異世界から帰還した元勇者は普通の生活を望む

キサロハ

第1話 異世界元勇者、現代に帰還する

 気が付いたら、一面真っ白な空間に俺はいた。上下感覚と足に固い感触はあるので、どこか変わった場所なのだろうと当たりをつけて周囲を見渡す。不意に、後ろから女性の声がかけられる。


「よくぞ魔王を倒してくださいました、勇者ツバサ様。」

「…なんだ、アイル様か。っていうことは、ここは神界なのか?」

「はい、そうなります。」


 後ろを振り向いた先にいたのは上下真っ白なトーガをまとい、頭の上からも真っ白なヴェールを被った顔立ちの整った美人…いや、女神様だ。アイル様と呼ばれる女神はどうやら(地球からしたら)異世界の管理神をやっている神様らしい。ここまで説明すればおわかりいただけるだろうか?どうやら俺、双海翼は地球で学校からの帰り道の途中、万代山と呼ばれる地元の小さな山を自転車で下っている最中に事故にあい異世界転生されたらしい。で、なんだかんだあって魔王アイルを倒したのが数日前、のはずだ。


「で、俺がここに呼ばれたっていうことは元の世界に戻れるってことか?」

「はい、その説明のためにお呼びしました。…説明を聞き終わると転移がすぐに始まりますが」

「あぁ、アイツらとの挨拶はとっくに済ませたから問題ないさ。…人間国の連中は俺がいなくなって清々してるかもしれないがな。」

「その事に関しては私が謝罪させていただきます。まさかあそこまで腐敗していたなんて…。」

「いや、アイル様のせいじゃないだろ。他のところではまともな扱いを受けてたしな。」


 そう、俺は最初の転移時に異世界―イクシオンという世界らしい―に飛ばされた際、人間国と呼ばれるリコッタという国に飛ばされたのだが…権力の派閥争いやら政治腐敗やらが酷すぎて呆れたのを覚えている。恐らく今頃は魔王討伐の功績に対する褒章でもめているのではないだろうか。もっとも、俺の見立てではあと数年で内乱…というか革命が起こりそうな気はするが。


「それに、さっきも言ったが別れの挨拶はとっくに済ませてるし…約束通り元の世界に戻してくれるんだ。なら文句を言うのは筋違いだろ。」

「…ありがとうございます。」


 アイル様はそこで一呼吸置き、改めて俺に告げる。


「それでは、さっそくですがツバサ様を元の世界…南武庫市に転移させていただきます。戻った際の容姿は、イクシオンで過ごした影響を多少受けてしまいますが…可能な限り転移前の姿に近づけることをここで約束いたします。」

「お、それは助かるな。」

「こちらの都合でイクシオンで数年過ごされましたから。これくらいはさせてもらいます。」


 そういってドヤ顔を披露するアイル様。正直、綺麗な人がドヤ顔をするのは可愛くなるだけだと思うのだが俺だけだろうか?なんにせよ、眼福であることには変わりない。そんなとりとめのないことを考えてくると、だんだんと眠くなってくる。


「次に意識を取り戻すときは、元居た場所になると思います。サービスとして、転移される直前に取ろうとしてた行動を思い出せるようにしたのと、…を……まま………」


 アイル様が何か言っていたが、最後の方はうまく聞き取れなかった。どうしても眠気に抗えずに、俺の意識はそこで途絶えた。


 ※※※


 意識を取り戻した俺は、眼下に広がる人工的な灯りが作る夜景を見渡す。…確かに何度も見た、俺が育ってきた南武庫市の街並みだ。そしてここは俺の自宅へ続く、万代山の坂道だな。感動を一旦脇に置いて、後ろを振り返る。視界の先には、前後のタイヤが歪み、カラカラと力ない音を立てている自転車があった。


「ここで事故にあって…イクシオンに飛ばされて…。やっと、戻ってきたのか。そういえば、アイル様は最後になんか言ってけど、アレ何だったんだ?」


 思い返すも、眠気と戦っていた記憶しか出てこない。何か言っていたのは間違いないとは思うのだが…。


「って、それより帰らないと。…この自転車、どう言い訳するかな…。」


 若干憂鬱になりつつも、どうにかしてこちらの世界の自宅に帰宅する俺であった。

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