第215話 再建
マルティノア教国に教皇の代わりとなる者を派遣する。
現在、マルティノア教国は、政治的には全く機能出来なくなっていた。
教皇と共に主力の幹部達も、やって来た二人の旅人によって殺害された、となっている。
残った教徒達は改心したかのように従順になっていて、こちらの質問には皆素直に答えてくれていた。
とは言え、全てを覚えている者はほぼいなく、殆どの者が、記憶が途中で途切れていたり、全く覚えていない、と言った風だった。
その中で1人、未だ正常な判断が出来ず、常に怯えている者がいる、と報告を受けた。
どうやらその者が、終始全てを見知った者らしいのだ。
厳重に施錠された、ベッドがあるのみの部屋でその男は、食事も摂らずベッドで布団にくるまって、ガタガタと震えて怯えているそうだ。
俺はその男の元まで行き、話を聞くことにした。
ゾランと共に、空間移動でマルティノア教国まで飛んでいく。
案内人に誘導してもらい、その男が収容されている施設に赴く。
鍵を開けて中に入ると、報告にあった通り、衰弱しきって怯えている男がそこにはいた。
その男は、俺が近づこうとすると、途端に叫び出す。
「うわぁぁっっ!あ……あ……来るな……来るなぁぁっっ!」
「……何を見た?」
「来るなぁぁっ!!頼む……っ!助けてくれっ!……殺さないでくれ……っ!」
これでは話しにならない……
俺は男の肩に触れ、恐怖を取り除いて行く。
「リドディルク様っ!」
「……大丈夫だ……軽く恐怖を取っただけだ……けれど……これは凄まじいな……」
身体中に広がる痛みに耐えながら、もう一度男に確認する。
「何があった?お前は何を見たんだ?」
「あ……あ……俺は……怖くなって……逃げ出して……ずっと隠れていて……」
「その事を誰も咎めはしない。」
「最初は……すぐに勝てると……すぐに捕らえて、戒めに手足を切断し……国中で見世物にしようと……」
「……っ!なんだそれは……っ!」
「刃向かう者達や……逃亡奴隷には…その様な忌ましめを……二人に助けられた孤児院の子供達も……見せしめに首を晒し者にして……それが…やってきた二人は強くて……我々はいつ殺されるか分からない状態に……」
「それでお前は恐怖を感じたのか……?」
「教皇様が……あの強靭な教皇様が……っ!一人の男が……闇の女神の様な美しい姿になったかと思えば…っ!どんな攻撃もきかずっ!笑いながらっ……笑いながら教皇様をっ!一瞬にして全てを吸い尽くす様にしてっ!!まるでミイラの様にしてっ……!」
「闇の女神……」
「美しい姿をした……悪魔の様な女っ!いつ俺もそうされるか分からないっ!!助けてくれ!頼む!助けてくれぇぇっ!!」
「……大丈夫だ。もうその女はやって来ない。」
「……体から蛆が這い出てくるかも知れない……地面が水に変わって飲み込まれるかも知れない……全てあの女神に吸い付くされて…ミイラにされるかも知れない……」
男が独り言の様にブツブツ言い出す……
まだ男の恐怖感は拭えていなかった。
俺はもう少しだけ男の恐怖を取り除き、それから部屋を後にした。
足元がふらつくのを、ゾランが支えてくれる。
男が経験した恐怖は凄まじいモノだった……
全てを取り除いた訳じゃないのに、俺の身体中に広がる痛みがその恐怖を物語っている……
闇の女神……
それはアシュリーの事か……?
いや、アシュリー以外には考えられない……
闇……闇の魔法……ではなく……精霊か?
闇の精霊の力を借りたのか……?
しかし、この国がこんなに酷かったとは……
刃向かう者や逃亡奴隷は、手足を切断して見世物に……
見せしめに子供達の首を晒し者に……?!
何故もっと早くにどうにか出来なかった……!
無垢な子供達が……逃げ出しただけで手足を切られて見世物にされた者達が……どれだけの思いでいたことか……っ!
