第31話 雅美、蓼科へ-2
「あ、突然、申し訳ございません、あの」
「蕎麦はもう出ちゃったで、今日は終いなんだ。悪いね」
お爺さんは私を上から下へ不審そうな目で追い、どうせ東京から来たグルメだかなんだかの自称蕎麦通か雑誌の編集者だろう、たまにこういう客が時間を考えずに来て困ったもんだ、という顔でお爺さんが言うので、
「あ、違うんです、人を探していまして、もしかしたらご存知ないかと」
「人? 人ってったってこの辺りは見ての通りよ。私しかいないよ」
「磯部さん、あ、表札を見て磯部さんかと・・・」
「すまないが、どちらさんかね」
「こういう者です」私は名刺を出しました。
私の名刺を一瞥し、磯部さんは明らかに反応しました。
「少し、お話を伺えないでしょうか、無理なら無理で帰ります」
しばらく磯部さんは名刺を見たまま考えていましたが、
「あんた。この会社」
「私、紀子さんと親しかった重蔵の孫で朝比奈雅美と申します。私は、その、真実を知りたくて、その想いだけで来ました・・・紀子さんにおかれましては私も詳しく聞いていなくて、とても気の毒に思ってて。私は・・・」
それ以上言葉が出ませんでした。気がつくと涙が喉を堰き止め呼吸だけを許していました。もちろん父のことが心配でここまでやって来たわけですが、一方で紀子さんやその息子さんのその後を考えると、寺岡さんに似た感情が湧き出てきて、不憫で、可哀想で。お爺さんは私の様子を見て、
「なんで泣いとる」
「。。。わかりません」
磯部さんは、困ったなとぼやき、躊躇ったのちに一言だけ、
「涙を見せたのはあんただけだ。茶しかないが」
と、言って二階へ上がって行きました。私はついて行きました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます