第8話 君の濁った瞳の奥と共に、2回目の弁当を

 ベンチに座っているので上目遣い。座っている少したどたどしいけれど、しっかり聞き取る事ができる声。そして何より、それをしている彼女は僕が恋した渡辺さん。

 可愛い。やばい。瞬間的にそんな事を思ったので、「うん、食べよう」と返すのが先日の会話の時よりも3拍程遅れてしまった。


 前置きと同じベンチに腰を下ろし、弁当箱を開ける。……げ、また冷凍食品パラダイス。今日も、まるで野菜という食物がない世界かのように白と茶色で埋めつくされている。

 ……母さんに伝ときゃ良かった。渡辺さんに、女子に言われたとかを前に付けなくても、健康に悪い弁当なのは事実なんだから、言おうと思えばいつでも言えたのに。


「また彩りのないお弁当ですね……風邪引きますよ?」

「次は野菜入れてきます……」


 無意識に敬語になった。恋人の癖は移るとよく聞くが、これはそういう意味で敬語で話した訳ではない。……2週間程前、注意してくれた彼女に申し訳ないのだ。


 彼女の弁当箱は、相変わらず青色のもの。……いや、やっぱりあおと言った方が分かりやすいだろうか? 明るめな青色、水色ではなく、黒が混ざった色だ。失望、寂しさ。蒼にはそんな意味もある事をふと思い出した。

 さりげなく、意味を持たない会話かのように装っていつから使っているのか聞いてみると、「中2からです」と返ってきた。

 中2から、というのはなんとも微妙な時期だ。もし彼女が通っていた小学校が弁当持参スタイルなら初代だか二代目だかがボロくなったという事でまだ説明もつくが、普通は中学進学時に買いかえるのではないか?

 それに、僕が住んでいる所の周りで給食のない学校というのは聞いたことがない。


 右隣には、必要以上に口を開けず食べる渡辺さんがいる。

 見るだけで愛しい、やっぱり緊張するなぁと思うのだが、色の知識を身に付けている僕は彼女の悩みや過去の出来事を考えてしまう。……見れば見るほど、彼女の瞳の奥が濁っていると感じるのは、きっと勘違いではない。


明石あかしくん、何かあったんですか? 手止まってますよ」

「へ!? あ、あぁ……」


 つい2,3分前に話したばかりだが、彼女は食事中にあまり会話をしないタイプなのだろう。そんな人に突然話しかけられたもんだから、けっこう驚いてしまった。

 確かに、さっきから右隣の彼女の事、青色……蒼色の事を考えており、口の中や箸の間には何もない。チラッと時計を見ると、休み時間はもう長くないと分かった。

 僕達の向かい・数メートル先からは、しゅん中津なかつさんが談笑しているのが聞こえる。二人共話してばかりなのだろう、弁当箱いっぱいに食べ物が詰まっている。

 次の授業は古典ではないが、遅刻すれば怒られるのは勿論どの教科でも同じだ。

 瞬が呼んだ他の人達も、食べ終わっている人はあまりいない。

 これは10人以上が遅れるコースかなぁ、なんて、自分も箸を動かさずに思った。



 結局3限には遅れ、嫌いな数学で当てられまくったのだった。

 そして、瞬に当たった時もあったが、彼はすらすらと答えを言っていた。

 その時間、僕と一緒に入ってきた彼は1度だけ当てられた。

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