第214話 皇帝の仕事
帝城へ越して来てから、俺は激務に追われる日々を送っていた。
全く……予測はしていたとは言え、こんなにやることがあるとは……
全ての項目に目を通し、許可が必要かそうでないかの判断、可笑しな点が見つかればそれの改定案を示して、再度考案させる、人事に財務処理、それに加えて会談や会議、他国へ訪問する等、他にも色々処理があったりして、何とも目まぐるしい忙しさだ。
慣れれば程なくこなせるかも知れないが、まだ慣れるまでは日がかかりそうだ。
程よく手を抜く事も覚えて行かなければいけないんだろうな……
第18皇子ヴェンツェルの教育や指導等にも力を入れ、彼の保護も徹底的にさせている。
そんな状況でも、まだ暗殺者は俺を狙ってやってくる。
程なく済んでいるが、いい加減首謀者を極刑にしなければ、他にも被害が及びかねない。
「リドディルク様、昼食はどちらで召し上がられますか?」
ミーシャが様子を伺って来た。
最近は片手間にしか食事を摂ることが出来ず、ゆっくりと食事を味わう事も出来なくなった。
それでも栄養不足にならないように、シェフは食べやすい様にして、栄養のあるものを考えて作ってくれる。
「そうだな、ここで食べるから、持ってきてくれるか?」
「畏まりました!」
ミーシャと入れ替わる様に、ゾランがやって来た。
「リドディルク様、あまり根を詰められないようになさって下さい。満足に睡眠もとられていないと聞いています。」
「やる事が多くてな。慣れたら落ち着く。それまでは……な。」
「そうですか……」
「何か報告があるんだろう?」
「はい。まずは、もう一つの腕輪の持ち主についてですが……やはり、アシュリーさんと一緒に旅をしている、エリアスと言う者で間違いない、とのことです。この件に関しては、後程ジルドから詳しく報告させます。」
「やはりそうだったか……」
「それからアシュリーさん達が、マルティノア教国の教皇を倒されました。」
「何っ?!それは本当か!?」
「はい。あの国は教皇が代替わりしてからと言うもの、おかしな風に国が変わって行ってましたからね。先代の皇帝も、時期を狙っていたと思われます。」
「そうだな。ではまずこの国を押さえるべく動く事を優先させろ。教皇がいなくなった国は、放っておけばすぐに破綻してしまう。そうなる前に、オルギアン帝国の属国とする事を、何としてでも遂行させろ。」
「畏まりました。」
「それと……」
「教皇を倒した者の極刑は反故にする、ですか?」
「流石だな、ゾラン。」
「腐っても教皇です。それをただの旅人が倒したとなれば、捕らえられても仕方の無いことです。お任せ下さい。」
「頼んだ……!それから……」
「すぐにジルドを寄越します。」
「……頼む。」
ゾランが退室してから、大きく深呼吸をする……
あの教皇を倒したか……
元々アフラテス教は、広く布教されている宗教であり、アフラテスの女神は常に正しく、慈愛に満ちた女神であると、エレインは言っていた。
それが、いつの間にか排他的思考となり、政治的にも閉鎖的で、他国との交流も絶やしている状態だった。
諜報員によると、奴隷の売り買いが他国に比べて多くあり、孤児も多いが、幼い子供の死亡率が異常に高かった。
貧富の差が激しく、差別なんかは当たり前で、一度住民となったら、他国に移る事さえ許され無かった様だ。
何とかこの国を、正しく豊かにしたい、と、俺も考えていた所だったんだ。
宗教国と言うこともあって、迂闊に手を出せなかったが、アシュリー達が教皇を倒してくれたお陰で転機が訪れて来た。
「正に女神だな……」
アシュリーを思い浮かべて、つい微笑みが溢れてしまう……
しかし、どうやって倒したのか……
それもまた確認したい所だ。
一介の旅人が、それ程の力を持っていると言う事は、ただ事ではない。
公になる前に、何としてもアシュリーを守らなければ……
でなければ、そんな力を持つ者を、誰もが手中に収めようとするだろうから……
ただでさえ、アシュリーは回復魔法が使えるんだ。
その事が知られれば、どこの国にでもすぐに拘束されてしまう。
アシュリーには手を出させない……
俺が必ず守ってやる。
自由に、思うように、旅をさせてあげたい……
アシュリーには、何にも縛られずに、好きな様に生きて欲しいんだ……
そんな思いに耽っていると、ジルドがやって来た。
「お待たせ致しました。リドディルク様。ご報告させて頂きます。聖女様と父親ダレル殿の面会は滞りなく終わり、ダレル殿はすでに解放されました。それは、銀髪の村に戻られる事を望まれなかったからです。」
