第245話 ミーシャの事情 4


翌日、アンジェリカ様を迎えに、ジスカール邸へと赴いた。


これはリドディルク様の命令で、あんな風にされたら、それを断るなんて事はできる訳もなく……


しかし、デートプランと言うのを考えた事が無かったから、どうすればいいのかホトホト困った。

しかも相手は子爵令嬢だ。

滅多な所に連れて行ける訳がない……!


帝都で、今流行りの劇が催されていたので、会員であっても入手困難なチケットを取った。

それから、人気で予約が取れないと言われているスイーツの店も、ディナーの人気店も席を取る事ができた。

今までの伝手を使えば、こう言うことは難なく出来るが、それを自分の事で使うには背徳感が半端なかった……


しかしリドディルク様は、「それもゾランの能力だ。存分に使え。」等と平気で言ってくる。

本当に何を考えているんだ、あの方は……


ここ最近は本当に仕事が忙しい。

それは僕だけではなくて、リドディルク様が皇帝になられてからは、その周りにいる者達は皆が忙しい。

何故なら、今この帝国に巣食った悪い膿を吐き出す作業をしている所で、それを秘密裏に動いて証拠を集めていたりして、情報が漏洩しないように気が抜けない状態が続いているし、裏取りもしっかりしないといけないからだ。

それさえ終われば一段落つくとは思うけれど、だからこんな時にデートなんてしている場合じゃない筈なんだ!


しかも、その中でも一番働かれているのはリドディルク様だ。

なのに、休暇を取れとか言い出すし、本当にあの方は自分に厳しく他人に優しすぎる。

全く、きちんと管理しておかないと、寝ずに休まずに仕事をしていてそうなんだ。


そんな事を、ジスカール邸の待合室にいる時に考えていると、アンジェリカ様がやって来た。


彼女の髪はブロンドで、手入れが行き届いていて艶やかで、その髪を流行りの髪型に結っていた。

服装も、派手過ぎず地味過ぎず、清楚で可憐な印象を与える、紺に青のラインが綺麗なポイントとなっている、洗練されたデザインのドレスだった。


僕を見ると、アンジェリカ様は嬉しそうに微笑んだ。

僕も同じ様に微笑んでみせる。

それから二人で帝都のエルディシルまで馬車で向かう。


帝都に着いて、二人でまずは店を見て回る。

アンジェリカ様は僕の腕に腕を添えてきて、終始楽しそうに微笑んでいた。

僕と一緒にいて、何が楽しいんだろうか……?


それからスイーツのお店へ行くと、アンジェリカ様がそれに驚いて、予約が取れないのに凄い!と、仕切りに僕に感謝の言葉を伝えてきていた。

ここはチョコレートを使ったスイーツが有名で、普通席でも、たとえ貴族であっても予約が取れないのに、僕達は個室に通されたもんだから、アンジェリカ様からは羨望の眼差しで見られてしまう事になった。


それからその店で土産を買って店を出て、夕方頃に劇場に向かい、観劇を楽しむ事にする。

ここでもアンジェリカ様は凄く驚いて、観たかったから嬉しいっ!と、子供の様にはしゃいでいた。

それは悲恋を描いた作品で、今若者、特に女性に人気の物語だった。

終わってもアンジェリカ様は涙が止まらなくて、何度も素晴らしい劇だったと絶賛していた。


アンジェリカ様が落ち着いてから、ディナーへと向かった。

ここでも予約が三ヶ月待ちの店なのに、と驚かれて、ひとしきり僕を凄いと褒め称える。

食事もワインもとても美味しくて、全てが満足のいくようなひとときとなった。


食事が終わって外を散歩しながら馬車まで歩く道のりで、少しワインに酔ったアンジェリカ様が嬉しそうに、今日の出来事を話し出す。

それはとても楽しそうで、聞いている僕も楽しくなってくる。

馬車の中でも、観劇の感想を話しては涙ぐむし、喜怒哀楽が豊富で、アンジェリカ様はとても可愛らしい女性だった。


ジスカール邸の前で別れる時に、アンジェリカ様は名残惜しそうな表情をする。

スイーツの店で買った土産を渡し、僕も楽しかった事を伝えると、嬉しそうに、何度も僕の方を振り返りながら帰って行った。


こんな風にデートと言われる事をしたのは初めてじゃないだろうか?

リドディルク様の命令で、仕方なくする羽目になったデートだったけれど、良い息抜きになったかも知れない。

帝城へ帰る馬車の中でそんなことを考えながら、それでもふと思ってしまうのは、何故かミーシャの事だった。


この店に連れて行ったら、ミーシャはなんと言うんだろう?

この観劇を観たら、大声で泣き出すかも知れない。

ワインなんか飲ませたら、楽しくてはしゃぎ出すかも知れないな……


そんな事を考えながら、僕は今日一日アンジェリカ様とデートをしていたんだ。

そんな自分に嫌気がさす。

アンジェリカ様に申し訳ない気持ちでいっぱいになる……


帝城に戻り、メイド達の休憩室へ行くと、三人テーブルで休憩をしているメイドがいたので、スイーツ店で買ったお土産を渡すと、物凄く喜んで頻りにお礼を言われる。

しかしそんな中、ふと隅を見ると、ミーシャがまた縮んでうずくまっていた。



「わ、ビックリした!いてたんだ!」


「そうなんですよ。今日ミーシャはずっとこんな感じだったんです。何を聞いても何も言わないから、私達も理由が分からないんです。」


「そうなのか……」


「ゾランさん、私達まだ仕事が残っているからもう休憩終わりますけど、代わりに何があったか聞いてあげて下さい。」


「あ、あぁ、分かった……」



ミーシャの側まで行って、うずくまっているミーシャに目線を合わせる様に、僕も屈み込む。



「ミーシャ?どうしたんだ?」


「ゾラン様……」


「チョコレートを買ってきたんだ。ミーシャ、好きだろ?一緒に食べよう?」


「はい……」



手を取って、ミーシャをテーブルにつかす。


それからミーシャと二人で買ってきたチョコレートを食べる。

けれど、何があったのか聞いても、ミーシャは何も言ってくれなかった。

今まで、僕に何も言わないなんてなかったのに……


今日はもう休む様に言って、ミーシャを部屋へ送っていく。



どうしたんだろう……



何かあったんだろうか……








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