第29話 好きと告白。そして……

 立花は司の家の前で、茫然としていた。

 招待されたとはいえ、事前に連絡すれば断ることも可能だった。それにもかかわらず、律義に司の家へと来ていたということは、そういうことだった。


『どうしよう…なんて言ってはいる? まぁ。言ってから入るのは当然だけど……』


 今回は、司の母。弥生からの招待ということもあり、なし崩し的に司の家に来ていた立花。よく考えると、立花が司の家に来るのは、始めてだった……

 幼いころに来たような気がしていたが、あの頃とは違い、そんな顔をしていいのか、わからなくなっていた……


がちゃっ!


「あっ!」

「あっ。」


 立花がそんなことを考えていると、玄関の扉があき司が出迎える。出迎えて当たり前だったが、立花の中には微妙な感情が沸き起こっていた。

 学校では毎日のように顔を合わせていても、いざ家でとなると話は別である。環境が違うだけで、こうも違うものかと思うほどにモヤモヤしてしまっていた立花だった……


「あ、あの……お、おはよ。」

「う、うん。」

『なんだろう……この気まずい感じ……』


 そんなやり取りをしているうちに、立花のスマホが鳴り出す。そこには、立花にとってお約束的な文言が並んでいた……


「あ……遥香……あの子。また……」

「えっ? 遥香さんがどうか……」

「これ見て……」


 何の気なしに立花がしたその行為。自分のスマホを司と一緒に眺める、すると、自然と二人の距離が近くなる……


「ほら、これ……」

「どれどれ……あ、遥香さん……来れないんですか……」

「そうみたい……司く……」


 司の方を向いた立花は、思わずあとずさりしてしまう。というのも、あまりの距離の近さに、司のほほにキスをしてしまいそうな距離に司の顔があったからだった……

 あまりの距離の近さに顔が真っ赤になっていた立花のもとに、家の中から弥生が姿を現した。


「あら、立花さん。いらっしゃい。」

「えっ、あ。弥生さん。」

「立ち話もなんだし、入って入って……」

「あっ、ちょっ。弥生さん?!」

「司。あんたは、飲み物持ってきて。部屋に立花さんを連れて行っておくから……」

「えっ! う、うん。」


 立花の手を取り、ぐいぐいと引っ張っていく弥生。弥生の中では、この機を逃すまいと、意気込んでいた。

 そんなこととはつゆ知らずの、立花は弥生に引っ張られるがまま、司の部屋へと連れ込まれた。


「あ、あの……」


 弥生に連れ込まれた司の部屋は、男子らしいおもちゃやデスク。見たことのあるバックなどがあった。


『ここが……司くんの部屋……』


 そんなことを考えていると、弥生が立花に諭すように話し始めた……


「ねぇ。立花ちゃん……」

「えっ?! 何ですか? 弥生さん……」

「いい? 知ってると思うけど、うちの子、優柔不断だから……」

「あ、あぁ……確かに……」

「でしょ?! だから言ってやって!」

「えっ?! な、何を……」


 立花は弥生が何を言ってほしいのか、察しはついたが、気恥ずかしいところがあった。そのことを考えると顔がにやついてしまうから……

 それを察した弥生は、初々しいころの自分を思い出したのか……


『あぁ、もう! かわいいなぁ~。もう!』


 弥生は自分がけしかけた手前、くっ付いてくれないと、どうにもしっくりこない。そんな弥生の想いとは裏腹に、本人たちの問題も絡んでくるため、なんとも言えない状況になっていた……


