第227話 ふたりの想い


前に見た、闇オークションの会場の一階で催されていたパーティーを思い出す。


それよりも華やかな感じで、皆が私達が来るのを待っていた。


会場に入ると、皆がディルクに頭を下げた。


その様子に恐縮して、ディルクの腕を離そうとしたが、ディルクが私の手を掴んで自分から離れない様にする。


ディルクは実に堂々と、シルヴィオ王の前まで胸を張って歩いて行く。



「こんなに盛大な事はしなくても良いのだが……」


「リドディルク皇帝陛下をお迎えしましたのに、この程度でも足らない位です。」


「こんな事が出来る予算を他の事に使えば良いのだ。俺に金を使う必要等ない。」


「は……それは申し訳ありません……」


「それでも俺の為にしてくれた事だ。今日は楽しむとしよう。」


「それは是非!楽しんで下さい!!」



程なくしてパーティーが始まり、皆が食事をしながら談笑している。

私はディルクの傍で、初めての経験に緊張していた。


ディルクの元には、ひっきりなしに貴族達が挨拶にやって来る。

皆、ディルクに恐縮している様子だ。


そして、傍にいる私の事を見て、悔しそうな顔をする者ばかりだった。

きっと、事前にシルヴィオ王は私がこの国から離れる事を言ってたんだろう。


 

