第7話裏表
「…あー、あー。」
こほんっ、と咳払いをして目を閉じる。
「…まさか、動揺しちまうなんて。さっさと忘れて、楽になろ。」
ぐっと伸びをして、目を開ける。
と、目があった。
「…え。」
酷く落ち着いていた声が裏返って、目を見開いておる。
途端に、真っ青になりおってばっと此方に背を向けた。
「どうした?」
深い溜め息の後に、空を見上げて小さく唸っておる。
「…………いつに…此方へ…?」
震えた声で、そう言うのだから危うく笑いそうになった。
どうやら、某が出掛けたままと思い込んで油断しておったらしい。
何も、隠さんでよいというに。
「少し前だな。お主は存外、」
「止めてください。お恥ずかしいところを晒してしまい申し訳御座いません。」
早口でそう言うて、まだ向こうに顔を向けておる。
「何をそう隠すことがある?感情を知らぬ者なのかと思うておれば、切なげにも気怠げにも、影でしおってからに。その顔を見せればよいだろう。」
寧ろ、隠さず見せて欲しい。
頭を片手で掻きながら、どうしたものか、と言いたげに顔だけ少し振り向いた。
「……調子狂う…。」
そう呟くのも聞こえた。
そして、そのまま影となって立ち去った。
ぬぅ。
「何がならぬと言うのだ。お主は。」
戦場に行くと、必ず影忍は殺気立って、また同じように敵を切り殺す。
この背に刃が向けられた時には、しっかとその刃を防いでくれる。
その形相は恐ろしく、とても目を合わせられない。
目が合えば、それこそ死ぬ瞬間のようで。
夜闇でもその赤い目は目立った。
その代わり漆黒の目は、まったく見えない。
それで忍ぶには、片目を塞ぐのだろうか。
目が素早く動けば、その余韻のように赤い光の線が見えた。
ゆるりと流し目をすれば、それが色っぽく誘われているようにも見えて、危うく思える。
その目が、戦場ではこうも殺気だけを伝えてくるものになるとは。
まるで、挑発だ。
あの目からは、逃れられぬのだろう。
これでは、妖ではないか。
影を自由自在、その赤き目、そしてその強さ。
伝説の忍とやらは、忍の皮を被った妖……なんだ、面白いではないか?
そんな想像をしておるのに夢中になり目の前迫る刃に気付くのが遅れた。
ザッシュッ。
「…心此処に在らず。」
そう冷たくも優しい声に言われハッとした。
血を流し目の前で盾になっておるのだ。
「影、」
呼ぼうとした時、影忍は自らその手で己の血をすくって敵へ浴びせた。
血を浴びた敵は途端に苦しみ出す。
即効性の毒…のようだ。
そうか、こやつの血肉は毒であるのだな。
だから、わざと血を出した?
「すまぬな。」
「…本命の仕事ですから…。」
その先に何か言葉があったのだろう、しかし眉を潜めて口を閉じた。
戦忍であるこやつにとって、普段の仕事よりも此方が本命……というのはわかっておる。
それでも、言うたのは……もっと使って欲しいのか?
「ならば、影忍よ。我が道を作ってくれぬか?」
試しに無理を承知で言うたら、目を見開いて一度振り返った。
そして、前を向く。
「御意に!」
確かに見た。
その笑みを。
水を得た魚のように、殺気だけではない目になって、爛々としておる。
そうか、そうか。
お前は、これを望んでおったのだな。
影が周りに輪を広げてゆく。
影が立ち上る。
それによって敵は退いた。
影は真っ直ぐと素早く一直線に伸びる。
地面に片手をついたままに、影忍は舌舐めずりをした。
ぞくり、とする。
影が、敵を呑み込んでゆく。
悲鳴が、響く、響く、響く。
影忍が顔だけ少し振り返って、目を見る。
行け、と言うておるのだろう。
影忍の横を通って、その影の道を走った。
敵が阻もうと影を踏むと、皆揃って沈んで呑み込まれてゆく。
刃先を伸ばしても、影によって弾かれておった。
忍術、なのだろうか。
それとも……?
たどり着いたは敵軍大将の元だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます