう良い……」


「分かった。」



これ以上、お二人の姿を見るのが辛くなって、先に帰る事にした。

帰ってすぐに、リディ様の元へ行く。

そこで、今日の報告をした。



「ミーシャ、今日はどうだった?」


「……お二人は……とっても楽しそうで……すごくお似合いでした……」


「そうか。帝都ではミーシャは問題なく歩けたか?」


「やっぱり……リディ様は私に、知らない人がいる環境に慣れさせようとされたんですね……」


「こう言う事でもないと、外出しようとは思わないだろう?帝城へ越して来た時も、慣れるまでは暫く自室から出て来られなかったしな。機会があれば、どんどん外に出て行けば良いと思っている。今のミーシャの世界は限られていて狭い。もっと外にも目を向ければ良い。そうすれば、ゾランよりも気になる男が見つかるかも知れないぞ?」


「そんな事っ!絶対にありませんっ!私はっ!あの時……村で誰もが私に暴力を振るっていた時……ゾラン様だけが……ボロボロで痩せて汚かった私を、優しく抱き締めてくれたんです……っ!あの時は、それがどういう事か分かりませんでしたが、今なら分かります!その事を思い出す度に、今でも心が温かくなるんです!私にはゾラン様しか……っ!」


「……そうか。」


「あ……すみません……でも……ゾラン様と一緒になりたいとか、そこまで考えている訳ではありません……私は……今のままで良いんです……」


「ゾランが他の女性と結婚しても良いのか?」


「それは……仕方のない事です……私には無理ですから……」


「ミーシャは……分かっているんだな……」


「はい……私は……子供を産めない身体です……今は……村の男達に何をされてきたのか分かっています……小さな体に無理にそうされたので、子供を育てる場所が壊されて機能しなくなったと……以前医師の方にそう聞きました。」


「ミーシャ……」


「リディ様、そんなお顔をしないで下さいっ!私は今幸せなんですっ!ここで働けるだけでも、私はには有り余る事なんです!」



不意にリディ様が私を包む様に抱き締めた。

リディ様の胸は広くって温かくって……

とても安心できる、優しい気持ちが溢れて来るような……

そんな感じがした……

そうされてると、自然に涙が頬を伝う……


何も悲しい事なんてない……


ゾラン様には幸せになって頂きたい。


だから、アンジェリカ様とこのままご結婚されるのが良いことなんだ。


私はここで元気に働けるだけで……それだけで充分幸せなんだ。


分かってる……


けれど少しだけ……


もう少しだけ


このままでいさせて下さい……









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