第8章 汝、己の自由の意を問え―大陸統一暦999~1000年

8章1節

 鐘が鳴る。レーゲンスベルグの中心にそびえる鐘楼から。

 日に三度、時刻を伝えるために鳴らされるはずの鐘。それが時間外れの今、幾度となくくり返されて鳴り響き続ける。

「何なんだ? この鐘は」

 カイルワーンに急に呼びだされて、彼の家を訪れたカティスは、延々鳴りやまない鐘に不審そうな顔をした。

 そんな彼にカイルワーンは、ひどく神妙な顔をした。

「この鐘は、僕とレーゲンスベルグの商人ギルドとで出した結論に対して鳴らしてもらった。決して表沙汰にはならない。認められる日は、しばらくは訪れない。それが判っていてもなお僕たちは、その結論に対して哀悼と訣別を告げなければならなかった」

「カイルワーン?」

「カティス、どうか落ち着いて聞いて。――ウェンロック王が、死んだ」

 鐘が鳴る。葬送の鐘が一つ、また一つ。

 カティスはただ立ち尽くす。

「正式な発表はない。おそらく城の実権を握った者が、それを伏せている。だが城の動向、貴族たちの慌ただしい動き、それらの全てを鑑みるに、それ以外考えられない」

 カティスはうつむいていた。握った拳が小刻みに震え、やがて重苦しい言葉が漏れる。

「俺には関係ない」

 ありとあらゆる感情を飲み下そうとして、だが飲みきれずにあふれだす。

「そうだね」

 そんな彼に、カイルワーンは透けるように寂しげな笑みを浮かべた。それは慈愛とさえ取れるほど、淡く優しい。

「そう、君には関係ない。だけど、本当に、心から君がそう思えるのならば、それでいいのだけれども」

 カイルワーンの一言は真理だった。だからこそカティスは顔も上げず、震えの抑えきれぬ声で、呻くように叫び続ける。

「俺には関係ない。俺の知ったことじゃない!」

 鐘が鳴る。全ての者に、全ての運命を突きつけるために。

 その心の中にある、悲痛も、悲嘆も、願いも何一つ、構うことなどなしに。

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