僕らの怪処探訪
黒井あやし
闇の底 其の壱
ある日の深夜十一時過ぎ。僕は友人の
ホテルは断崖絶壁に建ち、下は大きな川が流れている。あたりには民家はおろか街灯すらない。
「なぁ、本当に入るのかよ」
「あったり前だろ。なんのためにこんなとこまで来たんだよ」
ホテルを見上げて呟くと、隣で真斗が少し呆れた口調で言う。
僕は「まあ、そうだけど……」と、鎖でがっちりと施錠された入り口を懐中電灯で照らした。
玄関のガラス越しに中を見ると、大量の壊れた椅子やらソファやらテーブルやら、とにかく色んなものがバリケードのように積み上げられている。正面から入ることは難しそうだ。
「やっぱり、まずいんじゃない?」
「なんだよお前、びびってんのかよ」
真斗は横目でこちらを見てにやりと笑う。
「ばか、ちげぇよ」
思わず否定したが、怖くないといったら嘘になる。
ただでさえ暗鬱な雰囲気を醸し出しているのに、加えて悲しい事故が起きた曰くつきの心霊スポットだ。
ホテルの外壁はヒビだらけで、ところどころ黒や茶色に変色し、枯れた蔦が毛細血管のようにびっしりと張り付いている。割れた窓の中は外の闇より暗かった。
なんでもこのホテルは数十年前に大きな火災があり、宿泊客や従業員など、大勢の人が亡くなった場所だという。
噂では、夜になると助けを求める叫び声が聞こえるとか、いくつもの黒い影が窓から外を覗いているだとか、そういった話が後を絶たない。
もちろん、本当かどうかは知らないけど。
火事で焼け、だいぶ荒廃しているにもかかわらず、何故か取り壊されることなく今もひっそりと佇んでいる。
窓の奥から今にも何かがヌッと現れるんじゃないか、なんて妄想が頭をよぎり、僕は咄嗟にかぶりを振った。
その時、急に冷たい風が肌を撫で、思わず身震いする。
「うーっ、さむ!」
昼間は汗ばむほどだったのだが、四月の終わりとはいえ夜はまだ肌寒い。
しばらくすると、周囲を探索していた真斗が戻ってきた。
「ここで突っ立ってても寒いだけだし、とりあえず他の入り口探して中に入ろうぜ」
そう言ってホテルの裏の方へ回ったので、僕もその後に続く。
土がぬかるんでいて歩きにくい。生い茂る雑草をかき分けながら少し行くと、外付けの非常階段が現れた。
鉄骨でできたソレは、すっかり錆びていて脆くなっている。
「なんか、今にも崩れそうだな」
懐中電灯の明かりを階段に向け、下から上へとなぞる。
いつから降っていたのか、小雨がパラパラと光の中をすり抜けていく。
「おい、こっからなら入れそうだぞ」
声の方を照らすと、階段の下に錆びついたドアがあった。少し開いている。
「お前、まさか壊したの?」
「んなわけねーだろ。有名な心霊スポットらしいし、俺らより先に来た奴らがやったんじゃねぇの?」
真斗はそう言うと、躊躇なくドアノブに手を掛けた。
ギ、ギ、ギ、と鈍い嫌な音が響く。
ドアは歪んでいて、途中で動かなくなってしまった。
「あー、これ以上は無理だな。でも、これくらいならなんとか……」
真斗は身体を無理やり隙間にねじ込み、あっという間に中に入ってしまった。
すごい行動力だ。僕は呆れを通り越して感心してしまった。
「お前も早く来いよ」
「う、うん」
正直あまり入りたくはなかったが、こんなところに取り残されるのはもっと嫌だ。
僕は意を決して隙間に身体を押し込んだ。
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