恐らくアシュリー達は、この事を知って我慢出来なくなってしまったんだろう……
何も出来なかった自分に、俺は苛立ちを覚えていた。
「リドディルク様、ひとまず帰りましょう。一度休まれた方が良いです。」
「そうだな、帰ってこの国を一から再建する事を考え直さなければな。教皇代理だけでなく、アフラテス教の教徒でなくても、政治に有能な者を派遣しなければ……このままでは……この国の人々の心まで巣食った悪しき思想は……正常に等ならないっ……っ!」
「リドディルク様……」
その後、俺とゾランは帝国に空間移動で帰ってきて、俺は休む間もなくマルティノア教国の再建に関する事案に従事した。
マルティノアに派遣する者達も決まり、国の方向性や政治内容も決まってきて、マルティノア教国はオルギアン帝国の属国となり、新たにマルティノア国として誕生した。
マルティノア国への業務が一段落した途端、俺は執務室の机に突っ伏して眠るように倒れていたようだ。
皇帝になってからと言うもの、休みを取ることは一切出来ず、睡眠も食事も満足にとれていなかった状態で、あの教徒の男の恐怖を肩代わりしたものだから、一気に体に負担がかかっていたにも関わらず、マルティノア教国の再建で休む事が出来なかった結果がこれだった。
深い暗闇から段々と明るくなってきて……
朝の日差しに、ゆっくりと目を覚ます。
「リディ……」
俺を心配そうに覗き込む一人の女性の顔……
「アシュリー!」
思わずその女性の手首を掴んで、急いで起き上がって確認すると、それは聖女ラリサ王妃だった。
「あ……すみません……ラリサ王妃……」
「貴方は……やはり思い出していたのですね……」
「……なぜ貴女がここに……?」
「私が貴方を心配するのは当然の事です。それに、貴方に回復魔法を施す様にと、ベルンバルトから言われて来ました。」
「……俺に記憶操作はしてませんか……?」
「そんなにあの娘を忘れたくはありませんか?」
「俺が唯一つ望む事なんです……」
「リディ……」
「俺に回復魔法は効かないとは思いますが……?」
「えぇ……何度か回復魔法を施しましたが、貴方に変化は見られませんでした……」
「もう大丈夫です。貴女は部屋へ戻って下さい。」
ベッドから出ようとして、立ち上がった瞬間、足元がふらついてしまう。
それを支えようと、ラリサ王妃が俺に触れようとした。
「触らないでくれっ!」
俺のその言葉に、ラリサ王妃は驚いた顔をして、体がビクッとなった。
「すみません……もう二度と……貴女にアシュリーの記憶を無くされたくはないんです……」
「リディ……ごめんなさい……」
「リドディルク様!」
俺の声を聞きつけて、コルネールがやって来た。
「コルネール……聖女を部屋まで送り届けてくれるか。それとゾランを……」
「畏まりました。さ、聖女様、こちらへどうぞ……」
俺を名残惜しそうに見つめながら、ラリサ王妃は部屋から出て行った。
それからしばらくして、ゾランがやって来た。
「リドディルク様、お体の調子は……」
「目覚めたら聖女が傍にいた。聖女と……ラリサ王妃と俺を二人きりに等するなと、前に言わなかったか?!」
「申し訳ありませんっ!聖女様がいらっしゃってた事を知らず……っ!」
「父上からの指示でここまで来たそうだから、知らなくても仕方なかったかも知れないが……今後、俺の元に来る者は、誰であろうと必ず俺の許可を取る様に皆に伝えろ。俺の意識がない時は、ゾランが判断しろ。」
「畏まりました!必ず……っ!」
「アシュリーの記憶だけは……もう二度と無くさせない……!」
「………」
思わず胸元にあるピンクの石を握ってしまう。
アシュリーが誰であろうと、どんな存在であろうと、俺の気持ちが変わることはない。
しかし……アシュリーは真実を知った時、どう思うんだろうか……
俺を拒否するんだろうか……?
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