『どう考えても、うちの子と立花ちゃん。想いあってるのよね……』


 そんなことを考えていると、立花も不思議がって首をかしげていた……


「や、弥生さん?」

「あ、ごめんね。立花ちゃん。」

「いいえ。で……」

「いい? 立花ちゃん。」

「は、はい。」


 大きく息を吸った弥生は……


「うちの子。司をもらって。」


 体の調子を見てもらったこともある立花は、弥生がこれほど真剣に言うのだから、とても重要なことと想いまじめに聞いていた。

 重要なことは間違いなかった。ただ、立花の想像していたこととは斜め上の弥生の発言に、立花の頭の中で言葉だけがりぴーとしていた……


「えっ?!」

『も、もらって?!』

『もらって。っていうのは、その……物をもらうのとは違う……そういう……』


 矢継ぎ早にそのことだけを説明すると、弥生は立ち上がり入り口へと去っていく……


「あ、あの。弥生さん? も、もらってって……どういう……」

「あとは、任せるわ!!」

「えっ! 何? そのグッドのハンドサインは!!」

「あたしは、ちょっと出かけるから、あとは……じゃ!」


 部屋の扉を開け、すがすがしい顔をした弥生は、さっそうと部屋を後にする。


「ちょっと、弥生さぁぁぁぁぁぁん!!!!」


ばたん!


 扉が閉まるのと同時に、部屋にぽつんと残された立花は、考えを巡らせていた。しかし、その答えは、一向に出そうもなかった……


『ちょ、ちょっと。どういうこと?!』

『もらって。とか……』

『いや、確かに。司くんのことは……す、すき……』


 “好き”という言葉を想像するだけで、顔から火が出そうになってしまう立花。そんな立花の様子を知ってかしらでか、スマホに通知が入る……


「なに? こんな時に……あっ。遥香……」


 そこにはこう書かれていた……


「えっと、済ませる用事があるので、すぐにはいけません。」

「二人っきりだからって、おいたはだめよ💛💛💛」


 そのメールを見た立花は、あまりにもお約束な遥香のメールに……


ふん!!


 思いっきりスマホを投げてしまったのだった……


「遥香ぁぁぁぁぁ!!!!」


 ぶつぶつと、遥香のお約束な行動にイライラしながらも、今の置かれた状況を考え始める立花……


『遥香は、すぐには来れない。弥生さんは……もらってとか言いだすし……』

『待って、弥生さんがそう言うってことは……公認?』

『いやいや。待って……。いくら公認とはいえ……』


 立花も確かに司のことは、好きになっていた……

 かといって、告白するかしないかは別の話だった。そんな考えを巡らせていると、司が部屋へとやってきた……


「立花さん……」

「司くん……」

「ごめんなさい……」

「えっ? どうして謝るの?」

「いや、うちの母が……」

「あぁ、そういうことね……」

「ん? うちの母が、なんか強引なことを言ってて……」

「いえいえ。」


 司とのこんな他愛のない会話をするだけで、立花も自然と笑顔が出る……


『あぁ。この感じ……好き……』


 司も緊張はするものの、そこまで緊張しっぱなしというわけではなく、普段の会話が好きだった……

 そして、しばらくすると……


『何を話したらいいんだろう……』


 こういう場合、話題を広げていった方がいいのだろうが、今の二人にはそれが難しかった……

 しばらくの沈黙の間、立花はこんなことを思っていた……


『このおなかの感じ、やっぱり……司くんのこと……』


 司のことを好きだからこそ、おなかが激しく反応してしまうことを理解した立花。理解してからは、そこまで激しくおなかが反応することはなくなっていた……

 司への思いを理解したことで、一歩踏み出せるようになった立花は、思い切って踏み出すことにした。


「つ、司くん……」

「へっ? な、なに? 立花さん……」


 立花は、思い切ってあの言葉を口にした……


「司くん。あたし……好き。司くんのこと……」

「えっ? そ、それって……」


 見合った二人の間に、奇妙な沈黙が走る。


『言っちゃったぁぁぁぁぁ!!!!』


 互いに赤面する形になった二人の間の沈黙の後、司が言い始めた……


「僕も、立花さんのこと。好きです……」

「えっ。」

「でも……」

「でも?」


 司の“でも”の発言は、案に否定を意味していたように感じた立花だったが、司はつづけた……


「僕は、なんというか……匂いが好きなんです……」

「えっ? におい?」


 年頃の乙女なら、においが好きと聞くと、当然引いてしまう。立花も同じで、一瞬。身構えてしまう……

 そんな些細な反応も、司は見逃していなかった……


「ですよね。匂いが好きって……へんたいですよね……」

「いや、これは……」


 立花は自分を責めた……それは、自分から告白しておきながら、無意識に怪訝な表情をしてしまったことに……


『あ。あたし、馬鹿だ。自分から告白したのに……』

「ごめん。司くん。」

「ですよね。気持ち悪いですよね……匂いが好きなんて……」

「違うの。司くん。そんな司くんだから……」

「そんな司くんじゃなきゃダメなの!!」


 思い切って告白した立花は、座っている司を抱きしめた。今まで、ここまで密着したことは、数えるほどしかない。それも、自分から……


「立花さん……」

「つ、司くん。わかる?」

「えっ?」


 立花の胸に抱かれた司の耳には、立花の高鳴る鼓動。ゆっくりと呼吸をすると、立花の匂いが司の鼻を刺激する……


「立花さんの匂いが……」

「うん。あたしにも、司くんの匂いがわかる……」

「でもね、恥ずかしいことじゃないの……」


 立花の胸に抱き寄せられていた司は、自然と立花の膝の上に頭が乗る状態になり、膝枕をしているような状態になった。

 それは、カップルがする互いの関係を確かめるような形そのものだった……


「立花さんの匂いがする……」

「で、でもね……」


クンクン……


 司の頭は、膝枕の状態になっていたものの、鼻部分が下に。つまり……


『その位置でクンクンは、さすがに恥ずかしいよっ!!』


ぐいっ!


「のぉっ!!」


 司の鼻が両足の間になっていたことで、さすがに恥ずかしい立花は、司の首を強引に横にしたのだった……


「く、首がぁ……」

「ご、ごめん。でも、あの位置でクンクンはさすがにムリ!」


 なだめるように、司の頭をなでる立花は、改めて司に打ち明けた。


「こうして、司くんと一緒にいるのが、一番安心するの。」

「立花さん……」

「それにね。その……おなかも落ち着くし……」

「そ、そうなんだ……」

「うん!」


 ようやく、思いの通じ合った立花と司。告白の後は数段飛ばししたような気がした二人の間には、暖かな空気が流れていた……


「ちょっ。司くん?」

「いや。すべすべだなぁ~って……」

「ちょっ! くすぐったいから……もう……」


 ミニスカートを履いていた立花。膝の上に頭をのせていた司は、自然と膝をなでていた。

 そして、何気に扉の方を向いた立花は、目撃してしまった……


『ねぇねぇ。あれ。ようやくくっ付いたみたいだね……』

『そうね。二人っきりにした甲斐があったわ……』


 数センチほど扉を開け、隙間からニヤニヤしながら遥香と弥生が、二人の様子を眺めていた……

 その姿を見つけた立花は、驚くのと同時におなかも反応してしまう……


きゅぅぅぅぅ。


「あっ。かわいい鳴き声が……」

「ちょっ! 司くん! 耳塞いで! 聞いちゃダメ!」

「えっ? もう、聞いちゃったんだけど……」

「うぅぅぅぅ……」


 至近距離で、好きな司におなかの音を聞かれるという、恥ずかしい状況に顔から火が出そうだった。

 しばらくの沈黙の後……


「遥香ぁ!!」

「えっ? 遥香さん?!」


 慌てて飛び起きた司と、帰ってきた弥生。そして遥香が奇妙に鉢合わせしていた。


「えっと、これは……」

「あ、司くん……否定しなくてもいいわ。」

「ん?」

「見てたから。ね。弥生さん。」

「えぇ。ようやく、うちの子が……」


 立花と司は、正座をした状態で顔から火が出そうなほどの恥ずかしさの二人だった……


「は、遥香。来ないんじゃ?」

「えっ? 来ないって言ってないけど……」


 立花の中で、遥香が遅れるなんて言うときは、来ないことが多かった。今回も、遅れるという通知をもらったことで、来ないものだと思い込んでいた……

 慌てて放り投げたスマホを確認するとそこには確かに、“遅れる”としか書いてなかった……


「ね。」

「あう……」


 ガックリと肩を落とす立花。それを、心配そうにうかがう司は、もう。彼氏の素振りが見え隠れしていた……

 そんな様子を、弥生と遥香は二人の母親のような表情で眺めていたのだった……

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