第6話 朝比奈美子
どうやら、紀行氏は妻がありながら、男色の気もあったのです。
妻の美子はそれを勘付いていたのでしょうか。
どうやら勘付いていたようです。
というのも、ある意味、一線を超えてしまったのは美子の方だったからなのです。
美子は社長が告白しなくとも夜の営みがなくなった原因が重蔵であることをわかっていました。
だから夫婦の関係を壊した犯人をどうやって懲らしめてやろうか、思い巡らせていたことが、これも重蔵の日記から見受けられます。
◯月◯日
昼間、みんなが出払い、自分だけ一人事務仕事をしていると、奥さんが珍しく事務所へやって来た。
「あら、一人なの」
「あ、はい、今、みんな、社長もお出かけになって、自分だけです」
「あら、そう」
「お、お茶出しますね」
「あ、いいわ、お茶ならさっきまで喫茶店にいたから」
「はあ」
奥さんは自分に仕事をするように言った。
自分は仕事を再開した。
でも何かモゾモゾする。
どうやら、奥さん、背後から自分を見ている。
振り向くと、奥さんは机の上を指で何かなぞりながらこっちを見ていた。
まだ自分は女性を知らぬ。
ついフラフラとなびいてしまうには奥さんは十分すぎる魅力があった。
しかも奥さんは男性の味なら十二分に知っていてどうすれば男が喜ぶかも知っている。
だから、自分は奥さんの魔法にまんまと導かれた。
でもこれは言い訳だ。
自分の脳裏に、戸袋の隙間か見えた奥さんの妖艶な姿を連想したから。
今日は誰も使わないことを知っているので、車庫は格好の場所だった。
車庫の鍵を持って奥さんの導かれるままに付いていった。
中へ入ると、奥さんは自分をジロジロ上から下まで舐めるように見た。
そして、眼、眉、睫毛、鼻筋、唇を指で伝っていった。
そして、腕の血管を撫で始めた。
ついにその時がやって来た。まず奥さんは唇を重ねてきた。
当然、自分は驚いてどうして良いかわからなかった。
強く奥さんを拒んで固く閉ざしたが、それでも舌でこじ開けようとしてくるから、どうしようもなく自分も応じて舌を絡めていった。
口だけを前に出した格好で硬直して立っていたので、
「こういう時はね、こうやって、こういうふうに、そう、そうやって抱くのよ」
と、奥さんは壁にもたれて、片足を持ち上げさせた。
手取り足取りってやつだ。
たぶん自分は顔を真っ赤にして、息遣いまで荒くなっていたんだろうと思う。
すると奥さんは自分の乳首を、指で湿らせこねてきた。
なんということだろう、俺の乳首が硬くなってきたのだ!だから、
「奥さん」
と言った。
今思えばなんであんなことを言ってしまったんだろう。
恥ずかしい。
でも奥さんはそれを無視して、鳩尾、臍へと指を滑らせ、
「ベルトを取って」
と言ってきた。
もう言われるがままだった。
弾くようにベルトを外してチャックを下ろした。
すると奥さんは、もうどうしようもなくなっているところをパンツの上から力一杯握ってきた。
握っては緩め、また握っては緩めて、それを繰り返された。
握るたびに反り返してくるから、すごく恥ずかしかった。
奥さんは笑いながらパンツの中に横から手を入れてきた。
だから、また、
「奥さん」
と言った。
奥さんだって社長と途絶えていたから鬱憤がたまっていたに違いない。
俺のパンツをずり下げ、左の人差し指で先端を押し下げたあとパチンと弾いた。
すると、ビューンとバネのように跳ね返って、腹にピチャッと音を立てた。
何回か繰り返されるうちに透明なのがドンドン出てきて糸を引き始めた。
もう自分は目をつぶった。
されるがままだった。
でも奥さんは手を緩めなかった。
今度は右手で乱暴に握ってきた。
その瞬間ハッとしたのだが、それでも棒立ちのまま耐えた。
「これ以上もてあそぶと終わってしまいそうね」
と言って、奥さんは背を向けてフリルのスカートをめくった。
下着をつけていなかったから丸見えになった。
もう行くしかないと思った。
でも焦って間違えた。
するとようやくヌルッとした。
頭が真っ白だったからよく覚えてないけど、とってもあったかかった。
自分は、熱くなってて、とっても硬くなってて、大きくなってて、太くなってて、すごく反ってた。
先っぽがどこかを触って、奥さんが少しだけ声を上げた。それが合図であっけなく終わってしまった。
自分は、
「奥さん、俺」
と言った。
「すごく良かった」と、言いそうになったとき、奥さんは人差し指で自分の口に封をして、こう言った。
「あなた、今、何したか、わかってるでしょうね」
***
美子夫人としては、これは夫婦仲を壊した張本人を懲らしめるために行った行為だったわけで、これで勝った、私はこの子に勝ったのだと、これで重蔵と紀行氏は一線を超えないし紀行氏が重蔵を求めても重蔵は拒絶するに違いないのだと、思ったのでしょう。
美子夫人は少年にトドメを刺したはずでした。
しかし、程なくして、美子は子を身籠ります。
***
◯月◯日
社長に辞表を提出。
社長は晩、自分を家に呼んだ。
とても怖かったがご自宅へ行った。
“奥さんはどうするんだろう”。
自分は辞表を出すことになった背景を説明しなければならない。
「僕は社長を裏切りました」
と切り出した。
すると奥さんは、すっと何気なくを装い、台所へ引っ込んだ。
でも、壁伝いに声だけは聞こえて来た筈。
社長は何故奥さんが引っ込んだのか知らない。
「一体急にどうしたんだ。裏切ったとはなんだ。怒らないから話しなさい」
と社長が聞くので、やっとあの日の奥さんとの行為を白状した。
奥さんに子どもができたことも言った。
きっと奥さんは台所で身じろぎも出来なかっただろう。
しばらく、誰も何も言わなかった。
おそらく、社長は頭が真っ白になったに違いない。
冷静さを取り戻すのにしばらくの時間が必要だったに違いない。
しばらくして、社長は、不思議と、何故か自分を責める言葉を吐かなかった。
「そういうことか」
自分は、なぜ自分を責めないのか聞いてみた。
「社長は怒らないのですか?!」
社長は、“ここまできたらしようがない”といった顔で、理由を簡潔に言った。
奥さんより俺のことを考えてしまうというような、そんなことを言ったと思う。
今度は自分の頭が真っ白になる番だった。
社長は、自分が冷静さを取り戻すのにしばらくの時間を空けて、こう付け足した。
奥さんが聞き耳を立てているのを承知で、
「俺は美子を追放する。子どもも認知しない。お前も認知するな。そしてお前は俺の養子になれ」
二つの疑問、紀行氏が重蔵に援助を行った疑問と重蔵が姓を変えた疑問は、このような経緯があったのです。
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