TUKUMOGAMIーツクモガミー
アリエッティ
第1話 ツクモノノマチ
道具を大事にすると良いことがある。
100年以上使い続けた物には魂が宿ると言われいる。
誰かの心の投影か、年期によって滲んだものなのか、それは解らないが。
人と同じ姿をしたそれは一見区別をつけにくいが、殆どの通行人がモノである。
カナモノ町
多くの人混みでごった返す道を掻き分けながら、制服の少女が小さく息をする。手元の小さな紙切れを入念に読みつつ、何やら呟きぼやいている。
【美禄へ、突然の転勤で一人にしてしまって悪いな。家は用意してある、大きくて緑の屋根の家だ。初めての場所なら緊張もするだろうが頑張ってくれ。身体には気をつけろ
父より】
「無責任な手紙だよなぁ、特徴じゃなくて場所を書けっての。これじゃあ家帰れないじゃん!」
住所の明記をせずにポストに投函したようなものだ、一方通行の伝言に過ぎない。
「ていうかここどこ?
さっきまで人集りでいっぱいだったのに、人が一人もいない。」
大きく広い道から、狭く細い道に出た。当然そんな控えめな道筋の向こうに家がある筈も無く、参ったものだ。
「おかしいな。迷う筈無いんだけどな。広間を出たら、何処かしら住宅地に出るってお父さん言ってたのに..」
元々、酷い方向音痴なのだ。
学校の帰り道から家に帰る事がままならず、電車で三駅先の地域から電話が掛かって来た事もあった。それを見越して父の狂三郎が絶対に迷う事の無い町へと彼女を誘ったのだが、結局こういった噺だ。
「おい、お前人か?」
「うえっ?
..見ての通りですが。」
「わかんねぇから聞いてんだよ!?」
一昔前と表現されるような古典的な不良が、頭に柔らかめのモヒカンを蓄え
彼女を睨みつける。
「あ、それより家知りませんか?
緑の屋根の大きな家らしいんですけど」
「こっちが聞いてんだよ、お前が聞いてくんじゃねぇ!」
横暴な物言いをかまされる。だが相手の質問の意味がわからない為に答えようが無い。
「そんなの知らないわよ!
わたしだって今ここにきたの!」
思わず声を上げた。初めての町に初めてのヤンキー、その上で奇怪な質問。
「だったらなんだコラァ!!」
挙句に怒るという愚行。
「意味わかんないよ..」
「まぁわかんねぇだろうなぁ、俺たちゃ〝人間じゃねぇ〟からよ!」
「は...?」
頭を抱える事すら出来ない、理解不能な言動が鼓膜を惑わせ震わせた。男はナイフを持って向かってくるが、意識が姿を追えていない。
「死ねやぁ!」
彼女の感覚を無視して刃物は牙を剥く、彼女の身体は死という痛みを知らぬまま消えてしまうのか。
「あ、何だテメェ?」
先端が硬い壁に当たり、刃物とはいえない形でぐったりしている。
「今人間じゃないって、そう言いました?」
壁に見られたのは右腕、鋼のように硬質化した体表が、刃物の寿命を終わらせた。
「だったらなんだ、俺はそこの女にようがあんだよ!」
「..はっ!
え、わたしですか?」
意識がリセットされる。身体との時系列が漸く戻って来た。
「あなたが彼女にようが有るように、
庇うように隔たり立つ背の高い丁寧な口調の男。後ろ姿で顔は良く見えないが、燕尾服を身に纏い、顔の右側には何故か包帯を巻いている。右眼を巻き込み、頭の右端で包帯の先端を結んでいる。
「ヤンキーに敬語..!?」
それ程腕っ節のあるようには見えない、虚勢をはっただけなのか。
「その様子だと、てめぇも人じゃねぇな。ツクモノか!」
「..言わずもがな、と云ったところでしょうか。」
「ツクモノ...?」
またもや聞き慣れない言葉が飛び交う、これも全て方向を間違え事によって生じたものだ。
「今度は某が質問します。
貴方、私の部品を知りませんか?」
「パーツゥ〜?
知るかよんなもん!」
「そうですか..残念です。」
男の言葉を聞くと、項垂れ、落ち込むようにとぼとぼと歩き出した。
「え、ちょっ..行っちゃうの?」
助けてくれる訳では無い、はっきりとそう解った。
「待てよ」 「はい?」
しかしヤンキーというものは単純な生き物、目立つ者にすぐ目移りする傾向が有る。
「みすみす逃すと思うのか?
パーツが欲しけりゃ、お前の事バラバラに砕いてやるよ‼︎」
振り向きざまに殴りかかる。拳は顔面に当たり、鋭い反響音をさせる。
「きゃっ!」 「へっへへ..!」
拳を受けた男はピクリと動かず、暫く経って口だけで静かに呟く。
「..無茶をしますね、当たったのが右側で無くて良かったですけど。」
痛がる素振りは無い、眉一つ反応は無い。衝撃を受けたのは寧ろ、男の拳のほうだ。
「痛って〜..どうなってるテメェの身体、硬くてビクともしねぇ!」
「嘘っ..無傷なワケ?」
「それじゃあ、某は先に向かうので。さようなら」
「待てよ!!」 「まだなにか?」
ヤンキーの二つ目の特徴、嫌にしつこい。馬鹿の癖に執着するのだ。
「いい気になるなよテメェ!」
「なっていませんよ、納得いきませんか。..やむを得ません、乱暴はしたくないのですが」
表情の無い男が不良としっかりと向き合う。じいっと見つめ様子を伺っている。
「こいやぁ!!」
「仕方ありませんね..」
「え、何すんの!?」
美禄が疑問を覚えた直後、男の拳が不良の腹に打たれた。肉眼で把握できぬ程俊敏であったが、残像は確かに、腹にバウンドして見えた。
「ぐっ..。」
悶え苦しみ、地に伏すヤンキー。
彼等が一番嫌うであろう屈辱的状況だ
「すみません、加減が難しくて
では、先を急ぎます。」
様子を確認すると、男はスタスタと足を動かした。口では謝っているが、反省の念は薄そうだ。美禄は度重なる衝撃に完全に理解が追い付かなくなり、背を向ける彼に、何故か声を掛けてしまう。
「あ、あの!」
「はい、なんでしょう?」
一応は答えを返してくれる。しかしその声と顔には一切の心がこもっていない事が解る。
「家の場所、わかりますか?
緑の屋根の..大きな家なんですが!」
しっかりと聞いてしまった。どう返答されるかなど、解りきっているというのに。
「緑の屋根の大きな家..そうか、貴方が美禄さんですか。」
「へっ..?」
名前を知っていた。名乗った覚えなど無いのに、さらりと言っていた。
「何故わたしの名前を?」
「狂三郎さんから知らされていましたよ、手紙の家は某の家です。丁度これから其処に向かうところでした。」
「お父さんから..ですか?」
得体の知れないその男、まさか狂三郎の知り合いだとは、思っても見ない事だ。男は手を差し出し名を名乗る。
「初めまして、
「..どうも、橘 美禄です...。」
握った男の手は冷たく、温度というものが感じられ無かった。
「宜しくお願いしますね」
顔に相変わらず表情は無く、感情は読み取れない。まるでロボットのようだ
「宜しく、お願いします..!」
色々な疑惑を押し殺し、美禄は笑顔でそう返した。
「ここに人が来るのは珍しいですね」
「人が来るって、他のは違うの?
さっきの不良も言っていたけど..なんだっけ。ツク、ツク...」
「ツクモノですか?」
「そう、それ!
それって何なの?」
「ツクモノは年月を経た物達の総称ですよ。聞いたことありませんか?
使い古された物には魂が宿ると。」
聞き慣れない言葉の意味を知りたくて問いかけたのだが答えを聞いた後、より頭が絡まる事態となった。
「つまりは、どういう事..!?」
「簡潔に言えば貴方が街で出会った方々は、全員とは言い切れませんが殆どが物が形を変えた〝ツクモノ〟なのですよ。」
「うっそ..!」
これまでの言葉が合致した。
街を歩くのはモノ、ノートやペン携帯電話など、人間の形をした道具達だ。
故に〝人か?〟と尋ねられた。
「ならさっきの不良も!」
「ふむ、そうですね。
彼は刃物を使用していましたから〝ナイフのツクモノ〟でしょうかね?」
決まりだ、彼女はおかしな街に来てしまった。最早区別は何もつかない、容易にショッピングなど行けはしまい。
「お父さんは知ってるの?」
「知っていると思いますよ。
狂三郎さんは歴史学者ですからね」
物の起源や製造過程などに増資が深く、よく話を聞かされた。まさか知った上で娘を送り込むとは、薄情な父親である。
ここは人ならぬ物が潜む街
カナモノ町というこの場所で美禄は暫く奮闘することになりそうだ。
「さ、帰りましょう?」
不思議な味方と共同生活をしながら。
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