月明かりの下で

武田修一

暗い夜道を通って。

「出て行きなさい!」

「出て行ってやるわよ、こんな家!」


 売り言葉に買い言葉で、挙句の果てには勢いだけで飛び出してしまった。

 吐き出してしまった、吐き出したくなかった言葉を思い出して、自然と目から水が流れていく。チカチカと頼りなく光る電灯を頼りに、薄暗い夜の道を歩いた。

 今の私は、ドラマのようなテンプレを地でいっているような気がする。

 それを考えるぐらいには先程の熱なんか忘れ去ってしまっているのだが、すごすごと家に戻るような勇気はなく。だってあんな言葉、言いたくなかった。それを素直に認めて、謝ることなんて今はまだできない。帰りたくない。そう強く思った。

 そうして気付けば、海に来ていた。


 雲が晴れているおかげで、月が辺りをぼんやりと照らしている。さっきの道よりは明るい。冷たいコンクリに腰掛けて、足をぶらぶらさせながら、海を眺める。

 いつもならこの時期は人でいっぱいのはずの場所だ。それが今が夜だというせいか人っ子一人いやしない。それもそうか。夜の海ってなんだか怖そうだし、危ないし。

「……どうしようなあ」

 帰るに帰れない。吐き出してしまった言葉は撤回などできないのだ。だから、今度は慎重に言葉を選びたい。要するに、まだもうちょっと休んで整理してから、帰りたいのだ。もうあんな言葉を使いたくない。

 それに。あっちだってすぐに帰ってくるはずだと鷹を括っているはずだ、きっと。だから、追いかけてもないし、スマホにだって連絡の一本も入っちゃいない。


 ―――ばしゃん。


 不意に音が聞こえた。その方向に目を向ける。

「あれは……ひと?」

 夜の海を優雅に泳ぐ少女の姿だった。月明かりを浴びて、きらきらと水が反射する。長い黒髪が照らされた。

 しばらく、恐らくずいぶんと長い時間、泳ぐ彼女をひたすら見ていた。

 ピリリリ!とけたましい音が鳴り響いたことにより、見続けるのは困難となってしまった。着信元は喧嘩した親で、私が帰ってこないことに苛立って電話をかけてきたんだと思う。

 夜の海を見たが、彼女の姿はもうなく、月すらも雲で覆われて見えなくなっていた。

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