第224話 変わっていた事
王城で聖女として捕らわれてから、私の生活は籠の中の鳥……と言う程の事はなく、王城近くの貴族専用の診療所へ行ったり、自宅療養している貴族の元まで行ったり、と言う感じで過ごしていた。
一度、この国の王にも会いに行かされた。
私を見て嬉しそうに笑っていたが、嫌な笑い方をする人だと、何か言われた訳でも無いのに感じて、良くない印象を受けた。
しかし私の扱いはまるで神の様で、皆が敬って接してくれている。
食事や身の回りの事まで、私が何かしようとすれば使用人達が即座に動いてくれて、本当に回復魔法を使う以外に何もする事がない。
と言うか、させて貰えない……
流石に入浴する時にお世話されそうになったのには、かなり拒否して回避する事ができたが、私が望めば、ある程度の事は叶えてくれそうだ。
しかし、アンナの様子を見たい、と言ったが、それには許可が下りなかった。
申し訳なさそうに断る使用人達をみると、それ以上は何も言えなくなってしまった……
好きな時に出掛けたり、勝手に部屋を出たりは出来ないけれど、それ以外で不快に思わないように、使用人達は配慮して動いてくれている様だった。
面会に来る人達も段々多くなって、貢ぎ物も増えていく。
こんな事は本当に困るんだけどな……
それから、ニコラウスもよくやって来る。
やって来る度に求婚してくる。
いや、ニコラウスだけじゃなくて、どこの誰とかは分からないけど、とにかく何故か何人も私に結婚を申し込んでくる。
きっと聖女を
王城の中だけでなく、出来れば外に出て、街で病気の人や怪我をした人の治癒をしたいんだけど、やはりそれもさせて貰えなかった。
医師にかかる事も出来ない人達にこそ、この力は必要だと思うんだけど、私を守る為だと頑なに言い張られてしまった。
そんな感じで過ごしていたが、なんと言うか……
やっぱり外に出たいっ!
自由になりたいっ!
他愛もない話とかして、笑いたいっ!
気にせずに触れたりしたいっ!
そう思って、ふと気づく……
レクスと会ってから今までの間に、私はこんなにも一人じゃない事に慣れてしまっていたんだな……
他愛もない話をする事は、それまでには無かった事で、自分には叶わない事だと思っていた。
一人での旅は、誰と話をするわけでもなく、そうなると感情は乏しくなる訳で、それまでの私は、自分には然程喜怒哀楽と言うものがないのでは?と思っていた。
なぜなら、感情を動かされる事等無かったからだ。
だから、人としての感情が乏しくなって行く一方で、使える異常な能力をもて余してしまって、自分は異質な存在と思えてしまっていたんだ。
それが、レクスと知り合って旅をするようになって……
エリアスとも旅をして、触れる事に躊躇う事が無くなって……
私は随分と貪欲になってしまったんだろうな……
それでも、自分が人として持てる感情が普通にあった事に、つい今まで気づかなかった。
当たり前の事なんて無いのに、そんな事も忘れてしまっていたんだな……
そう思うと、こうやってここに来た事に意味があったのかも知れない。
そう思えるのは、ディルクが助けに来てくれると信じて安心してしまっているからかも……
こんなにも私は色んな人に影響を受けて、この僅かな間に今までを覆す位、変わって来てしまったんだな……
それが良いことか悪いことか……
いや、そう言う事じゃなくて、今の現状に慣れ過ぎないで、自分をしっかり律して行かなければいけないんだろう。
夜になると、ピンクの石でディルクと話す事が、ここに来てから日課の様になった。
周りに誰かいるのか、あまり多くを話せない感じの時もあるけど、優しく話しかけてくれる声に、気持ちが凄く安らいでいく。
耳に馴染むような……昔から知っているような……そんな心地の良い声……
会いたくて、傍にいたくて堪らなくなる……
体に馴染むような感覚と言うか、ディルクといる事に何も
傍にいる事が当然の事のような、離れていた事が間違っていたような……
そんな不思議な感じ……
何でだろう……?
これが人を好きになるって事なのかな……?
エリアスとは、何か違うんだ……
エリアスを大切に思うし、一緒にいると安心する。
エリアスの力になりたいって思うし、悲しい思いをして欲しくない。
いつも笑っていて欲しいし、幸せを感じて欲しい。
ずっとこんな感じで旅が出来たら楽しいんだろうって思えるし、ずっと一緒にいれたら良いのに、とも思う。
でも、ディルクを想う感情とは、何だか違う気がする……
この感情は何なのか……
レクスの言っていた、自分の感情にも疎いって……
これはそう言う事なのかな……
そんな事を、一人窓から夕陽に染まった街を眺めながら考えていると、またニコラウスがやって来た。
「聖女様、また会いに来ちゃったよ。」
「こんなに何度も訪れるなんて、貴方に仕事はないのか?」
「仕方ないんだよ。聖女様の事を考えると、どうしようもなくなっちゃうんだ。じっとはしていられなくなるんだ。」
「……貴方には王妃がいるし、側室もいると聞いているが……」
「それとこれとは違うよ。それに、聖女様に会ってからと言うもの、他の女に興味がなくなっちゃってさ。聖女様が嫌なら、他の女とは縁を切っても良いしさ。」
「そう言う訳にはいかないだろう?王族の結婚とは、そんなに簡単なものでは無い筈だ。」
「まぁ、そうなんだけどさ。だからさ、僕と結婚してよ。」
「いや、そのだからってのが分からないから。」
「本当に言うことを聞かないよね。温厚な僕でも、そろそろ我慢の限界だよ?」
「前にも言ったが、私には約束した人がいる。それに……」
「それに、何?」
「いや……」
不意に目線を反らす。
私は何を言おうとしたんだろう……?
自分の事なのに、さっきから本当によく分からない……
「ふぅん……まぁ、いいや。その約束は守れないからね。他にも聖女様と結婚したがっている奴はいるみたいだけど、その誰よりも僕が一番良い条件な筈さ。さっさと諦めて、僕のモノになりなよ。」
「私が貴方と結婚なんてあり得ない。貴方こそ、さっさと諦めるべきだ。」
「本当に強情だよね……」
ニコラウスが私に近づいてくる。
私は距離を取る様に、後ろへ下がる。
気づくと壁際に押しやられていた。
「言うことを聞かない女なんて、今までいなかったんだけどな。」
「それは貴方の立場がそうさせているだけで、貴方に従った訳じゃないのでは?」
「減らず口もここまでくると、どれだけ可愛くても許せなくなるよね。」
「私から離れた方が良い。貴方を敵と見なしたら、私は攻撃するしかなくなる。」
「王子の僕にそんな事をすれば、いくら聖女様とは言え、ただじゃおかないよ?人質もいることだしさ。」
「本当にやることが卑怯なんだな……」
ニコラウスの手が壁について、私に顔を近づけて来た。
迫ってくるニコラウスの顔に、私は頬を左手に光魔法を付与させて触ろうとした。
その時ノックもなく、扉が勢いよく開けられた。
驚いて見ると、そこにはディルクがいた。
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