ディルクは挨拶に来た一人一人の仕事内容について、どうすれば改善できるのかを的確に伝えて行く。

これには皆が驚きながら、関心したように頷く。

時々、不正をしていそうな者がいたりして、顔を青褪めさせて逃げる様にこの場を去って行くが、シルヴィオ王の数いる従者の一人に詳細を告げ、調べる様に促していく。

聞くと、伝えていた者が一番思慮深く、頭が切れる者だった様だ。

シルヴィオ王にもその事を伝え、常に側におくように提言していた。


終始こんな感じで、ディルクはこの場を楽しむと言う事は出来ない状態だった。

いつも自国でこんな風に、国を良くする為に動いているんだな……


見るからにディルクの事を敵視している者もいたし、上っ面の言葉で歯の浮くような事を言い機嫌を取ろうとする者も多い。

ディルクは人の気持ちが分かるって言ってたから、自分に向けられる良くない感情を、今も感じているんだろう……


時々私の方を見て、ニッコリ微笑む。

その時ばかりはいつものディルクに戻った様に感じた。


段々具合が悪くなって行く様な感じが見て取れて、思わず支える様に腕を掴む。


いつもこんな風に、ディルクの周りには良くない感情が渦巻いていて、それに押し潰されそうになっているんだろうか……

心から安らげる時はあるんだろうか……

そんな思いが胸に残る……


ふと見ると、エリアスは壁にもたれ掛かって、会場の様子を伺っている様だった。

それからゾランと話しをしたり、オルギアン帝国から来た者と思われる人達と、楽しそうに話しをしていた。


良かった。


エリアスは誰とでも仲良くなれる人だけど、こんな場に慣れてないのかもと気になっていた。

でも、それは私の杞憂だった。

一番この場に慣れていないのは、どうやら私だった様だ……


暫くして、ディルクが疲れたので先に休む、と言って会場を後にした。

それに伴い、私も一緒に会場を出る。


出た所で、ディルクがよろめいた。

思わず支えると、そのまま私を抱き締めてきた。


すぐ後からゾランがやって来る。



「リドディルク様、大丈夫ですか?!」


「ゾラン……大丈夫だ……アシュリーがいるからな……」


「今日はもうお休みになられた方が良いです。お部屋まで案内させます。」


「そうだな……」



部屋に案内される。

広くて、凄く高そうな調度品があちこちにあって、奥には大きなベッドがあった。


そこまでディルクを支えながら行って、倒れ込む様にベッドに一緒に横になる。



「ディルク、大丈夫?」


「あぁ……大丈夫だ……」


「またそう言う……」


「ハハ……流石にこの状態で大丈夫と言われても……と言う感じだな。」


「……ディルクはいつもこんな感じなの?」


「そうだな……」


「気が休まる時はある?」


「……最近は少しだけな……」


「どうして皇帝になっちゃったの……?」


「……回避する事が出来なかった……皇帝に等ならずに……アシュリーと一緒に旅をしたかった……」


「うん……」



ディルクが私を抱き締めて、それから口づけをする……


優しい優しい……いたわる様な口づけ……



「このまま……離したくないな……」


「ディルク……」


「でも……アシュリーはすぐに何処かへ行ってしまう……」


「それは……旅をしているから仕方なくて……」


「エリアスが羨ましいな……」


「え……?」


「誰にも、何にも囚われずに……アシュリーといつも一緒にいれる……」


「でも……自由になれるようにするって……」


「……あぁ……そうだな……」


「うん、言ってくれた……」


「……そう出来るように……」


「…うん……」


「………」


「ディルク……?」


「………」


「大丈夫……?」



少し熱が出てきたのか、ディルクの体が熱くなっていた……


私が捕らわれてから、すぐにディルクはオルギアン帝国から駆けつけてくれた。


きっと急いで来てくれたんだろう……


今回のやり取りを見て、少しだけディルクの普段の様子を垣間見た感じだったけれど、きっと帝国でも忙しくて大変な仕事をしていたんだ。

皇帝ともなれば、勝手に簡単に出歩くなんて事が出来なかった筈なのに、何をおいても駆けつけてくれた……


疲れているところに、さっきの様に色んな人の嫌な感情とかを知ってしまって、更に精神的にもいっぱい疲れたんだ……


ディルクの頬を撫でて、そっと口づけをして……


私を抱き締めている腕から、起こさない様に抜け出した。


音を立てない様に部屋を出て、外にいたゾランにディルクが熱を出した事を伝える。

ゾランは慣れた感じで、「あとは私共にお任せ下さい。」と言って、メイドや従者達を連れて部屋に入って行った。


ディルクの事が心配だったけれど、ゾランに任せて私は聖女としてあてがわれた部屋へ戻った。


部屋の前では、エリアスが壁にもたれ掛かって立っていた。



「エリアス……」


「アシュレイ!」



エリアスは私を見つけると、足早にやって来る。



「アシュレイ、アイツ大丈夫だったか?なんか辛そうな感じだったけど……」


「あ、うん……熱が出てて……ゾランに任せたんだ……」


「そっか……かなり急いでここまで来たからな。その疲れもあったんだろうな。」


「私は皆に迷惑をかけてしまっていたんだな……」


「もう気にすんなよ。アシュレイは人助けをしたんだ。何にも悪くねぇ。良いことをしたんだ。そこに目をつけた奴等が悪いんだ。な?」


「うん……ありがとう……」


「アシュレイは大丈夫だったか?アイツ以外に嫌な事とかされなかったか?」


「アイツ?……あぁ、ニコラウスの事?」


「名前は分かんねぇけど、アシュレイに迫ってた奴。」


「ふふ……ニコラウスはあれでも王子だ。あんなに何回も投げ捨てられて……」


「そう言いながら、アシュレイ笑ってるじゃねぇか!ハハ、気の毒だなぁ!」


「エリアスも投げたじゃないか!笑ってるし!」


「それは仕方ねぇだろ?アシュレイに余計な事しようとしてたから……」


「ニコラウス以外は大丈夫だった。自由には動けなかったけど、皆良くしてくれていた。」


「そっか……なら良いんだ。安心した。」


「そう言えば、エリアスはなんでディルクと一緒にいたんだ?」


「あぁ……ナルーラの街で聞き込みをしてたら、アンナが王都に連れて行かれたって聞いて、それは人質って事かと思って、急いでここに向かっていたら、馬車に乗ったアイツを見つけて……」


「そうなんだ……エリアスも来てくれたから、ビックリした。」


「ハハ、俺が来て嬉しかったか?」


「うん……嬉しかった……」



不意にエリアスが口を手で覆って、横を向く。


それから大きく溜め息をつく。



「またレクスに勘違いすんなって言われそうだ……」


「え?何が?」


「何でもねぇ……」



それからエリアスが私の手を取って引き寄せて、私を抱き締めた。



「ちょっとだけ……こうさせてくれ……」


「え……」


「アイツに抱き締められてんの見て……アシュレイはアイツのモンだって見せつけられて……けど、俺、やっぱり諦められねぇ……!アシュレイが好きで好きで……どうしようもねぇ……っ!」


「エリアス……」



私は何も言えなくて、ただエリアスが落ち着くのを待った……


少しして、エリアスがゆっくり私を離す……


それから私の頬を撫でて、優しく微笑んだ。



「すまなかったな……」


「ううん……」


「じゃあ、俺も疲れたから寝てくるな?」


「うん……あ、エリアス!」


「ん?なんだ?」


「あの、傷痕の痛いの、大丈夫かな……?」


「あぁ……もう大丈夫だ。ありがとな。」


「ううん……おやすみ……」


「あぁ、また明日な。」



部屋に行くエリアスの後ろ姿を、私はただじっと見送っていた。



ディルクもエリアスも



ゆっくり眠れますように



そう祈って、私も部屋へと戻っていった……







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