第34話 本田徳子-3
老婆は、なおもぜえぜえ肩で息をしていたが、ふと、ため息をつき、またキッチンへ行って、ゆっくり戻ってきた。
しかし眼だけは般若のそれ、そのものだった。
徳子をよく観察すると、どうやってこれから話を継ぎ足していこうか組み立てている様子だった。
どうも話に続きがあるようだ。
「それでこんなご立派なマンションにお住まいってわけか。俺たちのことをネタに静馬を強請っていたとはね」
「あんたには同情するよ」
「同情? 嬉しいねえ、この世に俺を不憫がってくれる奴がいるなんて」
「フ、もう一つ教えてあげよ。お前があいつ、静馬に近づいたってことはどういう事かって考えたよ。あたしはお前は復讐しに来たと思って疑わなかった。だから、静馬に注意を促すつもりで手紙を書いたのさ。18日に代々木八幡へ来るようにね。紀ちゃんの二男坊が産まれた日と同じ7月18日。ただ、わからないのはその先さ。あたしはあの日静馬をずっと尾行してた。でも予定より早くあそこへ行くじゃないか。それにお前までやって来た。混乱したよ」
この婆さん、あそこにいたのか。
奴を尾行か。
そこまでは考えなかった。
この般若は一部始終を見ていた。
それを連想すると俺はこの老婆の空恐ろしさに全身が総毛立った。
婆さんは俺の表情を見抜いて、
「フ、あたしがいるのも知らずにね。そうさ、全部見てたよ。お前の慌てっぷりはなんだい。ちゃんと死んだのを確かめたかい?」
え? 死んだことを確かめたか?
俺はあの時、留めの二発目で充分だと思って疑わなかった。
何も言い返すことができなかった。
俺はただ黙って徳子の次の言葉を待った。
「もう一度言うけど、あたしはね、あんたに同情してるんだよ。可哀想な子だよ。だから後始末をちゃんとしておいてあげたんだ。あの竪穴住居の中へおっかなびっくり近づいて中へ入ると奴はまだ死んでなかった。まだピクピク痙攣してた。アタシにゃお前さんみたいに力が無いから、火を使った。夏とはいえ落ち葉があるから頭の周りに落ち葉を撒いて火ぃ付けたんだ。よく燃えた、よく燃えた。それにしても髪の毛は燃えると臭いねぇ。ついでに時間稼ぎになるだろうから指紋を全部ライターで炙っておいてやったよ、フフ。感謝しな」
加納刑事は言っていた、《死因は火で炙られたショック死》と。
こうも言っていた、
《どうしてあそこまでしなければならなかったのか》と。
「フ、本当の目的はね、、、」そう言うと婆さんは茶に口をつけ一息つき、
「アタシは考えた。死体が静馬ならそのうちマスコミが嗅ぎつけて根掘り葉掘り調べ上げる。そうするとあんたらの秘密はいずれ公になる。アタシだって強請りの相手がいなくなるばかりか、そもそもの強請りのネタがネタでなくなる。そうなるとあたしは困る。でも死体が静馬だとわからないうちは身元不明のままだ。あんたらの秘密は守られる。強請りの相手はいなくなるが、今度はお前や雅美を強請ることができるようになるってね。ただ身元が割れるのは時間の問題だろうから、その間にあんたに接触する必要があったと、こういうわけさ」
醜い老婆。同情するとか言っておいて、結局、この婆あは金の亡者に成り下がり生き続けようというわけだ。
窓を見ると、いつの間にか夕立は去り雲間から夕陽が差してきれいな虹が出ていた。
「少し疲れたね。少し外の空気を吸わないか」
俺は徳子に提案した。徳子はあっさり素直に頷いた。
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