「やはりそうか……」
「それから、エリアスと言う者についての調査結果です。グリオルド国で出生後、母親を殺してしまった事により、聖女様にマルティノア教国のエルニカの街の孤児院に預けられ、そこで酷い扱いを受けていた様です。そこを逃げ出し、隣国アクシタス国付近で盗賊に捕まり、奴隷として売られ数年働き、その後魔眼の能力に目覚めた事により捨てられ、その後は自力で生活し、インタラス国で冒険者として働いていた様です。彼はAランクまで上り詰めました。実力はSランクにも届くと言われています。」
「数奇な運命だな……」
「アシュリーさんとは……仲良く旅をされています。」
「……仲良く……そうか……」
「現在はインタラス国の王都コブラルに戻って来られている様です。すぐにあちこちに移動されるので……調べるのに手取ります……」
「アシュリーは空間移動が使えるからな。勿論この事は内密に……だ。」
「心得ております。それから、アシュリーさんがランクアップされて、Cランクになられました。」
「そうなんだな。」
「その件についてですが、我が帝国より、アシュリーさんに依頼が出されておりました。」
「依頼?何のだ?」
「内容は記されておりませんでした。オルギアン帝国まで来る様に、と。来られてから詳細を明かすと言う事です。」
「なんだ……?誰がなぜそんな依頼をアシュリーに……?」
「お調べ致します。」
「……頼む。」
「それから、暗殺者についてですが……」
「やはり第2皇子レンナルト……か?」
「はい。それと……」
「ヴェストベリ公爵だな。」
「流石でございます。」
「その派閥の者達の動向は全て調べてくれないか。人数を増やしても構わない。ジルドが信用に足ると思う者を。」
「畏まりました。」
「それとこれを……。」
「……これは……?」
「明日は母親の誕生日だろう?ゆっくり休ませてやる事も出来そうにないのでな。こんな物で申し訳ないが……」
「いえっ!身に余る光栄でございますっ!ありがとうございますっ!!」
「ジルドが動きやすいのであれば、家族で帝城に越して来ても構わない。まぁ、住み心地は保証しないがな。」
「恐れ多い事でごさいます……私は庶民で貴族ではなく……」
「関係ない。そんな事は気にするな。どうするか決まればゾランに言え。弟達にも学校に通わせてやると良い。知識は何よりの財産だ。」
「……っ!ありがとうございます……っ!」
「纏まった休みをやれなくてすまないな。では引き続き頼む。」
「はいっ!畏まりましたっ!」
ジルドと入れ替わる様にして、ミーシャとシェフと、給仕、味見役の者がやって来た。
毒を盛られた事も何度かあるから、食事一つにも気を抜けない。
しかし……
「味見役は必要ないと言っただろう?」
「いえっ!そんな訳にはっ!」
「それでお前が命を落としたらどうする?」
「私の命等、リドディルク様に比べれば……」
「命の重さに変わりはない。皆平等に一つの命だ。それに、俺には毒が入っているかどうかは大体分かる。お前が犠牲になる必要はない。」
「リドディルク様……」
「幼い娘がいるのだろう?こんな事で永遠に会えなくなるのはバカらしい事だ。仕事は他にも山ほどあるんだ。それに回ればいい。」
「……ありがとうございますっ!」
「シェフ、今日の魚はどこから入手した?その者が持ち込んだ物は口にするな。直ちにその者を捕らえる様、動かせる。他の物は今のところ問題ない。」
「は…はいっ!申し訳ありませんっ!!すぐにお取り替えをっ……!」
「お前が気に病む事ではない。……副料理長の知り合い……なんだな……副料理長の身元を調べる。お前達は今まで通りに行動してくれ。」
「畏まりましたっ!」
足早に味見役の男とシェフが退室する。
給仕がゆっくりとお茶を入れて俺に差し出す。
それを口にして、ついため息が溢れ出る。
全く……俺を殺してどうしたいんだ……
この国をきちんと維持させて、更に繁栄させてくれるのであれば、俺は喜んで皇帝の座を譲ろう。
それが出来ないのであれば、せめて俺の邪魔だけはしてくれるな。
一時も気を許す事は出来ないな……
ここは牢獄みたいなものだ……
アシュリー……
心から求めるものは
俺にはアシュリーだけなんだ……
ただ一つの安らぎを
頼むから 誰も俺から奪わないでくれ……
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